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少し変な奴らの滞在_7


 初めはただの休暇だと思った。

 ヴァイオレットさんを慕っているようだし、噂に不安を持ち休みを潰してでも傍に居たいのだと。

 次に俺達を観察しているのだと思った。

 もしかしたらこの数日で俺達を観察し、ヴァイオレットさんを連れ出したり場合によってはシキに来て俺達に仕えようとしているのではないかと。

 結果的に両方当てはまっていた事は分かった。だがそれらとは別に、彼らにはバレンタイン家から言われている命令があるという事も知った。ヴァイオレットさんはまだ知らないが、彼らは今度の俺達が首都に行く予定……つまりはアゼリア学園祭への護衛と輸送の任を承っている。


「うっ、そうでした……お嬢様のためにも私は任をこなさなくては……」

「今この時期に下手をすればお嬢様が無理やり連れて行かれますし……」


 これがただの学園関係者に送られる只の招待ならばバレンタイン家や俺の実家には来るなという釘を刺されただろうが、王族名義の招待……勅命であればあちらとしても無視はできない。むしろ参加しなかった方が立場が悪くなる。

 噂でヴァイオレットさんの所在地を知ってしまったので、下手に行動されて反感を買うよりは目的を作らせて他の監視の者で行動を把握しやすくしようとしたのだろう。


「そうなると私の任は解かれて行動を制限され、お嬢様の香りを二度と味わえなくなりますから、今は我慢、我慢……」

「もう少しタイミングを見計らわなくては名誉に傷が……お嬢様の不安な音は聞きたくない……」


 ……まぁバレンタイン家としても彼らがこういった方向の性癖を持っていて、ヴァイオレットさんを連れ出そうとするほど慕っているとは思いもよらなかったかもしれない。


「クロ様。もう大丈夫ですのでお放し頂けますでしょうか」

「あ、はい」


 俺の言葉に落ち着きを取り戻した(?)彼らの襟元を離す。

 変に暴走しないようでよかった。とりあえずは彼らには上手く感情をコントロールしてもらわなくては。


「……ところでクロ様。クロ様は香水かなにかをお使いですか?」


 手を離して改めて向き直った後なにから話して良いモノかと悩んでいると、アンバーさんが疑問の表情で俺に訪ねて来た。


「いえ、特には。……もしかして変な臭いがしますか?」

「失礼しました。そのような訳ではありません。ただ今掴まれた時に不思議と良い香りがしたもので」

「そうですか?」


 俺が良い香り……あまり言われないな。

 だが生憎と香水を俺は使っていない。社交の場において軽く香る程度にはつけることもあるが、普段から使っていてはお金もかかるしあんまり好きではない。

 今は外での仕事が終わったばかりなので、むしろ嗅覚の鋭いアンバーさんは嫌がるものだと思うのだが……ん、なんだろう。有りえないと分かっているのに有りえない事が起きそうでイヤな予感がする。


「クロ様、一つ質問してよろしいでしょうか」

「はい、どうぞ?」


 すると今度はバーントさんがアンバーさんの疑問で自身も疑問が出たのか、なにかに気付いたかのように質問をしてくる。


「クロ様は普段私達やお嬢様にも敬語を使われますが……全員に対してそうという訳ではないのですか?」

「ええ、まあ。グレイとかシアンみたいな相手には敬語は使いませんね」

「つまり……先程の“おいコラ”というような感じの口調と声で話しているのですね?」

「お恥ずかしいですがそうなりますね」

「成程。……クロ様、良いお声ですよね」

「はぁ、ありがとうございます。突然どうされました?」


 ……本当になんだろうこの展開。

 物凄くイヤな予感する。今すぐ彼らから離れて勘違いだと言わなくてはならない類の危機なような……

 そんな俺の嫌な予感をよそに、バーントさんとアンバーさんは何故か目を合わせて無言で会話をし、お互いに頷くとこちらを向く。


「クロ様、一つ提案しても良いでしょうか」

「承諾するかは内容次第ですが、どうぞ」

「私達はお嬢様を慕っています。これは香りや音とは別に確かな事です。これだけは分かっていて欲しい事なんです」

「はい」


 あの様子を見た後だとハッキリとは頷けないが、それは分かっている。

 変態性(音や香り)もバレンタイン家に仕える意気込みの一つかもしれないが、ヴァイオレットさんを国母になれるように支えたのは、義務感や成行任せよりも慕っていた感情が強かったからこそ続け、ヴァイオレットさんも彼らを信じるようになったのだろう。


