第1809話 物価安定主義3
関連回 第1659話 物価安定主義、第1779話 福祉と負担
ここは僕の城の会議室。
これから未来の国政を担う若きリーダー達に教えを説く。
学ぶのはロナンダル王国の王太子夫妻である
リベルト(三十才)とルイーズ(三十才)、それから、
ダルト王国の王太子であるマーク(二十四才)
ギルフォード王国の王太子であるレクサー(二十四才)
ルカレシア聖帝国の皇太子であるレオナード(九才)
エルスラ王国のアルベール第一王子(十四才)
チルザーレ王国のイスファ王太子(二十二才)だ。
そして、彼らの父親である、ライナス、トーマス、アレク、タイタス、シルエス、ビネル王も後ろの席で見学する。孫の講義にその親が付き添うのはいつものこと。僕としては、次世代(孫の世代)だけでなく、現役世代(子供の世代)にも聞いてもらいたいから、これは望ましいことだ。
僕の城にはよく親族が訪れるし、僕もよく呼ぶが、ただ会うより、何か目的があった方がいいだろうと思い、講義することが恒例となっている。一応、講義がメインで会うことがサブにはなっているが、僕にとっては会うことの方がより大事だ。
これはすべての人間関係に言える。人は様々な用件で人と会うが、本当はその用件より、人と会うことの方が大事なんだと思う。用件があるから人と会うのではなく、人と会うために用件がある。だから用件を済ませて、さっさとその場を去るのはもったいない。ビジネスライクだけの人生じゃ薄っぺらいものになってしまう。
用件が本番で、人と会うことが付録なのではなく、
人と会うことが本番で、用件の方が付録だ。
だから、極論すると、会えさえすれば、目的やきっかけは二の次というのはある。会えさえすれば、縁を広げたり、深めることができる。マラソン大会に参加して賞を獲ることより、大会を通じて人で出会うことに価値があり、山登りして頂上に到着することより、その過程で人と出会うことに価値がある。人はイベントに目が向かいがちだが、イベントは容器に過ぎず、本当に大事なのはその中身である人との出会いだ。一人で黙々頑張るのもいいが、それだけでは味気なく、中身がスカスカの薄っぺらい人生となる。
「それでは、おじい様、よろしくお願いします」
「うむ」
近くに座るリベルトが声をかけてきたので返事をする。孫たちでの講義では、だいたい司会兼聞き手なしでやっているが、今日は彼にそれを頼むことにした。国王として僕の跡継ぎの跡継ぎだし、最年長(三十才)の孫だしね。
「それでは、みんな、始めよう」
「「「はい、おじい様!」」」
ふふ、声を出すと気合が入っていい。
「今日のテーマは何でしょうか?」
「今日のテーマは物価の安定についてだ」
物価の安定、これは既にギルフォード商会はじめ各所で話をしてきたことだが、政治においても当然欠かせないテーマだ。孫たちもある程度の事前知識があることだろう。僕が発信する情報は拡散推奨なので、いろいろ聞いているはずだ。
「以前、王政民主主義について話をしたが、これは王が民の意向をくみ取り、民に寄り添う政治を行うことによって実現する。民の意向については様々あるが、一番の関心ごとは日々の暮らしであり、それには必要なモノが手に入りやすいかどうかで決まる。具体的に言うと、モノの値段だ。モノの値段が高くなればモノが手に入りづらくなり生活が苦しくなる。だから政治を預かる者はそうならないようモノの値段に気を配り、モノの値段の安定に努めることが重要となる」
これは日本でもそう。選挙前などに、もっとも重視する政策についてアンケート調査をすると、必ずと言っていいぐらい、経済政策がトップにあがる。経済政策というと漠然としているが、その中で大きなウェイトを占めるのは物価が高くならないよう対策を取ることだ。変な話、他の政策が多少覚束なくても、物価が安定して普通に生活できれば民の不満がそんなに大きくなることはない。
政治は政治家だけのものではなく、国民全体のものだが、政治に国民の関心が集まる状況は、あまりいい状況ではないと言われたりする。それだけ社会が不安定で政治不信が根っこにあるということだ。
じゃあ、政治に関心を持たない方がいいか?
