第44話:野獣
いろんな発見やサプライズがあった店休日も終わり、今日も朝から市場でウルド露店の再開だ。
二台の荷馬車に満載してきたウルドの特産物の在庫も残りわずか。オレたち交易隊がオルンの街に滞在するもの、あと数日で終わりである。
その後は村に帰郷する前に、街の商品を積み込んで交易は完了となる。戻ったら穀物イナホン刈りの忙しい季節だ。
「チュース、ヤマトのダンナ!」
自称遊び人ラックがいつもの挨拶で、今朝も騒がしく来店する。
「リーシャちゃん、今日も可愛いっすね。おっ!? その髪飾りも似合うっす」
「ありがとうございます。昨日、ヤマト様に選んでもらいました。でも、褒めても何もありませんよ、ラックさん」
「またまた、言うねー」
村長の孫娘リーシャは買ったばかりの髪飾りを褒められて、満面の笑みを浮べる。
年ごろの女の子ということもあり、身につけている装飾品を褒められて、彼女も嬉しいのであろう。
口下手なオレには真似できない、ラックの軽快な心遣いである。
「ラックのオジサン、ちゅーす!」
「暇人オジサン、ちゅーす!」
「おっ、ちびっ子たちも、今日も元気っすね。そして、オレっちは、まだ"お兄さん”っす」
相変わらず子供たちにも人気がある、不思議な魅力な男だ。やはり精神年齢が似ているのかもしれない。
「いやー、それにしても。昨日は店休日だったんっすね、ダンナたちは」
「ああ、そうだ」
みんなに挨拶が終わり、ラックはオレのところに油を売りにくる。
何でも昨日の朝も市場に顔を出して、肩すかしを食らっていたという。いつもウルド露店がある場所に誰もおらず、寂しい一日を過ごしていたと。
「昨日は休養日。観光と買い物をしていた」
「おー、そうだったんすね。オルンは街は良かったっしょ、ダンナ?」
「ああ、悪くはない」
実際のところオルンは住みやすい街だ。
交易都市ということもあり、品物は豊富で物価も安い。また貴族社会ではないために、不条理な貧困の差は少なく治安も良い。
街の職人や商人たちは、自分たちの頑張りしだい収入が増える。
そのために誰もが努力と知恵を惜しんでいない、そんな活気ある街だ。
「これもイシス様が頑張っているおかげっす」
「どうしても“そこ”に持っていきたいのか?」
「えへへ……バレちまいましたか」
遊び人ラックとしては、オレにオルンの街を気に入って欲しいのであろう。
そして困っている太守代理の少女イシスの手助けを、オレにして欲しいのだ。
「あれ。ダンナのその花は?」
「ああ、これか。これは昨日イシスに貰った。オルンの“幸運の花”という話だ」
オレの胸元の飾り花の説明をする。
“三個の礼”の二つ目のプレゼントとして、彼女から貰った物だと。
これは太守館の庭で育てている"街の花”で、何でも付けていると運気が上がるのだという。
男である自分が生花を身につけるのは、正直なところ恥ずかしい。
だがイシスの昨日の真剣な表情を思い出すと、すぐに外す訳にいかない。枯れるまでの数日は付けているつもりだ。
「ああ、そっすかー。未婚の女男間で、その花の受け渡しには、本当は“別の意味”があるんっすけど……まあ、イシス様も、ああ見えて天然なところがあるので……」
「ん? なにか言ったか」
「いや、何でもないっす!」
何やらブツブツ言っていたラックに尋ねても、言葉を濁された。
どうやら、この“幸運の花”には別の意味があるらしい。
だが迷信や花言葉など信じていない自分には関係ない話だ。気にしないでおく。
◇
「いやー、それにしても……」
「どけ!」
「おっと、ごめんなさいっす」
その時であった。
ウルド露店に新しい客が来た。
店の前でウロウロしていた遊び人ラックにぶつかりそうになる。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃい!」
新しい客を、リーシャと子どもたち売り子は声を出して出迎える。ウルド露店は今日も朝から繁盛の予感だ。
「ほう、山穴族の鍛冶物か……」
その客は他の品物には目もくれず、露店の端にある鍛冶物コーナーへと向かう。
「ふん、客か」
頑固な老鍛冶師ガトンが不愛想な顔で接客している。それに臆さない、かなりの物好きか刃物の愛好家なのであろう。
