第47話:帝国の貴族商人ブタンツ
この話だけ三人称視点となります。
(次回からは主人公視点に戻ります)
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広大な大草原を石畳の街道が東西にのびている。
この街道は古代の超帝国の時代に、大陸各地に敷かれた街道の一つ。
東西の異なる商品が交易都市を中継して商人によって運ばれ、物流と異文化の交わる道として現在も重要な役割を担っている。
そんな街道を東の方角に向かう"怪しげな集団”があった。
集団は中央に豪華な馬車を配置し、周りにはかなりの数の騎兵の姿も見える。
馬車の装飾から大商人か貴族の乗った馬車であろうか。
かなりの馬速を出しているが、金をかけた馬車の足回りで街道を難なく疾走している。
周りの四十騎ほどいる騎兵は、盗賊対策に雇った傭兵であろう。
なにしろ貴族や大商人を誘拐したら、莫大な身代金を請求できるために盗賊団に狙われやすい。
高額な騎馬傭兵団は金がかかるが、これも経費として護衛も必要であろう。
だが、それ以外でもよく見ると、この集団には違和感がある。
何しろ本来あるべき国紋や家紋が、この馬車のどこにも無いのだ。
これほどの豪華な馬車の持ち主ならば、身分を明かすモノは必ず彫られているのが大陸の常識である。
それがなければ国境を通過するときに、いちいち面倒な検問に引っかかるからだ。
また周囲を護衛する騎馬傭兵も、よく見ると様子がおかしい。
騎兵たちがあまりにも訓練されているのだ。
着ている革鎧や装備はバラバラで薄汚れて普通の傭兵風。
だが馬車を中心に等間隔で隊列を組んで並走する姿は、明らかに軍事訓練を受けた傭兵団の動きであった。
しかし、騎兵たちのどこを見ても所属を現す隊章はない。
隊列の中央をゆく馬車を含めて、自分たちの身分を一切明かそうとしない怪しい武装集団が東に疾走していた。
◇
「ブタンツ様。もう少しでオルンの領外に到達します」
護衛の騎兵長が並走しながら馬車の主に報告する。
数刻前に交易都市オルンを出発して、もうすぐ目的地である国外に脱出できると。
「うむ、分かった。それからワシはヒザン貴族商人であるブタンツ子爵であるぞ。"ブタンツ卿”と必ず呼べ!」
「はい……ブタンツ……卿」
傭兵長は嫌々ながら、貴族商人ブタンツに敬称をつけて返事をする。
いくら任務とはいえ、帝国の貴族の位を金で買った高圧的なブタンツに好感は持てない。
「ふん……"この小娘”を帝都まで連れ帰れたら、ワシの地位も更に上がるというもんじゃ……うひひ」
一方で揺れる馬車の中で、ブタンツは狡猾な笑みを浮べる。
馬車の後方座席で薬によって眠らせている少女……オルン太守代理イシスに視線を向けながら。
「オルンでの情報収集に寝返り買収の工作費。こいつら騎兵傭兵団と経費はかなりかかった……その分は、この小娘に大きく回収させてもらわんとな!ウッヒヒ……」
貴族商人であるブタンツはヒザン帝国の潜入工作商人であった。
本来の目的は帝国が数年後に陥落させたいオルンの街の情報収集。
だが太守代理の少女イシスの存在を知り、密かに誘拐を企てていたのだ。
そして今日の午後に千載一隅のチャンスが到来。市場の向かっていたイシスの拉致に成功したのであった。
後はこの高速馬車でオルン領を脱出したら、自分の任務は大成功。その先にある帝国の砦の正規軍に合流して、帝都までの悠然と帰国するだけである。
交易都市の太守代理の少女の誘拐の成功に、陥落を狙っていた皇帝陛下からの恩賞も弾むであろう。
後ろで眠っている少女が、外交計略の道具としてどんな末路を送るか知ったことではない。
貴族商人であるブタンツは自分の地位と恩賞金があればいいのだ。
「ブタンツ……卿。後ろから“何か”が近づいてきます……」
「あん? なんじゃと?」
先ほどの騎兵長がまた報告してくる。
街道を東に進む自分たちの隊列を、西から何者か追って来たと。
「オルン騎士団か!? いや……これほど早くは出陣はできないはずじゃ……」
イシスを誘拐したブタンツが一番警戒していたのは、オルン軍の追撃であった。
だが、大金を注ぎ込んで事前に工作はしてあった。少なくとも正規兵と騎士団は、まだ出陣できていないはずだ。
