第150話:戦場へ
水都に侵攻してきた、ロキ率いるヒザン帝国軍。それを止めるためにオレは、帝国軍の向かって行く。
「あれが第二の城門だ!」
レイランの先導で水都の南に城門に辿りつく。
城からここまでの道中は人混みで溢れていた。突然の帝国軍の襲撃を受けて、水都中が混乱しているのだ。
「あれか。どうやら間に合ったようだな」
オレは状況を観察する。
南の第二の城門では既に戦いが始まっていた。蛮族軍も奇襲から態勢を整え、今のところなんとか持ちこたえている。
オレたちはレイランの先導で、そのまま城門の指揮所に駆け込む。
「これはレイランさま! なぜこのような前線に⁉」
「父上からの命令で、この城門の指揮は私がとる」
城門を守る戦士団長に対して、レイランは指揮権の交代を告げる。
これは南蛮王ゴウカクからの正式な命令であり、絶対的なものであった。
「承知しました。皆の者、聞け。レイランさまが援護にきてくれたぞ!」
「おおお! レイランさま!」
「姫さまが来てくれたら百人力だ!」
「外界の者どもを押し戻せ!」
レイランの登場によって守備兵の士気が一気に高まる。
戦士たちは彼女の名を叫びながら武器を掲げる。
レイランは南蛮族の全ての戦士たちから信頼が厚いのであろう。
「さあ、上にいくぞ」
そんな戦士たちの雄たけびを受けながら、オレたち城門の見張り台に上っていく。
「さて、これが帝国軍の布陣か」
高い見張り台の上からは、帝国軍の様子が一望できた。
相手は戦太鼓を鳴らしながら、津波のように城門を攻撃している。
「なるほど。鎧と戦法を変えて侵攻してきたのか」
オレは相手の戦術を分析する。
押し寄せる帝国軍は、以前とは違い軽装備であった。重厚な金属製の鎧から、軽い革鎧に変更されている。
それにより機動力が大幅に向上して、今回の奇襲が成功したのであろう。
「情報収集が得意なロキらしい策だな」
おそらくロキが事前に、樹海の中を調査させていたのであろう。
その結果から装備を全て変更。用意周到なあの男ならではの策であった。
「それに兵站を無視して、短期決戦の構えか」
驚いたことに帝国軍の後方には、あるべきはずの補給部隊がなかった。
その代わり兵士たちは食料の袋を装備している。
おそらくは機動力を重視するために、強行軍で侵攻してきたのであろう。
まさに緻密で用意周到。それでいて大胆な奇襲である。
「そして当人のロキは……あそこか?」
帝国軍の中に目的の人物の姿を見つけた。
その男は真紅のマントを羽織った長身の騎士。
ロキは部下を鼓舞するため、自ら先頭に立ち攻城戦に参加している。
皇子のその勇ましい勢いにのり、帝国軍は烈火のごとく攻め込んでいた。
「ここからなら、ギリギリか? レイラン、投げ槍を一つ貸してくれ」
「投げ槍だと? ああ、これを使え」
守備隊の指揮官となったレイランから、一本の槍を借りる。
南蛮族の戦士が使う一般的な投げ槍であり、バランスも悪くはない。
オレはそこにウルド産の布を固く結びつける。
「何のつもりだ、外界の者よ? 敵のあの指揮官に飛び道具は通じんぞ⁉」
そんなオレに戦士団の一人が忠告してくる。
あの真紅の指揮官の周囲には、不思議な風の防壁が張られていると。弓はもちろん投げ槍も通じない強力な防壁。
そのお蔭で南蛮の戦士たちも苦戦しているという。
「風の防壁……なるほど、バレスの魔剣の力か」
ロキの腹心である大剣使いバレス。あの騎士の魔剣には風の魔力が秘められていた。
おそくら今は、その力を守りに使っているのであろう。
「さて、バレスの風の防壁と相対するのは、三年ぶりか……」
オレは槍を構えながら、三年前のイシス救出戦を思い出す。
あの時、ウルド式の弩ではバレスの防壁は破れなかった。
それで危険な接近戦を余儀なくされたのである。
「だがオレもあれから、少しは成長している」
ウルドでの狩りを通じて、投擲技術が上達した自覚はある。
それを信じて、全神経を槍の穂先に集中させる。
「土煙で見える風の防壁……その隙間を狙う……そこだ!」
オレは気合の声と共に、一気に槍を投擲する。
全体重を乗せた必殺の一撃。狙うは風の防壁の微かな隙間である。
投げた槍は周囲の風を切り裂き、真紅の騎士に向かっていく。
◇
「あれは⁉ ロキ、ヤバいぞ!」