並んであるガトン特製の短剣や槍先を、まじまじと見定めている。
(傭兵か……いや、騎士か……)
客は帯剣したどこかの国の騎士である。
オレは接客の邪魔にならないように奥に引っ込みながらも、その客を観察する。
お客様のことをまじまじと観察することは露店ではタブー。ゆえに相手に気がつかれないように、目線と気配を消して観察する。
("大剣使い”か……)
その騎士はとにかく人目を引く男であった。
鍛え上げられた見事な巨躯に精悍な顔立ち。
そして使い込まれた大剣を背負った姿は、歴戦の戦士の覇気を発している。
("かなりの腕前”だな。この大男は……)
オレがオルンの街に来てそう感じたのは、この男で二人目である。
それ以外の者たちの評価は"普通”であった。
街ゆく傭兵や兵士・騎士たちも悪くない。だが残念ながらオレの目に値していなかった。
もう一人の"かなりの腕前”は、太守代理の少女イシスの近衛騎士であるリーンハルトという青年だ。
中原でも最強の騎士称号《十剣》のうちの一人という肩書のとおり、剣の才能はかなりのものであろう。
(リーンハルトを行儀のいい“騎士の正剣”としたら……この男は“野獣の血剣”か……)
ガトンの商品を感心しながら見ている男からは、嗅ぎなれた獣臭いと血の匂いがしていた。
ウルドの村の森に巣食う"凶暴な肉食の獣”と同じ危険な香りである。
「おい、山穴族のジイさん」
「ふん、なんじゃ?」
品定めが終わった大剣使いは、店番のガトンに声をかける。頑固なガトンの不愛想な接客を気にしている様子はなさそうだ。
「ジイさん、いい腕をしているな。オレ様の専属の武器鍛冶師になれ!」
なんと事もあろうか、大剣使いはガトンをスカウトし始めた。
『騎士である自分の領地に来て専属の武器を作れ』と。その言い分はかなりの高圧的だ。
聞いたことのないような高額の移籍金を提示している。
「ふん。悪いがワシは"人殺しの武器”は作らん。生きるための道具しか打たない主義じゃ」
だが老鍛冶師ガトンは誘いを即座に断る。
自分の槍や剣・弓は『誰かを守る為の道具だ』と言葉を返す。
「そうか、それなら仕方がない」
高圧的な大剣使いは、思っていた以上に簡単に引きさがる。
万が一に荒事になってもいいようにしていたオレは、その警戒を解く。
「だが……そこのテメエの目つきはダメだ……」
男がそう口を開いた瞬間であった。
キラリと危険な“何か”が光る。
次の瞬間、鋭利な投擲物がオレに襲いかかる。
それはガトン特製のナイフであり、つい先ほどまで大剣使いの手元にあった商品だ。
(くっ!?)
品出し作業をしていたオレは、間一髪でナイフを避ける。
反応が一瞬でも遅れていたら、刃先は間違いなく自分の急所を貫いていた。本気でオレを殺そうとした攻撃だ。
なんの予備動作の無い男の投擲術と、オレの無音の回避術。
周りから見たら、何が起こったのかさえ気がつかない、刹那の攻防だった。
「ほう……これを躱すのか。テメエ、ただの商人じゃねえな」
大剣使いはオレがナイフを回避したことに驚いていた。むしろ口元に獰猛な笑みを浮べている。
好敵手を見つけた騎士のような……いや、新しい獲物を見つけた肉食獣のような笑みだ。
「この目つきは生まれつきだ。お前も人のことを言えないだろう。それにオレは"普通”の商人だ」
人付き合いが苦手で、目つきが悪いのはオレは自覚している。
それに怒りを向けられても、どうしようもできない。
大剣使いも顔立ちは整っているが、野獣なような目つきで人のことは言えないであろう、と言い返す。
「はん、面白れえ! つまらない命令で嫌々オルンに来たが……面白い男に会えた!」
男は満足そうに豪快に笑う。
「オレ様はヒザン帝国のバレスだ。テメエは……」
「ウルドの村のヤマトだ」
相手に名乗られた以上、こちらも名乗らないわけにはいかない。
これは日本男児としての誇りであり意地だ。
「ウルドのヤマトか……覚えておくぞ」
そう言い残し、猛獣のような大剣使い……帝国の騎士バレスは市場を立ち去っていく。
「帝国の騎士……バレスか……」
危険な獣臭を放つバレスの背中を見つめながら、オレは嫌な予感がしていた。
近いうちにまた、この大剣使いと相まみえることを。




