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第858話 執着が瞳を曇らせた

858


「私は過去の剛浚ごうしゅんばかりをみて、現在の奴を見損ねた。策士策に溺れるとは私のことだ。まさか猪武者いのししむしゃだった彼に足を掬われるとは、ね」


 レジスタンスを率いる白髪の老執事、晴峰道楽(はるみねどうらく

)は、異世界クマ国で百万人を殺傷したテロリスト団体〝完全正義帝国スプラヴェドリーヴォスチ〟の一員と成り果てた腐れ縁の悪党、六辻剛浚ろくつじごうしゅんを討とうとするも、最後の最後で返り討ちにあってしまった。


「た、助けにいかないと。出雲達が〝聖職者級人形エピースコプ〟を倒してくれたおかげで、〝蝿兵士フライ・ソルジャー〟の動きがにぶくなった。敵陣をつっきるぞ」

「まさか、エセ執事が負傷するとは思わなかったでやんす。一難去ってまた一難。船を寄せて救急室へ運ぶんだ」


 少し離れた場所でレジスタンスと共に戦っていた漆黒のフルプレートアーマーを身につけた黒騎士や、キツネ顔の式鬼使い、離岸亜大りがんあだいが、同志たる道楽を確保しようと動き出す。


「たった今、格付けは済んだ、か」


 その一方、道楽は激戦の疲れと重い怪我のダブルパンチで限界にきたか、敵に包囲されたまま川辺に崩れ落ちた。


「すぐに治療します」

「毒や呪いなら任せるサメエ」


 幸いにもレジスタンスのエースである額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太いずもとうたと、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの少女、建速紗雨たけはやさあめが周囲の敵を追い散らし、道楽に応急手当てをしたことから、命を落とすことはないだろう。


「ありがとうございます」


 道楽は桃太と紗雨の治療を受けながら、やすらかな顔でつぶやいた。

 不可思議なことに、血に染まった執事の顔は、負けたことを悔しがるよりもむしろ、まるでつきものでも落ちたようなけんのとれた穏やかなものだった。


「晴峰さんは、六辻剛浚を助けたかった……のですよね。だからガッピ砦を落として、彼を挑発するなんて無茶をしたんですか?」


 桃太はずっと疑問だった。

 単純に許せない敵であれば、ああも執拗に会話をする必要なんてない。

 道楽が尻を蹴飛ばすような煽りと説教を繰り返したのは、旧友である剛浚を立ち直らせたい一心だったのではないか? そう思わずにいられなかったのだ。


「いいえ、違います。救いたかったんじゃない。私はただ、長年の好敵手と、ちゃんとした決着をつけたかったんですよ」

「「……」」

 

 道楽は力無く告げて、首を横に振った。

 桃太の言うとおり、彼は旧友と戦いたかっただけでなく、若き頃の剛浚を、鬼神具〝輝く角を持つシャイニング・ホーンドクラウン〟の影響下から取り戻したかったのかも知れない。

 しかし、敗北であれど、決着という希望は叶ったのだ。

 それもまた真実には違いない。

 白髪を血に染めた冒険者は、複雑な胸中を若き後輩達に伝えようと唇を震わせた。


「ここだけの話ですが、出雲さんも紗雨姫も、今は肩を並べているけれど、黒騎士さんとはいつか戦うつもりでしょう?」


 二人は、ひょっとしたら自分たちもそうなるかも知れない先人の問いかけに、こくりと頷いた。


「私も同じです。かつて勝てなかった剛浚に追いつこうと技量を磨き、策を身につけた。しかし、剛浚はあの通りのお調子者でしたからね。〝鬼神具・輝く角を持つ冠シャイニング・ホーンドクラウン〟を手に入れてからは、あっという間に身を持ち崩して、情けないお山の大将になりはてた。だから、思い出の中にいるライバルを取り戻したくて、色々とやりました。それで負けていては、笑えませんね。つくづく執着というものは厄介です」


 道楽は口では自戒していたものの、後悔はなさそうだった。


「ふふふ。若き日より、悔いのない充実した時間を過ごしましたが、腐れ縁である六辻剛浚や、我が元主人である七罪業夢ななつみぎょうむ様と同様に、老いたのは私も同じでしたか」

あとがき

お読みいただきありがとうございました。

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