第86話:巨竜討伐・終
傍若無人で暴れ回っていた魔竜アグニに対して、オレたちの反撃が始まる。
「みんな見ていたか」
帝国の騎士たちは、たった一人で巨竜の竜爪を吹き飛ばしたオレに唖然としていた。そんな彼らに言葉を向ける。
「巨竜といえども斬れば、血を流し苦しむ。一介の村人であるオレにも、この通りにできた。帝国の誇るお前たちはどうだ?」
オレは帝国の男たちに問いかける。
この邪悪な巨竜を打ち倒すのは、いったい誰だと。
帝都にいる大事な家族や仲間を救うのは、いったい誰だと。
血のにじむような厳しい鍛錬を乗り越え、血反吐を吐きながら剣を振ってきたのは、いったい何のためだと。
勇猛果敢と名高いヒザン帝国の武人の誇りを見せるのは、いった何時なのかと。
「命を惜しむな。武人としての名を惜しめ」
古の武士の言葉を用いて、オレは帝国の騎士たちに伝えた。
今こそ持てるすべての武勇と蛮勇を吐き出す時だと。自分の大切な者たちを守るために剣を抜けと。
「うっ……」
「うおぉお!」
「うごぉおおお!」
オレの言葉に反応して、騎士たちから地鳴りのような声があがる。その声は波紋のように全員に広がっていく。
「帝国騎士の力を今こそ!」
「帝都を守るために!」
「愛する家族を守るために!」
圧倒的な巨竜を前にして固まっていた、ヒザン帝国の騎士兵士が叫ぶ。
それは腹の底からの魂の叫び。自らの命がここで絶えようとも、死力を尽くして巨竜を打ち倒すと吠える。
「ロキ殿下!」
「殿下!」
帝国の男たちは主に視線を向ける。
偉大なる皇子であり、勇猛なる騎士ロキの次なる言葉を待つ。自分たちの頂点に達した武を解き放ってくれる命令を。
「ああ、皆の者、待たせたな。真紅騎士団、全突撃!」
「「「うぉおおおお!!」」」
皇子ロキの号令と共に、真紅の騎士たちは一斉に突撃を開始する。
自分の命をかえりみず、すべてを投げ打っての全力の突撃。血のにじむ様な訓練と実戦で、これまで培ってきたすべての武を槍先に込める。
真紅の鎧をまとった騎士たちが、自ら槍となり巨竜に全突撃していく。
『ちっ!? アグニ、“飛べ”……強制命令!』
竜爪を切断された痛みで地に降りていたアグニに、竜上の少年は強い命令を出す。
先ほどまでとは違い、その言葉には魔力を込めていた。おそらく霊獣管理者としての絶対的な強制命令なのであろう。
『グルシュウ!!』
強制命令に反応してアグニは飛翔の準備に入る。
背中の竜羽の核に魔力を込めて、一気に体を浮かせ騎士たちの突撃を回避しようとする。
今、飛ばれたらこちらの攻撃はまったく届かなくなる。
だが、この瞬間こそが最大のチャンスでもあった。
「リーシャさん、今だ!」
そのタイミングを狙っていたオレは、次なる命令を発する。
アグニの後方から密かに接近していた、ウルド荷馬車隊に攻撃の指示をだす。森の狩りで培われてきた阿吽の呼吸によるタイミングだ。
「撃て!」
ウルドの少女リーシャの号令と共に、荷馬車隊から攻撃が放たれる。
オレの設計したウルド式の弩隊による斉射。初速数百キロのクロスボウ矢が、次々と巨竜の羽に突き刺さる。
金属板すら貫通するその矢は、烈火の雨の如く竜羽を襲う。
『グルシュウ!?』
自らの竜羽に攻撃を受けたアグニは痛みで叫ぶ。だが強制命令を受けており中断はできない。
魔力を羽の核に再度注入して、強制的に飛翔を試みようとする。
だが先ほどの弩隊の攻撃で、わずかな時間差が生まれていた。
「死を恐れるな! 全突撃!」
その隙を狙って真紅騎士団の騎士たちが、次々をアグニの身体に突撃していく。
「帝国、万歳!」
「ウオォオオオ!」
「くたばれ!」
軍馬の重量と加速を加えた突撃。騎士の槍やランスは次々とアグニの身体を突き刺さっていく。
オレが教えたとおりに鱗のすき間を狙った決死の突撃。
運悪く突き刺せなかった騎士たちは、竜鱗に衝突して騎馬から吹き飛んでいる者たちもいた。突撃に失敗した者たちの命は無いであろう。
