第69話:紅き影
十名を超える武装した帝国兵に、オレたち三人は完全に包囲されていた。
「一気に殺せぇ!」
つい先ほどまでポーカーフェイスでいた帝国の外交官は、声を荒げ顔を怒りで真っ赤に染めている。
兵の後ろに隠れ安全な所から命令を下していた。
単純な戦力差は十倍近くあり、長剣で武装した帝国兵の優勢は疑う余地はない状況。
外交官の男は自分の一方的な勝利を確信している表情だ。
そんな荒事になった状況をオレは冷静に観察する。
「リーンハルト、イシスのことを頼むぞ」
「言われるまでもない」
非力な少女イシスを騎士リーンハルトに託して、オレは唯一の武器である護身ナイフを手にする。
多勢に包囲されて戦況であり、防御と攻撃を別々に分担する陣形だ。
「はん? 商人風情の分際で、そんなナイフ一本で何をしようというのだ!?」
オレたちの抵抗する様子に、外交官の男は苦笑している。
多少は腕に自信にあるかもしれないが、実戦で鍛えられた帝国兵を相手に奇跡など起きない、とあざ笑っていた。
「できれば誰も殺すなよ、ヤマト」
「善処はする」
だがオレたちは、そんな外交官の男の反応など無視して動き出す。
何だかんだ言い合いながら、オレと騎士リーンハルトは互いの剣の腕を認め合っていた。
(帝国兵か。悪くはない練度だ……だが〝普通”だ……)
異世界転移の影響で何倍にも強化された自分の身体能力。
その脚力でオレは帝国兵のど真ん中に駆けて行くのであった。
◇
戦いは終わった。
時間にして戦闘開始から数分といったところであろうか。
一方的な結果で応接室での戦いは幕を閉じた。
「うっ……」
「ぐへっ……」
「へぇ……」
十数名の帝国兵が苦痛の声をもらしながら、床に倒れ込んでいる。
兵の武器はオレとリーンハルトが既に取り上げ無力化していた。
オレたちの打撃と殴打で打ちのめしていたので、命に別条はないであろう。
だがしばらくの間は動けないであろう。
(やはり〝普通”だったな……)
実戦を積んだ帝国兵たちの練度は高かった。
だが所詮は“普通”。
中原でも最強の称号《十剣》の一人である騎士リーンハルトと、身体能力が強化されたオレの相手にはならなかったのだ。
「ば、ば、バカな……化け物か……」
「人を化け物とは失礼な」
一人だけ取り残され外交官の男は唖然としていた。
目の前で起こった出来ごとが信じられずに、言葉を失っている。
何しろナイフしか持たない商人風情と傭兵風情……その二人に無敵を誇る帝国兵が、一瞬で制圧されてしまったのだ。
これは戦場を卓上の数字だけ見ている文官に信じろという方が、難しいのかもしれない。
「さて……この後はどうする、ヤマト?」
室内の安全を確認した騎士リーンハルトは訪ねてくる。
半狂乱となった外交官は青ざめ大人しくなっているが、明らかにここからの交渉再開は難しいであろうと。
「ああ、帝都にいても意味はない。オルンの街へ戻るとするか」
「やっぱり、そうきたか……」
オレの提案にリーンハルトは、やれやれといった表情で諦め半分である。
だが提案自体には賛成していた。
「バ、バカかキサマら? この“帝城”から……そして帝都から逃げられると思っているのか!? 栄光ある我ら帝国の首都から!?」
オレたちの今後の行動について、外交官の男は狂ったように嘲笑してくる。
いくら腕利きなオレとリーンハルトがいても、所詮はたったの二人。
完全武装の兵士と騎士が待ちかまえている検問所、そして城門を突破できるはずはない、と誇らしげに叫んでくる。
「オレたちは帝都に遊びにきた訳ではない。あの程度の検問なら突破できる」
武器は転がっている帝国兵から、いくでも調達できる。
身体能力が強化されたオレならば、少女イシスを担いでも高速移動は可能だ。
腕利きの騎士であるリーンハルトも大丈夫であろう。
そして帝都の市場で待機しているウルド交易隊は、いつでも発進準備可能である。
オレの馬笛の合図一つで、偽装は解かれ強力な荷馬車型の戦車に早変わりする。
ハン馬の脚力もあり、帝都から退却するだけなら十分に可能戦力であった。
「さあ。行くぞ、ヤマト!」
「いや、待て。どうやら援軍が来たようだ。敵のな」
リーンハルトが部屋の出口に向かおうとした、その時であった。
向かって来る気配を察知したオレは、その動きを制する。
このまま部屋を出たら、狭い廊下で鉢合わせになる可能性があった。
「おお、援軍か!? 栄光ある帝国軍の精鋭が、私を助けに来てくれたのだ!」
オレの言葉に反応して、外交官の男は表情を一変させる。