「ああ!!」
だが、オレの投擲は防がれてしまった。
バレスの警告に反応して、ロキが槍を受け流した。全く隙の無い素晴らしい連携である。
「ロキ……さま?」
「な、なんだったんだ……今のは?」
「何かが光ったと思ったら……」
「な、投げ槍だと……?」
一方で帝国軍には動揺がはしっていた。
何故なら攻撃があったことすら、彼らは感知を出来ずにいた。ロキが攻撃された後に、事態を把握して唖然としている。
「あの距離から……そんな馬鹿な……」
「バレスさまの魔剣が破られただと……」
事実を知って誰もが驚愕していた。
帝国の誇る騎士バレス。その魔剣の風の防壁は絶対的である。たとえ百本の弓矢が相手であろうが、今まで破られたことはなかった。
だがそれがたった一本の槍に破られた。その事実に誰もが言葉を失っていたのだ。
「おい。なんだ、今のは……?」
「ああ。レイランさまの客人が……だと?」
その衝撃は南蛮の戦士まで伝染していた。彼らの動体視力は並ではない。
だが誰一人として槍筋が見えたものがいなかったのである。
そんな人の技とは思えない投擲の衝撃。両軍の戦う手が自然と止まっていく。
「ほう、あれを防ぐとは。さすだな、ロキ」
一方で投げた当人のオレは感心していた。
まさかあそこまで簡単に回避されるとは、思っていなかったのだ。
「兄上は剣技でも帝国随一なのじゃ」
隣でシルドリアが自分のことのように誇っていた。幼いころからの稽古で、彼女は兄に敵わなかった口にする。
「なるほど、それは手強いな。さて、レイラン。そろそろ話し合いに行く。部下に攻撃の停止の合図をしてくれ」
「ああ、分かった……だが、本当にこの敵陣の中を行くつもりなのか?」
「もちろん、そのために来た。行くぞ、二人とも」
オレはシルドリアとリーンハルトと共に、見張り台を下りていく。
リーシャとレイランはこの場で待機してもらう。何か起きた時に対応してもらう。
「開門だ! 相手に使者を送る。その三人を通せ!」
見張り台からレイランは部下に指示を出す。その内容は戦中と思えない、耳を疑うものである。
「そして攻撃は一時停止だ!合図の太鼓を鳴らせ!」
「はっ、レイランさま!」
だが南蛮の戦士団は規律に厳しい。特に族長の一族であるレイランの言葉は絶対である。
固く閉ざされていた城門は、命令に従い内側からゆっくりと開いていく。
「バカな……門が……」
「この状況で開門だと?」
一方で帝国軍に大きな衝撃が走る。
何故なら堅守すべき城門を、敵が自ら開けたのだ。普通の戦いでは、絶対にあり得ないことである。
「さて、ロキに話がある。そこを通してくれ」
城門をくぐり抜けたオレは、そんな動揺している帝国兵に告げる。
南蛮族の正式な使者として、指揮官のロキと対話したいと。停戦交渉の使者だと名乗る。
「な、何だ、貴様らは⁉」
「おい……まて、この方は……」
「ああ。ウルドのヤマト殿……帝都を救った“竜殺し”だ」
オレたちの登場に帝国軍にどよめきが走る。
南蛮軍の中から出てきたのが、祖国を救ってくれた英雄の一人。
ロキ直属の部下の彼らは、オレの顔を覚えていてくれたのである。
「さて、時間がないのじゃ。そこを通してもらうぞ」
「シ、シルドリアさま……まで⁉」
「承知いたしました! どうぞお通りください」
皇女であるシルドリアの登場に、帝国兵は更にざわめきだす。
誰も状況がつかめないまま、唖然としながら道を開けていく。まるでモーゼの十戒のように人の海が割れて、まっすぐな道ができる。
「さすがは皇女の力だな」
「何を言っているのじゃ、ヤマトよ? お前の投擲と登場で、戦場はここまで静まり返ったのじゃぞ」
シルドリアに指摘され周囲を確認する。
たしかに両軍の誰もがオレに視線を向けている。これから一体何が起こるのか? そんな異様に張り詰めた空気であった。
そんな静寂の中、オレたちは帝国軍の中央部に向かっていく。
「この投擲はやはりお前か、ヤマト」
たどり着いいた先にいたのはロキであった。受け流した槍を手に取り、真剣な表情をしている。
そして傍らにはバレスが鬼の形相で仁王立ちしていた。
「久しぶりだな、ロキ。それにバレスも」
かつての仲間たちと、オレは戦場で相対することになったのだ。