だが決死の覚悟の騎士たちは、誰一人としてひるんではいない。愛する自分の家族と祖国を守るために、命と魂を込めた全突撃を続けていく。
真紅の流星のような突撃が、地に落ちた巨竜に次々と襲いかかる。
『グルシュウゥゥウウウ!』
騎士たちの命がけの突撃の前に、巨竜は悲痛な叫びをあげる。
竜羽に続き全身にも針を突き刺すような激痛が襲っていたのだ。それはアグニが受ける初めての痛みであり、耐え難い屈辱であった。
『ちっ。下等種どもめ! アグニ、“なぎ払え”! 強制命令』
穴だらけになった竜翼の再生には、まだ時間がかかる。上空への退避を諦めた少年は、次なる強制命令を巨竜くだす。
『虫けらども踏み潰し、噛み砕くのだ!』
蟻のように群がる騎士団を、その巨体をもって吹き飛ばすように少年は声を荒げる。
砦ほどの巨体の竜が大地を暴れ回るだけで、周囲の騎士たちは逃げることすらできないであろう。
超重量による物理攻撃。単純だが防ぐことができない恐ろしい攻撃である。
だが、この瞬間も最大のチャンスでもあった。
「リーンハルト、シルドリア、今だ!」
そのタイミングを狙っていたオレは、次なる指示をだす。
次なる指示を出す相手は二人の騎士。アグニの後方からハン馬によって接近していた、オルンの近衛騎士リーンハルトと帝国の剣皇姫シルドリアであった。
「シルドリア殿は左を!」
「了解じゃ!」
二人の騎士は左右に分かれて騎馬で突撃していく。
狙う先は地上戦を仕掛けるために、無防備となっていたアグニの左右の竜羽。その根元にある真紅に輝く核であった。
「ヒザン帝国の一撃じゃ!」
「オルンの騎士の誇りを込めて!」
気合の声を共に二人は、ハン馬から飛び出しアグニの竜羽に斬りかかる。
身体能力が高く身の軽い二人にしか出来ない離れ業。閃光のように鋭い一撃が、両羽の核を真っ二つに切断する。
『バ、バカな!? 下等種ごときが! アグニ、“最恐怖息”だ。皆殺しにしろ!強制命令! 強制命令!』
二つの核を同時に破壊された少年は焦り、最終手段の攻撃をアグニに指示する。
最恐怖息は本来なら、帝都の全住民を皆殺しにするための最終攻撃。だが出し惜しみをせずに、ここで騎士団を壊滅させるために使うのだ。
最恐怖息はスザクの民の“禁断ノ歌”でも防ぐことができない、魔竜アグニ最大の広範囲攻撃であった。
アグニの巨大な竜顎が開き、口元に漆黒の瘴気が集約されていく。オレたちに最大のピンチが訪れる。
だが、これは最大で最後のチャンスでもあった。
「バレス、いけるか」
そんな最大の危機の中、オレは最後の指示を出す。
相手は単騎でその危険な竜顎の前に進む猛者。ヒザン帝国の誇る大剣使い騎士団長バレスである。
「ウルドのヤマトよ、テメェは本当に気に食わねえ男だ。だが……今回だけは感謝してやるぜ!」
バレスは吠える。巨大な霊獣を目の前にして猛獣のように。人外である巨竜を眼前にしながら、愛剣を天に掲げて叫ぶ。
「“暴風”よ……」
バレスの魔力の籠った言葉と共に、目に見えない風の魔力がバレスの大剣へと収束していく。
周囲の風のすべてが魔剣に集まり、嵐の前の静けさのように音が消える。
「すべてを断ち斬りやがれぇぇ!!」
魔剣“暴風”の力が最大限で放出される。
樹海遺跡ですべての魔力を使い切っていたバレスの、残る魂を削った最後で最大の一撃。
オレが樹海で見せた明鏡止水を、無意識でバレスも真似した無心の剣撃。
その巨大な真空斬撃の断頭台が、巨竜の頭部を核ごと吹き飛ばす。あまりの威力に平原の大地まで一文字に斬り裂かれる。
「けっ、トカゲ野郎が……ざまあみろってんだ……」
その一撃を放ち、バレスはすべての魔力と体力を使い果たす。
自分の攻撃が決まった光景を見つめながら、疲れ果てハン馬の背中に気絶する。命には別条はないが、戦闘継続は無理であろう。
『バカな、バカな!? 下等種ごときが、魔竜を……アグニを……』
巨竜の上にいて操っていた少年は言葉を失っている。
バレスの魔剣の爆風が晴れた先にある、切断されたアグニの頭部を見つめながら。
