第89話:男たちの想い。そして帰還
先行偵察をして戻ってきた、ハン族の少女クランから報告があった。
帰路の街道の先に、完全武装の騎士団が待ち構えていると。
「あの軍旗の紋章は……このまま前進だ」
遠目に見える騎士団の掲げる軍旗に、オレは見覚えがあった。
このまま進んでも問題ないと、警戒していたウルド荷馬車隊のみんなに声をかける。
そしてオレたち荷馬車隊は騎士団の近くに到達する。
「遅かったな、ウルドのヤマト」
「やはりお前か、バレス」
待ち構えていたのは帝国の大剣使いバレス。そして真紅騎士団であった。
騎士たちの顔にも見覚えがある。先日の平原の巨竜アグニ討伐の時に、一緒に戦った者ばかりだ。
「その様子だと演習中か、バレス卿」
「ああ、優男。先日の大トカゲ野郎の討伐での復習演習だ」
バレスの姿を見つけ、荷馬車隊に同行しているオルンの騎士リーンハルトが話しかけていく。
彼らは戦闘スタイルや性格は、まったくの真逆である。だがどこかで馬が合うのであろう。
霊獣との激戦で背中を預け合い、騎士同士の友情が芽生えたのかもしれない。
「あの大怪我の後でよくやるな、バレス卿」
「はん! 帝国男子は頑丈だからな」
リーンハルトの言葉の通り、先日の霊獣との激戦で、大剣使いバレスは全身に大けがを負った。
だが今は包帯を巻いてはいるが、騎乗の姿には乱れはない。
タフさだけでいえば、身体能力が強化されたオレ以上かもしれない。まさに不死身の大剣使いである。
「ウルドのヤマトよ……」
リーンハルトとの話が終わったバレスは、オレに視線を向けてきた。
野生の獣のような鋭い目つきである。
「オレはテメェのことが気に食わねえ……」
その言葉とバレスから本気の殺気が放たれる。
この場にいた全員に緊張がはしる。
バレスは帝国が誇る勇敢な騎士。だが何よりも戦いを好み、危険な蛮勇を持ち合わせていることは、誰もが知っていた。
過去には同盟相手の指揮官を、斬り殺した前科もある。相手が義に背いた無能者という理由で。
真紅騎士団の騎士たちも、その過去を思い出し警戒していた。
もしかしたら友好関係を結んだばかりの相手に、バレスが襲いかかるのではないかと、固唾をのんで見守っている。
「気に食わねえ……だが、今回だけは見逃してやる。決着は次に会った時だ」
舌打ちをしながらバレスは殺気を解く。今はやり合うつもりはないようだ。
「ああ。楽しみにしている」
オレも答える。
いつでもウルドの村で待っていると。気が向いたらいつで遊びに来いと伝える。
「では。帰路の先は長いので、この辺で失礼する」
バレスとのやり取りも終わる。ウルド荷馬車隊はゆっくりと動き出す。
今度こそ懐かしの我ら故郷に向けて出発するのだ。
「真紅騎士団、全抜刀!」
その時である。
一人の騎士頭の掛け声と共に、騎士たちは一斉に剣を抜き、天にかかげる。
「オルンの騎士リーンハルト卿の武勇に。
太守代理イシス様の知性に。
ウルド村の村長代理リーシャ殿の優弓に。
ウルドの少年少女の勇気に。
ハン族の少年少女の優馬に。
スザクの少年少女の秘術に。
自由人ラック殿の機転隠密に。
そして北の賢者ヤマト殿に……礼剣!」
「「「礼剣!」」」
数多の騎士の号令が街道に響きわたる。
誇りあるヒザン帝国の騎士は公の場で、他国の者にこの感謝の礼剣を捧げることはできない。
そこで軍事演習という大義名分で、今日は出陣していた。
身をていして帝都を守ってくれた、勇敢な他国の者たちに感謝を捧げるために待機していたのだ。
「バレス卿……貴殿も……」
「コイツらが、どうしてもって言うからな。オレ様は後でロキに叱られる役だ」
リーンハルトの問いかけに、大剣使いバレスは鼻で笑いながら答える。
「へへへ……僕たちの勇気だってさ!」
「騎士のオジさんたち、ありがとね!」
「大剣使いの怖いおじちゃんも、またね!」
礼剣によって作られたトンネルをくぐりながら、荷馬車隊の子ども達は騎士たちへ別れの挨拶をする。
彼ら真紅騎士団の騎士と、共に過ごした時間はわずかであった。
だが魔竜アグニ討伐という死闘を共に成し遂げたことで、あの平原にいた者たちに深い意識が芽生えていたのだ。
「ヒザン帝国の騎士たち……熱い漢達だったな、ヤマト」
「ああ……そうだな」
感極まっているリーンハルトに、オレは冷静に答える。
ヒザン帝国と貿易都市オルン。