先ほどまでの真っ青な顔色から、自分の勝利を確信した醜い笑顔で歓喜していた。
もはやここまでくると不快を通り越して、哀れな男でもある。
だが今はこんな小物に構っている暇はない。
(ん?……この気配は……まさか……)
オレは覚えのある気配を感じた。
固く閉ざされた扉の向こう側に軍靴の足音が止まり、大勢の人の気配がする。
気配から推測するに、先ほどの帝国兵とは比べものにならない大人数。
そして鋭い殺気を放った猛者たちが来てしまったのだ。
「入るぞ」
その声と共に扉はゆっくりと開かれ、真紅の長衣を着込んだ一人の騎士が姿を現す。
ゆっくりと……だが一切の隙の無い動きで室内に歩み入る。
「これは一体どういうことだ?」
真紅の騎士は室内の状況を観察して、冷静な口調で問いただしてきた。
問う視線の先には、またもや真っ青な表情に急変した外交官の男がいる。
「ロ、ロ、ロキ殿下……な、なぜ、このような場に……」
まさかの大物の登場に、男は全身を震わせ絶句している。
現皇帝の実子である皇子ロキがまさかこんな外交の場に参上するとは、外交官は思ってもいなかったのだ。
(やはり先ほどの気配は……ヒザン帝国の皇子ロキだったのか……)
オレも扉の向こう側にから感じていが、これはまさかの想定外であった。
「オルンの街から使者が来たと聞いて駆けつけた。だが卿から報告が無かったのは、不可思議であるが」
「そ、それは……」
報告を怠った外交官の男に、ロキは氷のような鋭い視線をおくる。
他国からの使者が来た時は、大小関わらず必ず報告の義務があったはずだと問いただす。
「あと、卿にはいろいろと聞きたいこともある」
ロキは言葉を続ける。
この外交官の男には以前から職権乱用による勝手な外交判断、そして賄賂を強要していた疑惑あったと。
「そっ、それは……我らが帝国のことを思っての……」
「捕えよ」
「はっ!」
ロキの合図で背後にいた騎士たちが、外交官の男を拘束する。
彼らは精鋭ぞろいの真紅騎士であり、皇子ロキの直属の騎士団。
疑いのある貴族すらも拘束する力を持っていた。
「兵たちは宿舎で介抱してやれ」
「はっ!」
騎士たちは反逆罪の疑いのある外交官を連れ去り、床で気絶していた帝国兵を運び出してゆく。
応接の間は先ほどのまでの喧騒が嘘のように静かになる。
部屋内に残るのはオレたち三人と、皇子ロキと護衛の数人の騎士のみとなった。
「迷惑をかけたな、イシス殿」
「こちらこそありがとうございます。そして、ご無沙汰しております、ロキ殿下」
「こうして公に会うのは久しぶりだな、イシス殿」
皇子ロキは少女イシスに近寄り挨拶をする。
イシスも皇子であるロキに対して、最大級の礼節で接していた。
だがお互いの口調と態度から、二人は昔からの顔見知りだったと推測できる。
「さて……」
ロキはイシスに軽く挨拶を済ませてから、身体をくるりとこちらに向ける。
「貴君が噂の“ウルドのヤマト”殿か?」
「噂は知らないが、ウルド村のヤマトだ」
初対面である皇子ロキに対して、オレは丁寧に名乗る。
相手は想像も出来ないような権力者であり、初見といえども下手な対応はできない。
「ウルドのヤマト殿……どこかで会ったことは?」
「気のせいだろう。帝都に来たのは初めてだ」
だが実際にはイシスが貴族商人ブタンツに誘拐された時に、オレは皇子ロキと会っていた。
あの時のオレは布で口元を隠し、“山犬団のヤマト”としか名乗っていない。
変装は完璧。
自分の正体はバレておらず、故にここでは初対面のふりをする。
「そうであるか……」
ロキは何気ない会話をしながら、オレの全身をスッと観察をしてきた。
恐らくはこちらの武の器量を測っているのであろう。
それに対してオレは特に隠すことはなく、自然体で対応する。
「なるほど……さすがはバレスの言っていた通りの男だな……」
観察し終えたロキは笑みを浮べて、何やら呟いている。
だが一介の商人であるオレに対して、一体何を感じていたのであろうか。
「さて……」
オレとの対話を終えたロキは、再びイシスに身体を向ける。
「オルンとの外交に関しては、私も興味がある。場所を変えて話を聞こう、イシス殿」
「えっ……ロキ殿下が、でございますか……」
まさかの事態にオルン太守代理の少女イシスは言葉を失う。
なぜならば皇帝の実子である皇子が、一介の都市国家との外交の席に着くとは、誰も想像もしていなかったのだ。
こうしてオレたちはロキを相手に、改めて交渉をすることになった。




