アッシュの受難_1(:茶青)
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最近頭痛の種が増えて来た。
ヴァーミリオンは王族であるにも関わらず自由奔放になりつつある。
この国での王は指名制のためヴァーミリオンも第三王子とはいえ王となる可能性があるため、もう少し将来の国王候補として弁えた行動をしてほしい。
私にとっては幼少期に偶に見た素の表情が表に出た感じなので複雑ではあるが、これも彼女の影響かと考えれば、親しみ易くなったという声もあるので良い成長と言えば成長かもしれない。
『――ー! ――リーは居ないのか!』
『どうされました殿下。はしたないですよ』
『アッシュか。すまない、気持ちが昂ってつい口調を荒げてしまった』
『構いませんがどうされたのです? 殿下がそのように気持ちを昂らせるなど――殿下、その汚れと持っている物はもしかして……』
『ああ、ちょっと変装して冒険者の団体に潜り込んで巨木魔物を倒して解剖して手に入れたコアだ! アイツが喜ぶと思ってな!』
『今すぐ風呂で汚れを洗い流しなさいなにをやっているのですか貴方は!!?』
……偶に妙な方向に暴走することはあるが、彼女を想っての行動なので良い。……良いのだろうか?
まだヴァーミリオンに関しては良い。自制するよう軽く諫めるだけで事足りる。
シャルはより行動が単純になってきた。
幼少期は私とヴァーミリオンを連れ回して騎士団長の父に叱られるほどヤンチャであった。しかし学園に入る前は鍛錬に明け暮れ、不愛想という事でどうにか取り繕っていたシャルだが、彼女に会ってから昔に戻った気がする……と言うよりは、融通が利かなくなった気がする。
男としての責任を取ると言い(内容は言わない)シキに戻ろうとする。彼女を守るため強くなろうと強いモンスターや強者に単独で挑もうとする。その際に詐欺に会いそうになるも気付かない。
『なにっ、それは真か!?』
『ええ、ええ。勿論でございますよカルヴィン様。ここから南へ3つ進んだ街になんと伝説の截拳道の使い手が! それも明日まで挑戦者を受け付けているというのです!』
『なんだと!? くっ、だがあの町は空間歪曲石がない、これでは間に合わないではないか……!』
『ええ、ええ! そこでこの馬はどうでしょう? 本来は手放したくない良い馬ですが、カルヴィン様には特別価格でお譲りいたしましょう! さすれば間に合うかもしれません』
『おお、それはありがたい。感謝するぞ商人! 謝礼に割増しで購入を――』
『待ちなさい!!』
シャルは本当に大丈夫なのだろうか。
将来は騎士団長になり彼女が誇れる存在になりたいと言っているが、あの状態のまま騎士団長になった暁には騎士団が壊滅状態になりそうである。……いや、ある意味不正のない騎士団になる可能性もあるが。
そしてシキに調査に行った者達がどうも己の欲望に忠実になっている気がする。
『オースティン、気付いたのだ。将来私は教師になりたいのだと』
『ほう、良い傾向ですね。ですが何故急に?』
『シキでブライと話し合って、少年の成長を見守りたいと私はより強く思った。つまり! 無垢な純情を堪能し守る為には自ら教師になるしかないのだと!』
『分かりました。私は少年の健全な成長を守る為に全力で阻止すればよろしいんですね』
とある子爵家の令嬢は小さな子供を見る目が変わった気がする。
以前から子供が好きみたいなことを言っていたが、シキに来てから以前から私が思っていた好きの意味が違うと分かるようになった。子供、特に男の子の将来を守る為に私はこの令嬢の暴走を止めなくては。
『おや、お祈りですか? 今までは見ませんでしたが、最近こちらへ?』
『オースティン様。ええ、最近来るようになったんです。ここに来れば修道女の服――コホン、祈っていれば清廉な彼女――でなく、内側に潜む神秘が――違う……! 違うんだ……僕は煩悩を捨てるために来たのであって、そのような目的では……!?』
『頭を抱えてどうされました!?』
とある男爵家の令息はシスターに対して謎の苦しみを持つようになった。
シスターを見ては「服上からラインが見えない……スリット……下から……」となにかから逃れるように祈っている。礼拝を欠かさない私にとっては彼の存在がどうしても気になってしまう。……主に衝動犯罪を起こさないかが気になってしまう。
彼らだけではなく他にも妙な影響を受けている者がいる。
『くくく、ここでこの薬を混ぜて……くくく……』
