第61話:恵みの準備と新しい農具
“魔じりの民”改めスザクの民の子供たちが、村の新しい住人となってから一ケ月ほど経つ。
北方の村ウルドでは、稲類の穀物“イナホン”の田植えの真っ最中であった。
「ヤマト兄ちゃん、植える間隔はこれでいい?」
「いい感じだ。お前たちもだいぶ上手くなったな」
現場監督であるオレは、昨年と同じく村人の子供たちに指導している。
「えへへ、ありがとね! ……『詰め過ぎて植えると収穫量は減る。つまりお前たちの食う飯の量が減るぞ』だろ? 兄ちゃん」
「ああ、正解だ。だが徐々に曲がってきているぞ」
「うわー、本当だ!?」
調子に乗ってオレの口調を真似していたウルドの子供たちに、田植えに集中するように指示する。
今年は二年目となった田植え作業、村人たちは昨年よりも手慣れてきていた。
昨年よりも細かい部分まで指導していく。
ウルドの子供たちの指導が終わってから、オレは次の田んぼへと向かう。
◇
「ヤマトの兄上さま、これで大丈夫?」
「ああ、上出来だ。なかなか上手いものだな」
次に向かったのはスザクの民の子供たちの担当の水田。スザクの巫女がオレに確認してくる。
独特な口調の少女である。
「ありがとうございます、ヤマト兄さま。わたしたちは……スザクの民は自給自足をしていたから慣れているです」
「そうか」
新しく村の住人となったスザクの民の子供たちは、なかなかの田植え上手だ。
他の集落から疎まれて生きてきた彼女たちは、辺境で人知れず静かに暮らしていたという。
交易商人からも相手にされないために、全ての食料や生活物資を自給自足で作り出す必要があった。
そういった理由でで作業にも慣れており、生活能力は高い。
「あっ……ヤマトの兄上さま。コレとコレが病を持ちそうだから、植えない方がいいかも」
「ああ、そうか。除外しておいてくれ」
「はい」
そして一緒に生活して何より驚いたのは、彼女たちスザクの民が本当に“不思議な能力”を有していたことだ。
巫女の少女が今指し示したのは、何の変哲のないイナホンの苗である。
だがよく見ると病害虫に侵されており、それを彼女はパッと見ただけで察知していたのだ。
『明日の天気が分かる』
『危ない場所から変な臭いを感じる』
『人の感情が色で見える』
他にもこんな感じの説明しがたい力を、スザクの子供たちは各々で持っていた。
だが災いを運んだり不気味がるようなモノは一つもない。
恐らくは迫害とは、噂が悪い方向に広がっていた弊害なのであろう。
こうして接していると本当に心優しい、どこにでもいる普通の少年少女たちだ。
「最後まで気をぬかず頑張れ」
「はい、兄上さま」
スザクの子供たちの指導を終えて、オレは次の田んぼへと向かう。
◇
次の場所はこれまでと雰囲気が違う試験水田である。
「ガトンのジイさん、調子はどうだ?」
「おう、今のところは順調だぞ」
次に向かったのは、山穴族の老鍛冶師ガトンが現場監督をしている田んぼだ。
「あっ、ヤマトさま! 見てください……凄いです」
村長の孫娘であるリーシャも、この試験水田に視察に来ていた。
彼女はガトンの〝試作機”を見つめて感嘆の声をあげている。
「なるほど、これは想像以上に効率的だな。この“人力田植え機”は」
「はい、人の手の数倍……いえ、これは十倍以上の早さがあります……」
少女リーシャが目を丸くして驚いているのは、新しい道具“人力田植え機”に対してだ。
試験水田ではハン族の子供たちが操る農業牛が、その田植え機を引っ張っていた。
車輪が動くたびに軸と歯車が連動して、田植え用の手の部分が回転している。
それと同時に次々とイナホンの苗が水田に植えられていく。
まさに現代日本でも見たことのある田植えの光景。
これはオレが設計図を描いて、老鍛冶師ガトンが製造した農機具である。
「農牛が前進するたびに横並びで、田植えを行うのですね……あれは」
「ああ。田植え機の車輪が回るのに対応して、歯車が回る原理だ」
「理解が追いつきませんが……本当に凄いです、ヤマトさま」
リーシャは言葉を失って見つめているが、実際この田植え機の原理は簡単である。
これは日本の戦後に発明された〝人力田植え機”を参考にして設計していた。
日本では手押し車であった動力を、何倍もの力を有する農業牛の引っ張る力を利用しているだけにすぎない。