今は友好関係を結ぶことになったが、戦乱の続く大陸の情勢は流動的である。
もしかしたら次に会うのは、敵同士の戦場かもしれない。現実とは常に非情なのである。
(だが、暑苦しい騎士道とやらも、今は悪くないかもな……)
そう心の中でつぶやきながら、オレは苦笑いをするのだった。
◇
バレスたちと別れてから、また西に向かう街道を進む。今度こそ本当の出発であった。
ここからは荷馬車に揺られること十数日、貿易都市オルンに到着する。
そこでオルン太守代理の少女イシスと騎士リーンハルト、そして遊び人ラックを降ろす。
オルンから北に向かう街道に進路を変更。さらに数日かけて懐かしのウルドの村へ帰還となる。
だがその前に、一つだけ問題があった。
「そろそろ出てこい」
その問題を解決するために、荷馬車の上に隠れている者に声をかける。
「えっ、ヤマトさま……?」
「兄ちゃん、どうしたのさ?」
荷馬車隊の誰もが首をかしげている。誰もその存在に気がついていなかったのだ。
「よっと。さすがはヤマトじゃ」
掛け声と共に、オレのいる御者台に降りてきたのは一人の少女。赤髪をなびかせた美しい顔立ちの女剣士であった。
「シルドリア様!? なぜ、ここへ!?」
荷馬車隊の隣で軍馬に乗っていた、騎士リーンハルトは驚きの声をあげる。
なぜならシルドリアは普通の少女ではない。大国ヒザン帝国の皇女姫殿下なのだ。
「妾もウルド村へ行く。よろしく頼むのじゃ」
シルドリアは口元に笑みを浮かべながら説明をする。
ちゃんと兄皇子ロキ宛に、手紙は置いてきたから大丈夫だと。あと自分は身分の高い皇女であるが、世話は不要であると。
「凄いっす、シルドリアちゃん! 隠れているのに、気が付かなかったっす!」
「ふふふ……そうであろう。あれからラックの隠密術を真似して、妾も鍛錬していたからのう」
どうやら先ほどの真紅騎士団の中に、気配を消してシルドリアは隠れていたらしい。
そして注意が抜剣に向けられて瞬間に、荷馬車の屋根上に登り上がり隠れていたのだ。オレたちに付いてくるために。
「ウルド村に来るのは構わない。だが『働かざる者、食うべからず』だ」
「おい、ヤマト!?」
騎士リーンハルトの叫びを無視して、オレはシルドリアに最終確認する。
通貨のない辺境の村ウルドでは、誰もが必ず村の仕事に従事してもらうと。それにより食料や生活物資を均等に分け合うのだ。
「ふむ。何でも妾に任せておくのじゃ!」
「なら勝手にしろ」
シルドリアの天真爛漫さは、この荷馬車隊の誰もが知っていた。
堅物である騎士リーンハルトですら、もう諦めている。
(やれやれ……また、忙しくなりそうだな……)
まさかの大国の皇女の居候問題の発生である。
村に戻ったら、農繁期である秋の収穫と冬を迎える準備。オルンの街にあるウルド商店の状況も確認して、商品や物資の確保の必要もある。
そして大陸の西の大国であるロマヌス神聖王国の脅威への対応も、今後は必要であろう。
(考えることだらけだな。本当に……)
やることが盛り沢山に増えてきて、オレは頭が痛くなる。
「わーい! シルドリアちゃんも、村に来るんだね!」
「楽しくなるね!」
「シルドリアちゃん、この果物を食べる? 帝都の市場のお土産だよ!」
「うむ、苦しゅうない」
「あっ、それは、オレっちのお土産っすよ!」
彼女に懐いていた村の子ども達は大喜びであった。
シルドリアが皇女という高い身分であることなど、子ども達には関係ないのであろう。
天真爛漫と無邪気のハーモニーで、今後の村は本当に騒がしくなりそうだ。
(だが……悪くはないな)
誰にも気がつかれないように、オレは微笑むのであった。
未来ある者たちの笑顔を見つめながら。
◇
「ヤマトの兄さま、村が見えてきました!」
「本当だ! 懐かしいね!」
「見てください、ヤマトさま。イナホンの実が、今年もあんなに黄金色に……」
オルンの経由で街道をひたすら進み、オレたちは戻ってきた。
峠を越えた先に、懐かしの集落が見えてきたのだ。
「ああ、懐かしいな」
オレがウルドの村に来てから、もうすぐ三年目となる。
こうして新しい季節がまた始まろうとしていた。
こちらで四章の本文は終了となります。
少しの閑話の後に五章がスタートします。
これまでの感想や評価などありましたら、お気軽によろしくお願いいたします。




