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第1808話 物価安定主義2

 インフレのある社会とない社会、どちらがいいですか?

 関連回 第1659話 物価安定主義

 午後の昼下がり、ここはとある賑やかな繁華街の通り沿いにある喫茶店。

 そこで二人の女性(五十代ぐらい)が窓際のテーブル席で、緩やかな日差しを

 心地よく感じ、お茶を飲みながら談笑している。


「今日もいろいろ買ったわよね」

「もう、袋がパンパンよぉ」


 と言いながら、買い物袋であるエコバックをパンパンと叩き、互いに見せ合う。

 二人は先ほど近くの店で買い物を終え、ここで一服しているのだ。


 この世界でも庶民が気軽にお茶を飲む習慣が広がっているが、日本と違うのは健康を意識したノンカフェインティーが充実していること。カフェインティーもあるが、カフェイン濃度は日本のものより、ずっと低い。二人はカフェインティーを飲んでいるが、日本ならカフェインレスティー(90%以上除去)となるだろう。この世界のカフェインティーはこれが標準だ。


 聖王陛下は、アルコール、カフェイン、砂糖の三つを中毒性の高い依存物質と捉え、その摂取を少なくするよう民に呼び掛けており、今やそのことは一般常識と言えるぐらい広く知られるようになった。このうちアルコールについては20才以上でないと摂れなくなっている。これは成人年齢である十五才より厳しい条件だ。


「品揃えが多いから、どうしてもいろいろ見ちゃうわよね」

「そうよね。でも楽しくて、いいわ」


 二人が買い物をしたのはギルフォード商会の正規店。

 このあたりでもっとも規模が大きく、品揃えの多い店だ。


「買った後は重くなるから、休みたくなるけど、

 丁度、近くにこんなお店があって便利よね」


「ふふ、そうね」


 この喫茶店はギルフォード商会の系列店。買い物帰りのお客さんの憩いの場になっている。値段も安く席もたくさんあって、この時間帯は女性客が多い。ギルフォード商会は正規店のまわりに系列店を多く配置しているが、これにより系列店は正規店から流れたお客さんを拾い上げる仕組みだ。近くには喫茶店や飲食店の他、女性向けの美容・エステ・ネイルサロンなどの店もある。


「しかし、今はほんとに便利な世の中になったわよね。

 こうして簡単にいろいろなものが買えるようになって……」


「そうよね。昔は一度にこんなに簡単に買えるお店なんてなかったわ」


 二人の視線が自然とエコバックに向く。このエコバックは丈夫で長持ち、デザインにも優れ、これを持って街を歩くことが、ちょっとした流行りとなっている。いくつも種類があるが、安いモノで銅貨二枚(二百円)、高いモノでも銀貨一枚(千円)ぐらいだ。買い物に来るお客さんはほぼ全員持っている。


 この世界ではレジ袋は存在せず、昔は買った商品を頭陀ずだ袋のような質素な袋に入れたものだが、人々の生活が豊かになり、外見やお洒落に気を使う余裕が生まれ、カバン類もデザインを求められるようになったのだ。材質はリサイクルの植物素材。この世界ではプラスチックのような石油製品はなく、ほとんどがこの素材を使っている。


 エコバックは採算度外視のサービス商品であり、ギルフォード商会の利益はほとんどないが、エコバックがギルフォード商会の商品であることは広く周知されており、お客さんがこれを持って街を歩けば、それだけでギルフォード商会の宣伝になる。これは「商品に商品の宣伝をさせる」「お客さんを宣伝マンに仕立てる」というステルス戦略の一環でもあるのだ。


 費用がかからず、これぞコスパ最強の宣伝方法。今でこそ、ギルフォード商会は受信機テレビの宣伝をしているが、元々、お客さんの口コミを重視しており、それは今も変わらない。ごり押しで商品を勧める手法ではなく、やんわり、自然に、それとなく商品を勧める手法がギルフォード流だ。