「薄汚い荷馬車に一台に……馬乗りが数騎……恐らくは小規模な盗賊団の類でありましょう」
遠目の効く騎兵長は、不安そうでいたブタンツにそう報告する。
それ以外の騎影は周囲には見えないので、取るに足らない相手の戦力であると。
「追いつかれると面倒じゃ……“消せ”!」
「……はい……」
たとえ相手が身の程知らずの小盗賊でも"大事の前の小事”である。
帝都に帰還中のブタンツは、追って来る相手を皆殺しにしろと騎兵長に命令する。
「十五騎ほどついて来い。暇つぶしの時間だ! はっ!」
騎兵長は並走している自分の部下に声をかけ、速度を落として左右に旋回していく。
相手はどこの盗賊か知らないが所詮は素人であろう。とある兵士団崩れの自分たち傭兵団の相手ではない。
街道を追ってくる相手を草原の左右から挟撃。遠距離から弓で並走斉射すれば、一兵の損失もなく相手を皆殺しにできるであろう。
馬上で正確に弓の射るのには、正規騎兵並の厳しい鍛錬と才能を必要とするのだ。普通の盗賊に真似できる芸当ではない。
雇い主であるブタンツも、そのことは知り大金を支払っていた。
「ふん。小賢しい傭兵団のヤツらじゃが、金の分は働いてもらわんとな……」
二十騎近い傭兵たちが、後方から追ってくる荷馬車に襲いかかろうとしていた。
その光景をブタンツは馬車の小窓から気楽に観戦する。
(……ん?)
だがそこでブタンツは“あること”に気がつく。
(なぜ……あの荷馬車は……あれほど速度を出せるのじゃ……?)
荷物を運ぶだけの荷馬車は、それほど速度は出せない。多くの荷物を運ぶために安定性や速度の性能を無視しているからだ。
今回の自分の乗っているこの馬車は特殊車輌である。
金に糸目を付けずに帝都の職人に作らせた、貴族商人である自分の専用。
普通の馬車はもちろん、あんな薄汚い農民荷馬車は決して追い付けない速度性能を誇る。
(こちらの速度がいつの間にか落ちていた?……いやそんなことはないな……)
馬車を操る自分の部下の御者に視線を送るが、速度を落とている様子はない。
むしろ数頭引きの馬を、ブタンツの命令に従い必死で操っている。
ならば他にも原因があるのか。
用心深いブタンツは様々な可能性を考える。
「ん……?……なっ!?」
思慮終わり、視線を再び小窓からの後方に移したブタンツは思わず声をあげる。
なんと薄汚い荷馬車が、いつの間にか追い付いてきたのである。
先ほどよりも更に加速して、こちらに並走する凄まじい勢いだ。
「なっ!? ……騎兵長の奴らは……ど、どこにいったのじゃ!?」
先ほどこいつらの皆殺しを命じた、騎兵長とその部下の十数騎の姿がどこにも見えない。
もしや裏切ったのか……そう、疑念しつつ視線を更に後方に移す。
「ば、バカな!?……ぜ、全滅じゃと……」
後方に視線を向けてブタンツは更に声を荒げる。
騎兵長たちは乗っていた馬を残し、後方の草原に全員横たわり全滅していたのであった。
傭兵たちは頭部や身体を矢傷で吹き飛ばれていた。
状況から自分たちの弓の射程距離外から、一方的で正確な狙撃を受けて絶命したのであろう。
そうしている内に薄汚い荷馬車が更に近づいてきた。
「命が惜しかったら。止まれ」
こちらの馬車にギリギリまで接近してきた荷馬車の相手が、ブタンツに降伏を勧告してきた。
『これ以上の無益な争いしたくない。馬車を停止して荷物をすべて明け渡せ。そうしたら命だけは助けてやる』と命令してくる。
「ふん! ワシを誰だと思っておるのじゃ! 大貴族で大商人であるブタンツ子爵じゃ!」
「すまない。勉強不足で知らない」
「なっ! 殺せ! コイツ等を皆殺しにしろ!」
荷馬車の相手の男に挑発をされたブタンツは、顔を真っ赤にして残る傭兵に命令する。
荷馬車の奴らを皆殺しにしろと。
正体不明で不気味な相手だが、相手はたった一台の荷馬車と弓騎兵が数騎である。
こちらにはまだ三十騎近い傭兵が残存戦力している。
この物量差なら圧倒できるとブタンツは信じていた。
◇
「交渉決裂だ。“山犬団”……いくぞ、野郎ども」
「「へい! 兄貴!」」
薄汚い荷馬車の男は、“山犬団”と自らを名乗る。
こうして“山犬団”の頭……ヤマトの号令の元にウルドの子ども達は、帝国の馬車と傭兵団に襲いかかるのであった。




