第70話:皇子の真意
ヒザン帝国の皇子ロキとオレたちは、改めて外交に関する交渉をおこなう。
場所を“帝城”の最深部にある皇族専用の執務室に移し、両者の話し合いは進んでいた。
「なるほど。おおよその話は分かった」
「ご理解を感謝します、ロキ殿下」
オルン太守代理の少女イシスと、ロキの話し合いは何とか無事に終わっていた。
「数日後に帝国上級貴族による会議がある。そこで協議して返事をしよう、イシス殿」
「ありがとうございます、ロキ殿下」
テーブルの向こう側に座る皇子ロキから、思いもよらぬ前向きな返答がある。
聡明なロキは大陸情勢とイシスの話を照らし合わせて、今回の友好関係の重要性に以前から気が付いていたのだ。
ヒザン帝国と都市国家オルンは、これまでも街道交易によって交流はあった。
更なる関係構築で両者に利益があるとロキは見抜いていたのだ。
(なるほど、このロキという男……腕がたつだけの騎士ではないようだな……)
イシスの背後で付添人として立ちながら、先方のロキの評価をオレは改める。
大陸で今もっとも勢いがある帝国ではあるが、その軍事力や物資は無限にある訳でない。
今も皇帝自ら大軍を率いて、南方の遠征向かっているという話。
だがゲームの世界と違い、兵はいるだけで大量の食糧を消費する。
武具や防具の物資も大量に補充していかなければならない。
それもあり全方位の他国に対して、常に戦を仕掛けていくのは不可能であった。
連戦が続けばどんな大国でも、いずれ食糧不足により自滅してしまうからだ。
それもあって帝国は外交戦略は最重要しており、皇子の身分であるロキがイシスと会談をしていた。
「以上になりますが……ご意見はありませんか、ヤマト様?」
両者代表の話も終盤に差しかかり、少女イシスは背後に控えるオレに意見を求めてくる。
イシスから見ても妥当なロキの話であったが、こちらには何か不備はないかと訪ねてくる。
「意見か。ところで質問をしてもいいか? ロキ」
「別に構わない」
オレの質問に答えてくれることをロキは了承する。
普通なら一介の村人であるオレの質問など、身分の高い者は無視するのが当たり前。
だがロキは真剣な表情で、オレの次の言葉を待っている。
ちなみに異国人であるオレは敬語や言葉使いが拙いと、ロキはイシスから聞かれていた。
「帝国は大陸統一を目指している。だがその後の世界をどう考えているのだ?」
オルンと帝国の外交、そして西の神聖王国との関係も重要かもしれない。
だが、その先の展望をオレは聞きたかったのだ。
「皇子の一人として……そして武人として、民の為に命をかける所存だ」
皇子ロキは冷静沈着で、そして強い意志の瞳で言葉を続ける。
自分は継承権の低い第三皇子であるが、帝国の民の為に全力を尽くして剣を振るうと。
「行儀のいい答えだ。だがオレが聞きたいのは“ロキ個人”の考えだ。燃える野望に満ちた、あんたの腹の底の答えを聞きたい」
「なっ!?」
「キサマ!?」
オレのまさかの追及に、ロキの背後に控えている騎士たちが声をあげる。
彼らは肉体と精神を鍛え上げられた精鋭部隊の真紅騎士団の一員。
口と手を出さないように、事前にロキから命令をされていた。
だが主である皇子を挑発され、もはや黙っていられなかったのだ。
「先ほどから黙って聞いておれば、不敬な!」
「殿下! 不敬罪でこやつを斬ることをお許しください!」
騎士たちは剣の柄に手を置き、今にもオレに斬りかかってくる勢いだ。
その鬼のような気迫は、先ほどの応接室で打ち倒した帝国兵の比ではない。
彼らは本気で主であるロキに忠誠を誓っているのだ。
「お前たち待て」
そんな血の気立つ部下たちを、皇子ロキはスッと手だけで制する。
「はっ!」
「失礼しました……」
騎士たちは反応してハッと冷静さと取り戻す。
この一連の流れだけで、指揮官としてのロキのカリスマ性が垣間見える。
「ヤマト……率直に聞く。先ほどの問いの真意は何だ?」
皇子ロキは静かな言葉で……だが表情を変えて問いかけてくる。
相変わらず氷のように冷静沈着ではあるが、その瞳の奥にはどんな真意でも貫く炎が燃えていた。
「真意か……オレの故郷には『鳴かぬなら殺してしまおうホトトギス』という覇者の格言がある。アンタはそれと違うと見込んでいた」
オレは日本の戦国時代の覇王を例えた言葉を口にする。
今のヒザン帝国の皇帝は、大軍を率いて大陸制覇を狙うまさに覇王。
だが第三皇子であるロキには、それとは違う可能性をオレは見い出していた。
「ふっ……なるほど。そういう意図か」
「ああ、“栄枯盛衰”……重要なのは統一ではなく、その後だ」
長い地球の歴史でも、絶対的な王国や帝国は存在しない。
どんなに強力な武力と技術を有していても、必ず衰退して滅びていくのをオレは知っていた。
“栄枯盛衰”の言葉の意味も含めてロキに説明する。
「ここまで先を読んでいる者が……この私以外にいたとは。さすがは噂に聞こえる“北の賢者”ヤマトだな」
「そんな大層な男ではない。ただのウルドの村の住人だ」
皇子ロキは静かに頷き、オレの言葉の真意かみしめている。
(さすがだな……ロキ……)
遥か文明が進んだ時代から来たオレの真意を、この皇子は瞬時に理解していた。
恐ろしいほどの頭の回転の早さと、類まれな先見性である。
ヒザン帝国第三皇子ロキ……やはり油断はできない男であった。
「失礼します!」
その時であった。
会談していた特別室に甲高い声が駆けこんできた。
「ロキ殿下! こちらにいらっしゃいましたか!?」
息を切らせ駆け込んできたのは、一人の騎士であった。
身につけている鎧から高い身分の騎士だと推測できる。
「どうした、貴君らしからぬ取り乱しようだぞ?」
「申し訳ありません! 急ぎ殿下のお耳に入れたいことがありまして……ですが……」
オレたちオルンの使者の姿を室内に確認して、騎士は言葉を濁す。
恐らくは帝国軍人でない者に聞かせたくない極秘報告なのであろう。
「よい。ヤマトは私の認めた者だ。報告しろ」
ロキはこちらに視線を向けて、騎士に報告を続けるように伝える。
その視線は口止めの意味も含まれていた。
「はい、それならば……バレス様が……東樹海の霊穴に探索に出てましたバレス卿の率いる部隊が、複数の霊獣の襲撃に遭い行方不明となりました!」
「なんだと……あのバレスが……」
まかさの報告に皇子ロキの顔色が変わる。
絶対的に信頼していた友の行方不明の報告に、心が揺れてしまったのだ。
(騎士バレス……イシスを貴族商人ブタンツから救いだした……あの時の大剣使いか……)
そして心の中でオレも驚愕する。
数か月前に実際に剣を交えた、あの凄まじい大剣の使いの負なる情報に。
(あのバレスが……複数の霊獣にか……)
オルンと帝国の交渉が上手くいきそうな、このタイミングの嫌な出来ごとであった。
帝国軍でも三本の指に入る大剣使いバレスが、霊獣に襲われ行方不明となってしまったのだ。