いや、そういう状況だからこそ関心を持つ必要がある。
邪な心のある政治家は「国民の関心がないということは、それだけ政治が信用されている証拠だ」と嘯いたりするが、本音では国民が政治に関心を持たず、チェックが疎かになることを望んでいる。だから国民は社会情勢に左右されず、常に政治に関心を持つべきだ。うまくいってるように見えても、見えないところで悪さをしていることはままある。無風状態の時こそ危ない。彼らに白紙委任状を出すわけにはいかないのだ。
再三言ってるが、大事なことなので何度でも言う。
他人任せにしない。なぜなら、これが魂の求める生き方だからだ。
どんなに上手くいっても、すべて他人任せでは人生の意味がない。下手だろうが、失敗しようが、恰好悪かろうが、遠回りしようが、自分が行ってこそ人生の意味がある。修行とは行を修めること。僕らは観察者や傍観者として、ここに来たわけでなく、実践者としてここに来た。
困難を避けて要領良く立ち回っている人は、一見、人生をうまくやり過ごしているように見えるが、その実、課題を何も達成できず、先送りしているだけだ。これではいつまで経っても人生学校を卒業することはできない。
「国防、治安維持、教育、インフラ整備、農業保護、弱者救済など、国の果たすべき役割は大きいが、経済政策も欠かせない。そして、経済政策の中でもっとも重要なのが物価の安定だ。これができれば、政治は安定するし、できなければ政治は不安定になる。国の指導者がもっともすべきこと、それは食べ物をはじめ、モノが手軽な値段で買える社会を目指し、維持することだ」
リベルトが手を挙げる。
「モノを民に売っているのは商人ですが、それでも国に責任がある
ということでしょうか?」
いい質問だ。
「確かに売るのは商人だが、最初に言ったように、王は民に寄り添う政治をしなくてはならない。それは民が幸せになることだ。モノの値段が高くなり、必要品が買えなくなったら、民は幸せでいられない。仮に民の生活がどうなろうと知ったことではないと思うなら、王として失格ということになる」
「その場合はどうすればいいのです?」
「不当に高く売っているなら、安くしてもらうということになる。例えば、
買い占めて高く売ろうとする商人がいたら、そうしないよう命令するとかね」
前の世界では自由競争の名の元に、買い占めをして、
割高に売るケースがあったが、あれは良くなかった。
「さて、ここで問題、物価の安定を図るには何が必要だと思う?」
ルイーズが手を上げる。彼女はリベルトの妻で王太子妃、将来の王妃だ。王妃が国政に参加するかどうかはケースバイケースだが、リベルトとルイーズは話し合いで参加することに決めている。これは現国王夫妻であるライナスとラーシャを模範にしたのだろう。
能力ある女性による国政運営は非常に良いことだ。日本の歴史を振り返ると、邪馬台国の女王、卑弥呼の時代、初期の国が形成され、鎌倉時代、北条政子が尼将軍として政治の実権を握り、武士たちをまとめたことが広く知られているが、持統天皇も忘れてはいけない。彼女は、藤原京の造営(日本初の計画的都)、飛鳥浄御原令の施行(律令制の整備)、「日本」国号と「天皇」号の確立、大宝律令の制定(退位後)などを推進し、天武天皇の理想とした律令国家体制を確立した飛鳥時代の女帝だ。即位後も夫の遺志を継ぎ、政治の基盤を築き上げ、日本初の火葬が行われたことでも知られている。
今でこそ、日本は火葬が当たり前となっているが、約1300年も前にそれまでの常識を打ち破り、彼女は自ら火葬を選び、日本で最初に火葬された天皇となった。民衆の窮状を救うため、自身の葬儀を簡素化したいという強い思いがそこにあったのだ。
ルイーズが答える。
「モノの値段を知ることでしょうか」
「その通り。高いか安いかは、その商品が普段どれぐらいの値段で取引されているかを知らなければ判断しようがないからね。だから国を治める者は、店を視察したり、関係者にヒアリングするなどして、何がいくらぐらいで売られているか、常にチェックしておく必要がある」
僕は子供や孫に現地視察するよう説いており、実際そうしてもらっているが、それは庶民の暮らしぶりを通して庶民の考えを把握するためだ。そして、その暮らしぶりの中にモノの値段が入ってくる。
何がいくらぐらいで売られているかを知らなければ、
とてもじゃないが、庶民に寄り添った政治などできるはずがない。
現在、日本の政治が二流なのは世襲議員のボンボンが多く、彼らの多くが温室栽培された野菜のように恵まれた環境で育ち、庶民感覚が乏しいことに大きな要因がある。「議長になってもね、毎月もらう歳費ってのは百万円しかないんですよ」と真顔で言った議員がいたが、議員の報酬をもらいながら、さらに議長の報酬をもらえるだけでも、かなり恵まれているのに、それに対し「100万円しか」などとよく言えたものだ。議長の仕事なんて年間で大した日数もないのに。
新人議員15人に対し、お土産として10万円の商品券を配った元首相がいたが、案の定、野党から「国民感覚とずれている」と追及されていた。本人からすれば、はした金なのかもしれないが、このような人では物価高に苦しむ庶民の気持ちは到底理解できないだろう。だから政治家はインフレに恐ろしい程鈍感だ。まるで他人事。お米の値段が倍になっても気にしない。
ちなみに、この元首相、「長崎県の海岸線の長さは北海道に次いで2番目と言われている。北方領土を除いて考えれば、日本で一番、海岸線が長いのは長崎県だ」なんて馬鹿なことも言っている。なぜ北方領土を省く? 一片の疑いもなく日本の領土だろうが。そうそう「日本の財政はギリシャより悪い」「群馬県と聞くと怖い人がたくさんいそうというのがある」なんて事も言った。あのような人物がよく首相になれたものだ。選んだ議員の見識を疑う。
とにかく日本の国会議員、特に世襲のボンボン議員は失言がやたら多い。通常の国民感覚があれば、口にしないようなことを平気で口走る。子供の頃から甘やかされて育ち、自己中、傲慢、世間知らず、になってしまったのだろう。また、こう言えば、相手が傷つき、不快に思う、という想像力が決定的に欠けている。
「運がいいことに能登で地震があった」なんて耳を疑うような発言をした議員もいたし、「コメは買ったことがない」と宣った農林水産大臣もいたし、なんのためらいもなく「自分でパソコンを打つことはない」と胸を張って答えたサイバーセキュリティ問題担当大臣もいたっけ。
「政治家に古典道徳の正直や清潔などの徳目を求めるのは、
八百屋で魚をくれというのに等しい」
これは、元首相がロッキード事件で逮捕され、一審で有罪判決が出た後、元首相を擁護する立場の法務大臣が雑誌のインタビューに答えた発言だが、本音が出てしまったのだろう。どんな状況であろうと許される発言ではないが、このような失言が度々、議員から出るのは、これぐらい言っても構わないだろう。という甘えがあるからだ。一言で言えば精神的に幼い。
甘やかされて育ち、何を言っても周囲がなだめてくれ、そのまま大人になってしまったのだろう。だから、こういう議員は自分が国民に寄り添うのではなく、国民が自分に寄り添え、と本気で思っていたりする。だから「国民感情をしっかりコントロールしていかないと」などとトンデモ発言を上から目線でする。
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