第90話:【閑話】帝都の夜
ヤマトたちが巨竜アグニを討伐してから数日経った、ある日のことである。
帝都出発を前にして、二人の男たちが酒を酌み交わしていた。
「さすがはヒザン産の酒は美味いな、バレス卿」
「帝国の酒は大陸一だからな。それから“卿”はいらねぇぞ、優男」
帝都の下町の酒場にいたのは騎士である。
大陸の中央にある貿易都市オルンの近衛騎士リーンハルト。そしてヒザン帝国の騎士バレスの二人であった。
数日後に帝都を発つリーンハルトのために、帝都生まれのバレスが行きつけの酒場に誘ったのだ。
「そうかバレス殿。ところで、その怪我で酒を飲んでも大丈夫なのか?」
「このぐらいは怪我のうちにはいらねぇ。それに怪我をしているのは、お互いさまだぜ。優男」
「ああ、そうだな」
リーンハルトとバレスは数日前の激戦で大怪我を負っていた。
樹海遺跡内での霊獣の群れと、魔人級アグニとの戦い。そして帝都に飛び立った魔竜アグニの討伐。
常人なら死に至る激戦を、この二人の騎士は乗り越えていた。
「“不死身のバレス”か……噂通りの男だな」
「なんだ、その二つ名は? 他の奴らが軟弱なだけだぜ」
攻撃重視の大剣使いバレスは、特に全身に大怪我を負った。
自分の負傷もお構いなしに、伝説の狂戦士のように大剣を振るうからである。
それでもこの数日で酒を飲めるまで回復したタフ度に、リーンハルトは驚いていた。
一方、防御重視で複合装甲の大盾を装備していたリーンハルトは、バレスに比べたら怪我の程度は低い。
それでも酒を飲んでもいい怪我ではないのだが、常人よりもはるかに頑丈であった。
「巨竜の死骸も風化も無事に終わった。これでもう復活することもないであろうな」
「念のために帝国の軍の監視兵団も残してきた。後のことは、オレさま達に任せて安心しておけ、優男」
二人はヒザン産の美酒を飲みながら、巨竜アグニ討伐について語る。
討伐したアグニは無事に消滅していた。
全身四ヶ所あったすべての核を破壊され、完全に塵となり風化して消滅。
後に残ったのは、竜牙や竜鱗・竜爪・竜ヒゲ、そして巨大なメイン核の数々だった。
霊獣討伐の経験のあるヤマトの話によると、メイン核を破壊する前に、本体から斬り裂いた部位は素材として残るという。
『オレの取り分はこれで大丈夫だ』
本来ならヤマトにすべての素材を得る権利がある。
だが本人のその申し出により、ヒザン帝国とオルン・ウルド村で三分割することとなったのだ。
「あれだけの素材を独り占めしないとは。相変わらず無欲な男だな、ヤマトは……」
酒を飲みながらリーンハルトは苦笑する。
この大陸の歴史上で、霊獣を倒した猛者は多くはない。
それゆえ霊獣の素材は希少価値のあるのだ。
武具や霊薬・装飾品などに活用でき、王侯貴族たちが喉から手が出るほど欲しい逸品。
まして魔竜級は存在すらも伝説的な存在である。
その巨竜の素材の価値は、小国でも丸ごと買える額になるであろう。
それにもかかわらず当人であるヤマトは、分割を自ら申し出てきたのだ。
傷つき亡くなった帝国の騎士たちへの鎮魂も込めて。
「けっ、気に食わねえヤツだぜ。ウルドのヤマトは」
バレスはヤマトの行為に舌打ちをする。そして言葉を続ける。
「オルンの市場で会った時から、ヤロウはスカしていたぜ」
「話には聞いている」
帝国の大剣使いバレスがヤマトと初めて出会ったのは、貿易都市オルンの市場であった。
ウルド露店に偶然訪れたバレスが、ヤマトに食らいついたのだ。
だが挑発を受けても、ヤマトはさらりとそれを受け流した。
「その後はあの樹海遺跡だ。相変わらず斜に構えて、知謀をめぐらせて、気に食わねえヤツだ」
