第42話:さんこの礼
オルン太守代理である少女イシスが、宿屋の前の裏路地でオレのことを待っていた。
「こんな夜更けに一人で……いや、護衛付きか」
「はい。また一人だと叱られてしまうので……」
暗闇で待っていたイシスは一人ではなかった。
少し離れた場所には帯剣した警護の騎士がいた。
昼間に屋敷に駆け付けた近衛騎士の一人で、名は確かリーンハルトと呼ばれていた騎士だ。
「リーンハルトは中原でも最強の騎士称号《十剣》のうちの一人。信頼しています」
「ああ、そのようだな」
オレの目から見ても、警護しているリーンハルトという男はかなりの腕前。
歳はオレとそんなに違わないはずだが、既に歴戦の剣士としての貫禄がある。
もちろんオレは剣士でも騎士でもないから、張り合うつもりは全くない。
「夜分に遅くに申し訳ありません、ヤマト様」
「いったい何の用だ?」
今はもう遅い時間である。
電気や電灯がないこの世界の就寝時間は早い。
先ほどの酒場でガラス職人から聞いた話にもあったが、太守代理は激務であるという。
こんな下町にわざわざ来る暇は、今のイシスにはないはずである。
「実は……“三個の礼”の一個目を、渡しに参りにきました」
「"三個の礼”……だと?」
「はい、“三個の礼”です!その一個目……オルン名物のこの果物を持って参りました」
そう言いながらイシスは、真っ赤な果実をオレに手渡してくれる。
これは何でも太守の館の中庭で、丹精込めて彼女が育てている果実だという。オルン銘果物でもあり彼女の大好物だという。
(三顧の礼と、三個を間違えているのか……)
どうやらオレの断るための方便を、彼女は勘違いして来たらしい。
これから三日間一個づづ、"オルンのいいモノ”を持ってくるという。
「なるほど。だがオレは“軍師”になるつもりはない」
「はい、それは諦めました」
「諦めた……だと?」
「はい。ですからヤマト様に好きになって欲しくて参りました」
「“好き”……だと?」
「はい、この街を、オルンの街を……です」
イシスは真剣な瞳で語る。
残り滞在が数日になったオレたちウルドの民に、少しでもオルンのことを知ってもらい、そして好きになって欲しいと。
そのためにはオルンの魅力を伝えるのが一番だと。
とても冗談を言っているようには見えず、真剣に語ってくる。
「ずいぶんと不思議なことを言うな」
「はい……よく言われます」
「とにかく今宵は遅い。帰れ」
いくらか護衛騎士がいるとはいえ、彼女は太守代理である。
特に今は微妙な情勢の時期であり、夜間の外出は好ましくない。
寝る間を惜しんで政務に明け暮れる彼女に、無理もさせたくなかった。
「お心遣いいただきありがとうございます。明日も、また来てもいいです? ヤマト様……」
「勝手にしろ」
「はい、ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてイシスは嬉しそうに立ち去っていく。
その姿には何の打算もなく、本当に『オレにオルンの街のことを好きになって欲しい!』その一心で来たのが分かる。
(やれやれ……調子が狂うな……)
イシスの不思議なペースに巻き込まれ、オレは内心で苦笑いする。
これまでに接したことのないタイプの少女に対して、人付き合いの苦手な自分はどう対応すればいいのか。
「おい、"ヤマト”とやら……」
その時であった。
凄味のある声がオレにとんでくる。
声の主は近衛騎士の男リーンハルト。剣は抜いていないが、凄まじい殺気でオレを睨んでくる。
「私はキサマのことは認めていない」
どうやら宣戦布告なようだ。
自分の仕えている女主がわざわざ会いに来たオレに対して、敵対心をむき出しにしているのだ。
特になんの権謀や個人的な感情もないオレとしては、勘弁して欲しい言いがかり。
「特に認めてもらう必要性はない」
「なに!? キサマ!」
「じゃあな」
激高する騎士を無視して、オレは宿屋へと入っていく。
(やれやれ……随分と安い挑発に弱いな……)
リーンハルトは剣の腕は立つかもしれないが、精神的はまだ若い。
冷静さを保てない者は、いつか必ず危険に陥る。特にこのような情勢では不安な要素だ。
◇
「ヤマトさま、おかえりなさいませ」
宿屋の玄関で村長の孫娘リーシャが出迎えてくれる。
子供たちと寝ようとしていた時に、外に人の気配を感じて起きていたのだという。
念のために機械長弓で武装して待機していた。
大自然の中で命のやり取りする彼女は勘も鋭い。少女イシスと騎士リーンハルトの気配を感知していたのだ。
「先ほどの"女性の方”は、ずっとヤマトさまの帰宅を待っていました」
「そうか……」
酒を飲みに出かけて、いつ戻るとも知らぬヤマトのために、イシスは静かにずっと待っていたという。
あまりに真剣な彼女のその表情に、同性であるリーシャも心配していた。
「大丈夫だ。それよりも明日は休日。リーシャさんも買い物や観光をして休んでくれ」
心配する彼女を労わる。
こうでも言わないと献身的なリーシャは、明日も残務仕事をしてしまうであろう。
市場でのウルド露店の営業は、あと数日間も残っている。
休める時に身体と心をリフレッシュしておく必要がある。
「はい! それなら……一つお願いをしてもいいですか?……ヤマトさま」
「ああ、べつにいいが」
「あ、明日……私と一緒にオルンの街に買い物に行ってください」
「買い物か……べつにかまわない」
「本当ですか! ありがとうございます」
こうして明日の休養日、オレは少女リーシャと二人っきりで買い物に出かけることになった。