 たとえ良いモノであっても、「買え!」と強く言われれば、人は反発し、買わなくなる。それより、「これ、良いですよ」「もし良かったら」と軽く言う方がかえって人は話を聞き、買うようになる。『北風と太陽』の北風のように強引にするのではなく、太陽のように自主性を喚起させるのだ。


「昔は小さいお店ばかりで、品数も少なかったし、高かったわよね」


「そうね。今じゃ当たり前になったけど、値札もなくて、

 店の人に訊かないと値段を教えてくれなくて、大変だったわ」


「それで、訊くと高いのよね。店員さんも横柄だったし」


「そうそう、それで、一々、『もっと安くして』ってお願いしないと

 いけなかったのよね」


「あの頃は、知らないお店は怖くていけなかったわ」


 今では商品に値札を表示する定価販売が当たり前になっているが、一昔前は値札がなく、お客さんが店員に訊いて、一々確認するスタイルだった。その際、店員はお客さんの顔色を見て値段を高めにふっかけ、それに対しお客さんが値引きを要求し、価格交渉するのが普通だった。いわゆる駆け引き商売だ。


 店は知らないお客さんに高めに要求する傾向があったため、お客さんは馴染みの店を決め、そこに行くことが自然と多くなった。これにより商売はどこも特定のお客さんを贔屓する閉鎖的な体質となり、発展・拡大しづらい構造となった。駆け引き商売では、特定の客層に絞られ、一件一件、対応に時間がかかるので、多数のお客さんをこなせなかったのもある。


「しかし、あれよね……モノの値段がずっと変わらないわよね」

「言われてみれば……そうね。ほとんど値段が変わらないわ」


 確かにここ数十年、モノの値段はほとんど変わっていない。

 その以前の状況を知る人から見たら、驚愕すべきことだろう。


「今はもう、それが普通みたいになったけど、昔は違ったのよね」

「そうそう、ころころ値段が変わったわ。どうして変わらなくなったのかしら?」


 その問いの答えはすぐ浮かぶ。


「聖王陛、国王陛下、ギルフォード商会のお陰よ」

「きっと、そうよね、ほんと助かるわ」

「今後もこのままでいて欲しいわね」

「ええ、本当に」


 二人とも物価の安定に感謝しつつ、それが続くことを願うのだった。できるだけ良いモノを、できるだけ安く買いたい。これは二人に限らず、多くの庶民の願いであろう。


 一昔前、多くの店は露店上がりで、目の前にいるお客さんに、少しでも高く売りたいという意識が強く、「商売=高く売って儲ける」と考える商人が多かった。そんな商人をお客さんは見透かし、一定の距離を置くことになった。お客さんにとって、昔の買い物は商人との対決であり、大袈裟に言えば戦いでもあった。


 そう、昔の買い物は、生きるための戦い、という面が多分にあったのだ。限られた予算の中で、うまく買い物しないと、予算が足りなくなり、お腹を空かせた子供に食べ物を買えなくなってしまう。そんなことになったら大変だ。実際、物価高の影響や、ぼったくりで高い商品を買わされ、賃金支給日前に手持ち金がなくなり、家族みんな、数日、食べられない状態になることは普通にあった。


 だから、昔の買い物はまったく楽しめるものではなく、緊張感の走るものであった。だが、その買い物のあり方を一変させたのが、ギルフォード商会だ。それまでの店と違い、徹底的にお客さんに寄り添い、お客さん目線を心がけることにより、店はお客さんにとって心地良い場となった。


 また来たい。


 そう思わせるのがギルフォード商会の店だ。そして、お客さんにもっとも支持されているのが、商品の価格。ギルフォード商会では「リーズナブル」であることを心がけ、いい品を手頃な価格で販売している。もう昔のように、物価高や、ぼったくりを恐れ、警戒しながら買う必要はないし、家族みんな、毎日、普通に食べられるようになった。


 これは当たり前のようでいて、実は当たり前のことではなかったのだ。人は有難いことでも、それが長く続けば、当たり前になってしまうたちがあるが、生活に必要なモノが手に入れやすい価格で買えることは決して当たり前ではない。裏で動いてくれている人のお陰があって成り立っている。人様、皆様、お陰様。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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