「確かに……だが、そのおかげで、私たちは勝利を得た」
「だから、それが気に食わねぇんだ」
ヤマトたちが調査団を救助に来てくれたことを、バレスも感謝している。
だが、その時の戦いでも、ヤマトは独特であった。
自分の安全は二の次にして、バレスやリーンハルトたち騎士を庇いながら戦う。
また激戦の中でも騎士たちの実力を試すように、ヤマトは指示を出し動いていた。
「めいきょうしすい……あれは目からウロコの心得だったな」
「ちっ、そうだがよ……」
ウツドのヤマトはわずかな言葉と背中を、自分達に見せながら戦っていた。
そのお蔭もありバレスやリーンハルトたちは明鏡止水や、対霊獣用の膨大な経験値を得て成長していた。
そのことが逆に、バレスにとって気に食わなかったのだ。あの斜に構えた男の手のひらの上で、自分たちが踊らされているようで。
「だが、ああ見えて、ヤマトは熱い男だぞ。内に秘めた闘志は」
「ふん。だからこそ気に食わねえ。陰険ヤロウなんだよ、ヤツは」
「不器用な男なのかもしれない」
「けっ、面倒くさいヤツだ」
騎士リーンハルトと大剣使いバレスは、不思議な黒髪の青年ヤマトの話で盛り上がる。
“北の賢者”と呼ばれるほど異質なる知識を有し、大陸随一の知将である皇子ロキとも互角以上にわたり合う賢人ヤマト。
さらには人外である霊獣すらも凌駕する、武を併せ持つ男ヤマト。
それでいてまったく欲がなく、自分のことを“一介の村人”と名乗り表舞台に出てこない。
本当に“ウルドのヤマト”という男は、謎めく存在であった。
「ところで、優男。デメェはそんなヤマトから、どうやって奪い取るつもりだ?」
ほろ酔いで、いい気分になってきたバレスは訪ねてくる。
「何のことだ、バレス殿?」
「あのイシスって太守代理の娘のことをだ。テメェは好いているんだろう、イシスのことを?」
「ば、馬鹿を言うな、バレス! イシス様は大切な主であり、近衛騎士としてお守りしているだけの……」
突然の質問にリーンハルトは言葉を詰まらせる。
代々のオルンの騎士の家に生まれた自分は、イシスがまだ幼い頃から仕えていた。そんな自分に恋愛感情を抱いてはいけないと。
「けっ、生真面目な野郎だな。優男のくせに。いいか、女っていうもんは、より強え戦士に惹かれるもんなんだぜ」
「より強い戦士に……それは本当か、バレス殿!?」
大陸の中央の要所である貿易都市オルンは、昔から大国に狙われていた歴史がある。
ゆえに騎士の家に生まれたリーンハルトは、太守の娘であるイシスを守るために必死で剣の鍛錬を繰り返してきた。
そして中原でも最強の《十剣》の称号を得ていたのだ。イシスに密かに想いを寄せながら。
「ああ、そうだ。だからイシスが欲しいのなら、ヤツを……ヤマトを超える戦士になるしかねぇぞ」
「なるほど……それは一理ある……」
バレスの話をリーンハルトハ生真面目に聞き入れる。
酒の場での男女の仲の進言であるが、本能の男バレスの言葉は真意ついていた。
「よし、そうと決まったら、景気づけに繰り出すぞ! 優男」
「繰り出すとは、どこへ? バレス殿」
「そんなの色街に決まっているだろうが、さあ、行くぞ!」
「い、色街だと!? ちょっと待て……」
騎士リーンハルトの悲痛な声は、バレスの強引な誘いにかき消してしまう。
戦闘スタイルや性格は、まったくの真逆である。
だがどこかで馬が合うのであろう。
「おお! これは……!?」
「こっちも、どうだ、優男?」
こうして大陸でも随一の二人の騎士は、帝都の華やかな夜の満喫するのであった。




