ちょっとした出会いと情報収集_1
縫い作業がキリの良い所まで来た所で、丁度次に必要な色の糸が切れていることに気付いたのでしばらく休憩をすることにした。俺としたことが糸を切らしてしまうとは、久方ぶりの大物作業であったため浮かれていたようだ。
次にシキに業者が来るのは3日後の筈であったから、少々間が開いてしまうが仕様がない。ここ数日はヴァイオレットさんに仕事を少し代わってもらっていたし、グレイも気を使って外で作業をしたり遊んだりしている。別に俺としては居てくれても問題は無いのだが、気を使って貰っている分少し元通りの生活に戻るとしよう。
「……夜か」
部屋の窓から外を見ると、月が綺麗に輝いている深夜であることを思い出した。夕食後に少し会話をしながら作業をして、その後に部屋で作業をやっていたから作業内容を考えると日付を跨いだくらいだろうか。
寝る前に一度外の空気を吸おうと思い、適当なコートを着て外に出ることにした。
二人を起こさないようにゆっくりと廊下を歩き、玄関の扉を開閉する。外に出ると冬という事で少々寒いが触りの良い風が肌にあたる。
周囲に誰もおらず、静寂が心地良い――
「ふぅ美……このような月の光に照らされるのも、偶には悪くないな」
なにをやっているんだあの変態は。
屋敷の少し外れに居たのは、木々の間から差す一筋の光に照らされている場所にポーズを決めて佇んでいるシュバルツさん。
着衣が少々乱れ、恍惚とした表情で己が美しさを表現する様は正に異様ではあるのだが、シュバルツさん自身が美しいので絵になっているのが微妙に腹立つ。
見ていたい欲望と注意をして変態を諫めなければならない責任感が沸き上がるが、半裸の女性と深夜に密会など変な噂が立てられる要素しかない。相手が相手なのでヴァイオレットさんは理解するだろうが、シュバルツさんのやったことを知らない住民は絶対に変な噂が立つ。
シュバルツさんは妙な所で弁えているし、帰りにでもまだやっていたり住民が多い所で服を全て脱ぎ捨てたりしない限りは放置しておこう。……いや、屋敷の近くでやられるのも十分困るのだが。
無視してゆっくりとシキを歩いている間に、今ああして奇怪な行動をするシュバルツさんであるが、場合によっては王都で殿下殺害未遂で捕まることがあったのかもしれないということを思い出す。
依頼者にとって都合の良い第4王子を王とさせようと目論む過激派の連中の暴走による依頼。結果として捕まった方がシュバルツさん自身が幸せと呼べる結末なので、ああして己が美しさを誇示している状態の方が幸せなのだろうか。
「――疾!」
ああして夜に鍛錬を行うシャトルーズも、場合によっては騎士団長の父と大魔導士の母が殺され騎士団長となる可能性があったはずだ。
封印されたモンスターの顕現により立ち向かった親が殉職し、主人公の励ましにより奮い立ち討伐後騎士団長となる彼のルートと、トゥルーにおいてメイン攻略対象であるヴァーミリオン殿下が王となり直々に指名される場合に騎士団長となる。他のルートでも明言がされていないだけで、なっている可能性があるが。
「ふむ、やはり元の服装だと動きやすいな。――はっ!? もしや長スカートで鍛錬すれば動きにくい状況に慣れることが出来るのでは……!?」
……あの様子を見ていると、この男が騎士団長になったらこの国は大丈夫かと不安になる。亡国にならないことを祈ろう。
後、俺が前情報で会う前から知っていた相手で実際に会ったことがある相手と言えば、クリームヒルトさんとアッシュとリバーズか。ヴァイオレットさんとヴァーミリオン殿下は除くが。
全員が全員、俺の知っている情報と同じ部分はあったが、決定的に違う箇所もあった。
シュバルツさんはヴァイオレットさんを殺す依頼を受け。
クリームヒルトさんはヴァイオレットさんと敵対しておらず。
シャトルーズとアッシュはクリームヒルトさんと親しくしておらず。
リバーズは奇妙な言霊魔法の使い方をしていた。
決定的なズレと言うべきなのか、俺の記憶違いなのかは分からないが、なにかがおかしいと思えるこの感覚。その原因が俺なのか、はたまたシャトルーズ達と仲良くしている女性が原因なのか。
このままだと他の攻略対象やルートによる主人公達に立ちはだかる敵も変わっている可能性があるということになるが――
「……冷えて来たな」
答えの出ない自問自答を繰り返していると、少々強い風が吹いて身体の体温を奪っていき思考が一時的に途切れる。
身体も少し冷えてきて、ゆっくり歩いたせいか程良い疲労も溜まって来た。今から屋敷に戻れば丁度いい疲労が寝る時に体を覆い、夢の中へと誘われるだろう。
背筋を伸ばして軽く息を吐き、帰ろうかと踵を返した所で。
「オロロロロロロロ」
……なんか、居た。
初めはシアンかカーキー辺りが酒の飲み過ぎで吐いているのかと思ったが、どうも違うようだ。
まずは背丈が小柄。シアンやカーキーにしては小さすぎる。
そして髪。少し赤くて金色に近い色の長く綺麗な髪。髪の短い二人とはまるで違う。
その女性は最近知り合ったが、よく知っている相手だ。何故彼女がシキに居るかは分からない。彼女と深夜の逢瀬となると有らぬ誤解を受けそうだが、このまま無視するのも個人的には嫌なので話しかけることにした。……吐いている所を見られたと傷がつかないことを祈りつつ。
「……なにやっているんですか、クリームヒルトさん」
「ロロ――えっ……あれ、クロさん!?」
道の隅で入れ物に吐いているクリームヒルトさんに話しかけたのであった。