『貴方ですか! 怪しげな実験を行っているという生徒は!』
『へ? 黒魔術でキノコ栽培しているだけですよ?』
とある生徒は黒魔術(健全)でキノコ栽培をし。
『……虐めですか?』
『いえ、良い野菜を作るには土の気持ちになるのが良いと教わりまして』
『それで顔を出した状態で土に埋まってみようと?』
『はい。あ、ご安心を。万全の状態でやっているので危険性は無いです』
『……そうですか』
とある菜園を嗜む生徒は植物を育てる区域で土に埋まり。
『ククク、昏き闇の魔よ、存分に暴れさせてくれようぞ。我が千式華流を以って――ハッ、アッシュ様!?』
『……私はなにも見てません。それでいいですね?』
『無償の善意なんて信じられません! お願いです、なにかやらせてください! 靴でも舐めましょうか!』
『良いですから! 何故そんな急に卑屈になれるのですか!』
とあるクラスメイトは早朝の教室で腕に包帯を巻き妙な事を言い出し始めた。
……本当に、頭が痛い。クラスを纏める者の一人として初めて投げ出したくなって来た。
いや、これもハートフィールド男爵と比べればマシなのだろうか。
まだ学園の者は自制が効いていたり抗おうとしていたりするだけ落ち着いてはいる。注意をしても己を貫くようなリミッターを外れた方々が居るシキをハートフィールド男爵はまとめている(?)のだ。そう考えるとまだ良い方なのだろう。数もまだ少ない事であるし。
今度纏め方を教えて貰おうか、あるいは鎮静方法を教えて貰おうか。ストレスの貯めない方法も教えて貰うのも良いかもしれない。
……ハートフィールド男爵といえば、奇妙なことを言っていたという事を思い出す。
確か私……シャルやヴァーミリオンなどがネフライトと仲が良いのではないかという話であったか。この場合の仲が良いとは学友などではなく、異性同士として親しいという意味だろう。
確かにネフライトは魅力的な女性だ。
学力は入学当初は平均程度であったが、最近は上位陣にも教科によっては名前が出るようになるほどには努力をしており、魔法に関しては特殊な錬金魔法を除いても努力して使おうとしている姿が見られる。運動能力も高く、小柄の何処に力を貯めているのかと思う程には行動的だ。
だがもし彼女のことを一言で私が表すとするならば……
「異質……でしょうか」
ふと、そんな言葉が口から洩れてしまう。
周囲を確認し、誰も居ないことを確認すると改めてつい出てしまった言葉の意味を考える。
クリームヒルト・ネフライト。
150に満たない小柄な身長に、彼女と同じ錬金魔法を使う細身の人族の女性。
錬金魔法の腕前は彼女と似て非なる感覚型の天才で、様々なモノを創ることが出来る。
交友関係も豊富で懐っこい笑顔は見ている者を癒す――のだが。ネフライトは根本的に何処かズレている。
些事に喜びもする。他者の為に怒ることが出来る。抑圧されながらも悲しみを表現出来る。物事を楽しもうと捉えることが出来る。
傍から見てもそれらを感じる程度にはネフライトは感情豊かだ。
豊か、なのだが。違和感があるのだ。何故かは分からないが、なにかが足りないような違和感。在るべきモノの所に居らず、欠けているような感覚。
『ふぅ、これでよし、と』
私は見たことがある。
錬金魔法で使う素材としてモンスターの部位が必要な時に、買うのではなく調達しに討伐を行い躊躇いなくモンスターを解体する姿を。
錬金魔法とはあらゆる素材を原材料とし、別の物に組み替える魔法だ。故に慣れているのかもしれないが、そういう問題ではなかった。あの目は、まるで初めから気にもしていないような――
「――あれ、アッシュ君。どうされたのですか?」
私の思考が深い所まで潜ろうとした時に、ふと背後から声をかけられた。
その声に周囲が見えなくなっていたことに気付き、思考を一旦打ち切って声がした方へと向き直る。
この声は私が慕っている女性の声だ。
美しい金色の長い髪。全てを飲み込むかのような赤い瞳。
微笑む姿は私が見て来たどの絵画よりも女神像よりも美しく。
学問も属性魔法も錬金魔法も全てを熟し、努力を怠らない清廉な全てが揃っている女性。
そしてなによりも誰にも話したことの無い私の心の内を見通し、救ってくれた愛しき方。
「――――」
彼女の名前は――
土の気持ちになるのが良いと教えた者
シキのとある野菜を作る壮年期後半の男性。
教えた内容はつまり「俺自身が野菜を育む土になる事だ」である。
ちなみに彼の作る野菜は最高ランクの称号を貰っている。