「ですが、香りや音も好きなのは確かなんです。クロ様に言われて自覚しましたが、これを抑えながらお嬢様と接し続けると恐らく私達はいずれ暴走します」

「具体的には私はお嬢様の体内の音を聴くためにお嬢様の身体に顔を埋め音を全身に感じようとし、妹はお嬢様の身体に抱き着き深呼吸をし続けるかと」

「……は、はい」


 うん、それは困る。バーントさんは完全にアウトだし、アンバーさんは同性とは言え色々マズイ。そしてそうなった暁にはヴァイオレットさんが他者との触れ合いに恐怖を覚えそうである。


「ですから私達は思いました。暴走しないようにするためには小さな補給を小まめにすればいい、と」

「小さな補給、ですか?」

「ええ、ところでクロ様。お嬢様の香りに気を取られて気付きませんでしたが――貴方様も良い香りですね。お嬢様やグレイくんと同じように」

「…………はい?」

「そして良いお声ですね。お嬢様やグレイくんと同じように」

「…………」


 成程、つまりこう言いたいという訳だ。


「……俺やグレイで欲求の対象を分散したい、と。そう言いたいのですね?」

「はい」

「その通りでございます」


 はいでもその通りでもないぞこの野郎。

 彼らはもしかして自覚したことにより、欲求がより顕著になってしまったのだろうか。……そうなると俺のせいになるのだろうか。


「下手に対象が増えると欲求が際限なく上がるだけでは? 麻薬(阿片)の様に」

「いえ、小さくとも補給が大切なのです」

「私達にとっての水のようなものですから。余剰は不要なのです」

「…………なるほどー」


 多分今選択肢が出るとしたら、【戦う】【逃げる】【説得する】といった所か。

 あの乙女ゲーム(カサス)主人公(ヒロイン)であるクリームヒルトさんだったら【頭大丈夫ですか】【よし、来い!】【私に戦いで勝てたら望みを叶えよう】といった感じかもしれないな。

 多分その場合の正解は三つ目だろう。よし、ならばそれに倣おうではないか。


「私……俺に戦闘で勝てたらその提案を受けましょう。俺が勝ったらシキの住民達の手によって我慢できる方法を一緒に模索してもらい、解決したと判断するまでグレイやヴァイオレットさんには近付けさせません。ちなみに戦闘を受けない場合も同様です」

「……私達が勝ったら?」

「お好きなシチュエーションの俺の声と香りを俺自身が提供します。他にはこの滞在期間にヴァイオレットさんやグレイと同じ部屋で仕事をできるよう取り計らったり、護衛の際には常に隣に控えさせましょう。俺以外に手に触れるのは出来る限り辞めて頂きますが」

「やりましょう」

「私達はお嬢様を守る為訓練を受けています……手加減は致しませんよ?」


 よし正解か。さすがはクリームヒルトさん(脳内)、彼女の選択肢を想像したら割と行けそうだ。……なんか気のせいな気もするが、気のせいだ。

 するとここで部屋の扉がノックされたので、俺が入って良いと返事をするとヴァイオレットさんが入って来た


「クロ殿、すまない。バーントやアンバーを……む、ここに居たのか。バーント、アンバー。そろそろ夕食の準備時なのだが、誰も用意していないように見える。準備の方は私達がすれば良いのだろうか」

「申し訳ございません、お嬢様。今私達には負けられない戦いが出来たのです。ご夕食の準備はその後に」

「アンバー?」

「お嬢様。私は……私は負けません! 己が尊厳を守る為にも負けられないのです!」

「バーント? どういうことだクロ殿。どうもおかしいような……」

「ヴァイオレットさん……俺は負けません、家族の為にもこの戦い、勝ってみせます!」

「クロ殿!?」


その頃のクリームヒルト

「なんだろう、何処かで私が妙な扱いを受けたような……でも役たったぽいしいっか!」

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