第79話:しょうねん
明らかに人とは別次元の気配を発する存在に、オレは〝恐怖”を感じる。
『“静寂”をかけていたボクの存在に気がつくとは、“たいしたもの”だね。キミは』
その存在は――――人の形をしている少年は、面白そうな笑みをうかべながら、オレの全身を観察してくる。
眼光は場違いなくらいに純真無垢であり、親しい友人に向ける最愛の眼差しを含んでいた。
(“たいしたもの”……か。悪くない言葉だ……)
警戒していたオレの心は、最上級の寵愛を受けたように高揚していく。
数秒前まで嫌悪感を抱いていた相手に対して、不思議なことに親しみと愛情すらオレは感じていた。
(くっ!? ……なんだ……コレは……)
まさかの自分の変貌に、オレは心を強くもつ。
スッと深く深呼吸をし、腹の部分にある丹田に気合いを溜める。
“われ思う……故に我ここにあり”
心の中で言葉を復唱して、自我の存在と意識の共有を強く意識する。
これは精神統一の方法。
自称冒険家である両親に、幼い頃から叩き込まれた護身術の一つである古武術の習えだ。
「ふう……さて、お前は何者だ?」
自我と冷静さを取り戻したオレは、不敵な笑みをうかべている少年に尋ねる。
なぜならば獣や霊獣が闊歩していた樹海遺跡に、普通の少年がいるはずはない。
更に自分に対して何らかの精神的な攻撃を仕掛けてきたのだ。
『あれ、“最愛魅了”も効かないのか、キミは。“本当に凄いね!”』
「茶番はもういい。その術はオレにはもう効かない」
少年は先ほどより“本当に凄いね!”に力を込めて、術を仕掛けてきた。
だが精神を集中している自分には、最早その精神攻撃は効かない。
『おかしいな……他の四人には、これが効いているのに』
その言葉に背後にいた四人の状況を、オレは確認する。
帝国の大剣使いバレス、乙女騎士、騎士リーンハルト、そして遊び人ラック。
彼らの四人は術に掛かってしまっていた。
オレの呼びかけにも全く反応せずに、虚ろな瞳で立ちすくんでいる。
(これは催眠術の一種か……)
原理は分からないが、恐らくは視覚や聴覚の錯覚を利用した催眠術の一種であろう。
現代日本でも心理学や人間工学を活用した、その手の催眠術はあると聞いたことがある。
下手に外部的な刺激を与えてしまうと、回復できない危険があるかもしれない。
『へえ、キミ一人だけは大丈夫なのか。下位種の分際でたいしたものだね』
「世辞はいい。もう一度だけ聞く。お前は何者だ。目的は何だ?」
オレは眼光と言葉に意識を強める。
本来なら正体不明なこの少年には構わずに、遺跡を離脱するのが賢明であろう。
だが少年は先ほど『ボクの召喚した黒狼級を五体』と口にしていた。
つまり少なくとも霊獣を呼び出し操る能力を持ち、更には自分の思うままに操れる可能性もあるのだ。
遺跡を離脱するために背中を見せた時に、自分たちに対して攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
その事実を確認するか危険性を排除しない限りは、この場から撤退することも難しいであろう。
『ボクの存在はキミたち下位種には理解できないかな。そうだな……“霊獣管理者”とでも呼んでよ』
「“霊獣管理者”だと……」
『あと目的は、この東の“四方神の塔”がいきなり起動したから、確認しに来たのさ。ずっと休眠状態にあったはずなんだけどね』
「“四方神の塔”……」
少年はまるで世間話でもするように、自己紹介と目的を語り出す。
会話の中には聞いたことがない未知の単語がいくつも並び、この少年がただ者ではないことが改めて確認できる。
「そうか、ならオレたちは無関係だ。みんなを元に戻せ。オレたちがこの場を去らせてもらう」
会話から相手が何者か判断することはできない。
だが自分の目的は、大剣使いバレスをはじめとする帝調査団の救出だ。
正体不明の存在に無駄に構っている必要はない。
こちらに特に敵対する意思はなく、遺跡から離れる予定だと伝える。
『あっ、ここから出て行っちゃったら、ボク困るよ』
「何だと?」
『“四方神の塔”をそれぞれ起動するには、“魂鍵”が必要なんだよね。この塔の範囲内に住む種族の魂に宿っているはずなんだ』
「“魂鍵”……」
『うん。だいたいは王族や強い戦士の魂に宿っていたかな、たしか。だから新しいエサが来るまでは、前のエサは生かしておくんだ。ほら、そうすれば、助けにどんどん来るでしょう? 下位種はさ』
「エサか……」
『そうエサ。とりあえずはここの“魂鍵”のが見つかるまで続けて、ダメだったらここから一番近い街に行こうかな。そこで住人を皆殺しにしたら見つかるはずだし』
“霊獣管理者”を名乗る少年の口から出る内容は、どれも非現実的な事ばかりだった。
だが会話のやり取りから、一つだけ大きなことが分かった。
それはこの者が“人を見下している存在”だということ。
一見すると丁寧な口調と態度であるが、彼にとっては虫や家畜に話かけている好意なのであろう。
道端の小虫を踏み潰すかのように、何の罪悪感もない表情だ。
もしかしたら悪意はないかもしれない。
だが正直なオレが少年に対して抱いた感想は――――“最悪な奴”だった。
「悪いがオレたちはエサではない。力づくで解除させてもらおう」
もはや話し合いは何の意味もなさない。
なぜならば話し合いとは、互いに対等でなければ言葉は意味をなさないからだ。
オレは武力行使で霊獣使いの少年を制圧して、四人の催眠状態を回復させることをした。
『「力づくで解除」だって? すごい面白い! ならボクに指一本でも触れることが出来たら、解除してあげるよ』
少年はこれまでないくらいに満面の笑みをうかべる。
まるで新しいおもちゃを手に入れた子どもように純粋に……だが、明らかに殺意ある表情だ。
「子どもの冗談に付き合っている暇はない」
相手は得体のしれない“霊獣管理者”を名乗る存在。
だがオレは躊躇するつもりはなかった。
他の四人を開放するために、少年に向かって一歩踏み出す。
『あっ、そういえば言い忘れていたけど……』
オレが踏み出し、少年がそう言いかけた次の瞬間であった。
「くっ!?」
背筋に寒気がはしり危険を感じたオレは、とっさにその場から回避する。
全力での回避行動。
(なんだ!?)
次の瞬間、爆音が響きわたる。
さっきまで自分がいた場所の地面が、クレーターのように吹き飛んでいた
気配から推測するに目の前の少年が仕掛けてきたのではない。
別の何かが上から、強烈な殺気と衝撃がなだれ落ちてきたのだ。
『言い忘れていたけど、この場にいた霊獣は、五体だけじゃないから……』
少年のその言葉と共に、攻撃を仕掛けてきた存在がゆっくりと姿を現す。
『紹介しよう。魔人級の霊獣……アグニ君だ』
紹介の言葉と共に、その存在が実体化する。
(人型の霊獣だと……)
その姿と気配に言葉を失う。
これが先ほどから感じていた、最大級の恐怖の元凶。
人型の霊獣である魔人級アグニが、オレの目の前に降臨したのだった。