魔竜級の霊獣は、ただの巨大な霊獣ではない。
その圧倒的な能力と強固な肉体で、多くの人族の国々を滅ぼしてきた存在なのだ。
過去には数万の軍勢や、英雄と呼ばれた者たちも一蹴してきた。
恐怖の力により烏合の衆と化した軍勢など、物の数ではなかったからだ。
『そうだ……恐怖の力さえ……“古の民の呪歌”の歌い手を殺せ、アグニ!』
ハッと気がついた少年は命令する。
騎士団の後方で忌まわしき歌う、スザク子ども達を吹き飛ばせと。そうすれば全能なる恐怖の力が戦場をおおい、この戦況は一変すると命令を下す。
『グルシュウゥウ……』
強制命令に従い巨竜から、漆黒の触手が無数に湧き出る。
それは槍のように鋭く形成され、スザクの子ども達へと鋭い矛先を向けた。
「くっ、まだ生きているのか!? 不死身の化け物め!」
「なんだ、あの触手は!?」
岩塩鉱山にいた霊獣と同じようにアグニも不死身であり、遠距離による触手攻撃を有していたのだ。しかも触手の槍の数は鉱山の比ではない多さだ。
「くっ、まずい!? 歌い手たちを守るのじゃ!」
「急げ! 騎士団、戻れ!」
自軍の勝利に湧いていた戦場は、再び帝国の騎士たちの叫びが飛び交う。
“古の民の呪歌”を失うことの恐ろしさを。そして頭部を完全破壊されならも生きている、魔竜の生命力に驚愕していた。
『無駄だよ! やはり下等種ごときがボクには勝てないんだよ!』
逆転の道を見つけた少年は勝利の笑みをうかべる。
四個の核を有する魔竜アグニは、腹部にあるメイン核さえあれば不死身。時間はかかるが何度でも甦るのだと。
そしてメイン核を破壊できる武具は、この世に存在しないと吠える。
「この世に永遠の物質など、存在しない」
そんな少年の言葉を否定するように、オレはつぶやく。
『ば、バカな……いつの間に……』
オレが立っていた場所は、少年と同じ巨竜の背中。全員の視線と意識がスザクの子ども達に向いた瞬間に、駆け上がっていたのだ。
気配もなく接近したオレの姿に、少年は目を見開いている。
「そして、これで終了だ」
オレは手に持つ槍を地に向かって構える。
すべてを終わらせるために。狙いをつけてゆっくりと引き金を引く。
「くっ……流石の反動だな」
それと同時に槍を構えるオレの手に、凄まじい衝撃がはしる。
身体能力が強化されている自分ですら、全身がバラバラになるほどの反動。全身の力で発射の反動に耐える。炸裂音と共に地が吹き飛ぶ。
「ガトンのジイさん、次だ!」
「ふん! 受け取れ、小僧!」
巨竜の足元で待機してウルド荷馬車から、予備の槍が投擲される。一撃で破壊できない時の予備の武器であった。
「さすがは魔竜級、たいした硬度だ。だが、これならどうだ!」
先ほどと同じように吹き飛んだ巨竜の背中の穴に、連続して攻追を繰り出す。そして遂に三度目の攻撃で、巨大な魔竜の胴体にぽっかりと大穴が開かれる。
「あれがアグニのメイン核か」
オレの連続射撃により、超硬度の竜鱗と殻が破壊された。
足元にある大穴の先には、真紅で巨大な結晶がむき出しになっている。
これまでに見たこともないような大きさ。霊獣の生命維持装置であるメイン核がついに姿を現したのだ。
『バ、バカな……下等種ごときが……アグニの竜鱗と竜殻の二重装甲を……』
魔竜級のメイン核を守る防壁に、絶対の自信をもっていた少年は、目を見開き絶句する。
例え魔剣の攻撃であっても貫通できない、竜鱗と竜殻の二重装甲を破壊され信じられないのだ。
少年は言葉を失いながら、オレの持っていた奇妙な形状の槍に視線を向けてくる。
「“強弩槍”だ」
『強弩槍だと……』
自分の開発した新兵器の名を告げ終え、オレはアグニの胴体に開いた大穴に飛び込み抜剣する。
「そしてウルドのヤマトだ……オレの名は」
最後に自ら名乗る。
同時にガトンズ=ソードでアグニの最後の一個である、巨大なメイン核を切断する。
こうして大陸の歴史上で最恐と伝わる、魔竜アグニは息絶えたのであった。




