第73話:樹海までの道
予定外の水先案内人に、オレは目的地までの案内を頼むことになる。
「東樹海の入り口までは、もうすぐじゃ。ウルドのヤマトよ」
案内役の乙女騎士シルドリアは御者台に危なっかしく立ち、赤い髪をなびかせながら東の方角を指差す。
「樹海の遺跡まで案内はできるのか、シルドリア?」
「あたりまえじゃ、ヤマト。この妾を誰だと心得る? 誉れ高いシルドリアちゃんであるぞ」
帝都東門にいた道案内の騎士たちは、この少女シルドリアによって全て昏倒させられていた。
命に別条はなかったが直ぐには動けない状況。
今回は極秘任務で急を要することもあり、仕方がなくこの少女に道案内を頼んだ。
帝国の上級貴族である老貴族ウラドの知り合いであり、なおかつ身分の高い乙女騎士であるシルドリアは身元的にはしっかりしている。
「ねえ、シルドリアちゃん。この果物食べる? 市場で貰ったんだけど」
「うむ、苦しゅうない。妾が食べてしんぜよう」
身分的に位が高いはずの少女シルドリアであるが、荷馬車の中でいつの間にかウルドの村の子供たちと仲良くなっていた。
「シルドリアちゃんって、オレたちと同じ子供なのに、変な喋り方だよね!」
「失礼な。こう見えて妾は十四歳の成人の儀を済ませておる」
「凄い! 年上だったんだね。身長は小さいのに!」
「失礼であるぞ。兄上や姉上のように、これから妾らも大きくなるのじゃ!」
何というか精神年齢が近いのであろう。
幼い容姿も相まってシルドリアは、村の子供たちと親しげに話している。
それでいて、いきなりオレの首筋に剣で斬りかかってくる不可思議で美しい少女だ。
「東樹海内は霊獣以外の危険はない。だが油断するではないぞ、ヤマト」
「ああ、言われるまでもない。シルドリアは案内が済んだら、森の外に退避しろ」
「ふむ、これは戯言を。バレスの阿呆を助けに行くついでに、霊獣とやらの顔も拝んでやるのじゃ」
オレの忠告も聞かずにシルドリアは、音もなくスッと腰の剣を抜く。
相変わらず目にも止まらぬ流れる抜刀術。
この場でその動きが見えた者は、オレと騎士リーンハルトしかいない。
それだけでシルドリアが天賦の才をもつ女剣士であると分かる。
それもあり仕方がなく同行を許していたのだ。
「うむ?……ほれ、樹海が見えてきたぞ、ヤマト」
「ああ、そのようだな」
道案内のシルドリアの指さす先に森が見えてきた。
荷馬車の速度でもう少しの距離である。
(樹海に遺跡か……どうも嫌な気配を感じる森だな……)
東に広がる深い森に、オレは何ともいえない灰色の気配を感じる。
口に出して言わないが、前回の岩塩鉱山の霊獣の時の何倍もの圧力だ。
「ヤマトの兄上さま……あの森、すごく危険」
そんな声と共に御者台にいたオレの服の後ろを、荷台からギュッと握ってくる少女がいた。
少女は新しいウルド村の住人である“魔じりの民”改め、スザクの民の巫女だ。
彼女たちスザクの民は生まれつき特殊な力をもっていた。
『明日の天気が分かる』
『危ない場所から変な臭いを感じる』
『人の感情が色で見える』
など些細な能力が多いが、この少女は巫女として他よりも強い力をもっている。
恐らくは樹海の嫌な気配を感じとって、こうして怯えているのであろう。
オレの服の後ろを掴みながら小さく震えていた。
「大丈夫だ。オレは必ず戻って来る。何かあればリーシャさんに知らせるんだぞ」
「うん、わかったです、兄上さま」
巫女の少女の頭をなでてやると、いつもの無表情な巫女の顔に少しだけ笑みがうかぶ。
オレが樹海に入っている間に何か異変があれば、この巫女が察知してくれるはずだ。
その時は自分たちを見捨てて、ウルド荷馬車隊は全力で帝都まで退却するように指示していた。
自分がいなくなっても、リーシャや子供たちがいればウルド村は大丈夫。
もちろんオレ自身も無理はせずに、必ず帰還するつもりだ。
◇
「あれが東樹海の入り口じゃ、ヤマト」
そんなやり取りをしている内に、荷馬車隊は目的地に到着した。
「そして、ここが出入り口……通称“羅生門”じゃ」
乙女騎士シルドリアが指さす方向に、ぽっかりと森への入り口が空いている。
それは自然界の産物でありながらも、どこか神為的な力を感じる双子大樹の門であった。
(“羅生門”か……不吉な名だ……)
こうしてオレは帝国の大剣使いバレスを助けるために、深い樹海へと入って行くのであった。