軸と歯車の連動部分・田植えの手の精密部分を加工するのには、匠である老鍛冶師ガトンの腕が必要だったのは言うまでもない。
「相変わらず、とんでもない発想をするな。うちの賢者殿は」
「設計図を改良して仕上げた“鍛冶師匠”のジイさんほどではない」
「ふん、いつの間にかお世辞も上手くなっておるわい」
相変わらず口の悪いガトンであるが、そのしわくちゃな瞳は少年のように輝き〝田植え機”を見つめている。
この大陸で誰も見たこともない最先端の機器を、自分の手で作り出せたことに興奮しているのだ。
(だが、まさか人力だが……〝田植え機”を本当に発明製造できるとはな……)
一方でハン族の子供たちが農牛を巧みに操り田植えをしている光景に、オレも内心で感慨深くなる。
田植えは一年の農作業の中でも、最も手間がかかる作業の一つ。
そこでオレが試しに描いた田植え機の設計図を、老鍛冶師ガトンに見せた。
そのまま原理論議に花が咲き、この試作品を実際に作ることになったのだ。
この二年でガトンは機械長弓をはじめとする歯車と軸・テコの細かい部品を作ってきた。
その経験の成長もあり、オレの描いた現代日本の製造理論に対応できてきたのだ。
この人力田植え機に改良を加えて増産していけば、来年の春の田植えは更に何倍もの水田の管理ができであろう。
長期保管ができる穀物は、いざという時のためにいくら生産しても困ることはない。
「これだけのイナホンがあれば穀物は大丈夫そうですね、ヤマトさま」
「ああ。ウルドはイナホン作りに適した場所だからな」
村の食糧の管理を統括している少女リーシャは、次々とイナホンの苗が植えられていく水田を見つめて感動している。
山岳地帯の盆地にあるウルドの村は、夏秋の気候も安定して病害虫も少ない。
それゆえにイナホンなど食料の育成には適している場所だ。
ウルドは老人と子どもしかいない村であり、労働力の確保が問題であった。
だがオレが発明した数々の新しい農機具で、効率化も進んでおり問題は少しずつ解消されいく。
あと数年も経てば村の子供たちは、次々と成人して大人になってゆく。
村人だけで自給自足をおこない、自らの足と知恵で自立できる日も遠くはないであろう。
「田植えは最後まで油断はできない。引き続き注意していくぞ」
「はい、ヤマトさま」
それでも今はまだオレの助けが必要であった。
イナホンの田植えは森の中の天然水田と、村の中の荒れ地をどんどん開墾した広い面積となる。
村人たちみんなで協力して、根気よく作業を続けていく。
◇
田植えを開始してから数日が経つ。
「よし、田植えはこれで完了だ。みんな、よくやったな」
村人総動員のイナホンの田植え作業は、ようやく完了した。
全身が泥だらけになった村人たちに、オレは声をかけてねぎらってやる。
重労働の田植えも終わり、誰もが疲れ果てている。
スザクの民の子供たちの人手が増え、人力田植え機の試作型が稼働しても、やはり田植えはまだまだ重労働でキツイ作業だ。
だが村人たちの顔は何とも言えない充実感に包まれ、誰もが笑みを浮べている。
ウルドとハン族、そしてスザクの民の子供たちは、身体を洗う水浴びをしながらじゃれ合い、遠くで元気な笑い声をあげている。
子供たちの間には民族の垣根や偏見など一切なく、心の底から本気で接していた。
(悪くないな……これも……)
そんな元気でやんちゃな、だが心温まる光景にオレは心の中で苦笑いする。
子供が苦手なオレも少しずつだが、成長しているのかもしれない。
「ヤマト兄さま、ここにいたのですね」
そんな時であった。
田植えの終わった村の様子を眺めていたオレのもとに、駿馬を駆ける少女がやってくる。
「クランか。どうした」
やって来たのはハン族の族長の血族である少女クラン。草原の民である彼女は、スッと流れるような動作で馬から降りてくる。
たしか今日はクランには南方への使いを頼んでいたはずだ。
「オルンの街のラックさんから手紙を預かってきました。これを兄さまにと……」
「ご苦労だ」
村では厳しい冬の雪が解け、村人総出の田植え作業がちょうど終わって一息つける時期。
そこにタイミングを見計らっていたかのような、自称遊び人ラックからの手紙である。
「そうか、いよいよか……」
こうして交易都市オルンへまた向かう日がやってきた




