第93話【閑話】:守る力を
これは帝都から村に戻り、収穫祭が終わった後の話である。
北方の山岳にあるウルド村には、厳しい冬の季節が訪れていた。野外で農作業や狩りができないこの季節は、室内での内職が主な仕事となる。
「ガトンのジイさん、頼んでおいた物の調子はどうだ?」
「ふん、小僧か。見ての通りだ」
そんな内職の一つ、山穴族の老鍛冶師ガトンの工房を、オレは訪れる。いつものように頼んでいた仕事の途中経過を確認にきていた。
「巨竜の素材を村の道具に使うとは、随分と気前のいいことじゃのう」
「まあな。これで村の暮らしが良くなるからな」
「確かに、これは想像上の素材じゃ」
オレが今回ガトンに依頼していたのは、巨竜アグニから得た素材を使った道具である。先日の決戦で討伐した巨竜かから、多くの素材を得ることができた。
竜牙や竜鱗・竜爪・竜ヒゲ、そして巨大なメイン核の数々。本体から斬り裂いた部位は、素材として残っていたのだ。
これらはヒザン帝国と貿易都市オルン、そしてウルド村で三分割していた。
「見ろ、小僧。火に入れようが、鉄鋏で切ろうが、びくともせんぞ」
「なるほど。かなりの耐久性だな」
ガトンの竜の素材を様々な方法で破壊を試みる。
だが霊獣の中でも最上位にあたる、アグニの素材は凄まじい耐久力。帝国での戦いでオレも肌に感じていたが、アグニの全身はとにかく堅かった。
生半可な攻撃は通じず、結局は鱗のつなぎ目や羽や頭部の弱い分を、集中的に狙った策をとったのだ。
「それなら、こっちの加工済みの物は、どうやった?」
ガトンの工房の奥には、竜の素材を使った完成品が既に何個がある。これほどの強度をもつ素材を、一体どうやって加工したのであろう。
「ワシら山穴族には“竜壊”の秘伝もあるのじゃよ」
「“竜壊”だと?」
「ああ」
ガトンの話によると、彼ら山穴族の先祖には霊獣の素材加工に挑んだ匠もいたという。そんな秘伝の中に魔竜級の素材を加工する技もあった。
おそらく歴史上の英雄の中には魔竜級に挑み、生き残った者もいたのであろう。そして加工するために、昔の山穴族の職人に依頼したのである。
「“竜壊”か。たいした技だな」
「伝承しているのはワシを含めて、三人しかおらん」
ガトンは大陸でも三人しかいない“鍛冶師匠”の一人。それほどまでに竜の素材を加工するのは、難しいのであろう。
とにかく竜の素材のお蔭で、村の農機具などは一気に進化する。
「あと村の道具の他にも、“武具”の方も準備しておくぞ」
「そうか。そっちは急ぐ必要はない。雪解けまでに間に合えばいい」
道具とは別の製造もガトンに依頼していた。
それは戦うための武具。竜の素材を使った武器と防具であった。
「それにしても竜の素材を使った武具とはな……」
「だが脅威はいつ現れるか分からない」
「そうじゃのう……あの巨竜よりも更に大きな脅威が……」
話をしながらガトンは言葉を失っている。
帝国の平原での巨竜アグニの恐ろしさを、あの場にいたガトン自身も身に染みていた。
何しろ普通の武器が全く通じない相手。ヤマトや大剣使いバレスなどの猛者たちが力を合わせ、帝国軍の騎士に犠牲を出してまで、ようやく討伐ができたのだ。
まさに奇跡の積み重ねによる結果であった。
次に同レベルの脅威が現れた時に、また精鋭が集結しているとは限らない。ゆえに竜の素材を使った新しい武具の開発を、オレはガトンに依頼していた。
「大事な人を守る武具だ」
「そうじゃのう。一世一代のワシの技を、オヌシに見せてやる」
「ああ。期待している」
山穴族は人を殺す為の武器を、作らない種族である。作るのは大事な者を守る時だけ。ガトンは覚悟を決めて、オレの設計した武具の製造に気持ちを新たにする。
彼にも村に戻ってきた同胞や、血の繋がった孫がいた。その者たちを守る為に、ガトンは自分の仕事に打ち込むのである。
「ところでジイサン。霊獣管理者について、何か分かったか?」
工房の周囲に他の気配がないことを、確認したオレは訪ねる。
霊獣管理者と名乗る少年についての情報を。人族より長寿である山穴族ガトンは、大陸各地に同胞がいて、古い情報にも通じていた。
“四方神の塔”・“魂鍵”・“静寂”、それに“最愛魅了”などの不思議な術。全てはあの少年の口から出てきた、謎の言葉であった。
「残念ながらワシら山穴族の間でも、全く知らぬ言葉。じゃが、の聖都にいる“聖女”なら何か知っているかもしれん」
「聖女だと?」
「ああ……そうじゃ」
聞き返すオレに、ガトンは語る。
大陸の西の大国“ロマヌス神聖王国”の首都“聖都”に、“聖女”と呼ばれる巫女がいると。“全てを見抜く力”を神から授かった聖女なら、何か知っているかもしれないと。
「普段は大聖堂の奥にいて、目にすることも叶わないがな」
「そうか。雪が解けてから、検討してみるか」
大陸の全てを見抜く力など、普通に考えたらあり得ない話である。だが、ここは異世界であり、現代日本とは比較はできない。
異世界に来てから三年目となるオレも、そのことを最近になって認め始めていた。
「じゃあ、ジイさん。邪魔したな」
「ふん。まったくじゃ」
用事が済んだオレは、工房を出ていくことにする。特に大した用事はなかったが、ガトンとこうして会話する時間は嫌いではなかった。
「小僧……あんまり無茶はするな。子どもたちが悲しむ」
「あんたにだけは言われたくはないが。ああ、肝に命じておく」
別れ際に少しだけガトンが声をかけてくる。
雪が解けて新しい季節になったら、また忙しくなるであろう。その時のことをガトンは心配していたのだ。
こうしてオレは工房を出て、雪降る村の中を戻るのであった。




