幕間的なモノ:アッシュの疑問と心境の変化
アッシュの疑問と心境の変化
疑問が残る。
それがリバーズの護送及び学園への帰路に就く途中での今回の事件における私の所感だ。
ローシェンナ・リバーズは金で爵位を買った成り上がりの貴族にしては他者に対する物腰が柔らかく、優秀であり私達と接する時も怪しさは見受けられなかった。
魔法に関しても全体を見ればBからAの間程度だ。学問に関しては優れてもいたが、性格はとてもではないがオークを……あのように改造する者とは思えなかった。
技術もあるが、なにより性格から今回の行動に疑問がある。
言霊魔法とやらを隠していたのは驚きだが、あのモンスターに止めを刺せない、魚ですら絞めるのは出来ない程に命を奪うことに関して臆病なヤツだ。あれが演技とは思えない。
それがモンスターの命を奪って改造までする……どういった心境の変化だろうか。
――しかし、あの本性を見破れなかった私が言うのも可笑しな話ですね。
だがあの本性……ハートフィールド男爵が何故か知っていた殿下を愛し、狂気を孕んでいたのを見破れなかった私が言うのもお門違いというものだ。この経験を活かし、もっと他者の本質を見ようと思う。
「……当事者がこれでは」
馬車の荷台に拘束しているリバーズは今回の騒動を一切喋ろうとしない。
私が話そうとしても、あの女の味方に話すことなどない。の一点張りだ。
あの女とはヴァイオレットのことだろうが、いつから私は味方扱いになったのだろうか。
リバーズの邪魔をしたからといってヴァイオレットの味方になった訳ではないのだが。
「味方、だとのことだ。どう思うシャル」
私は隣に居るシャルに対し、周囲に聞こえる事が無いのを確認してから砕けた言葉で話しかける。
するとシャルは先程からの神妙な表情をやめ、私の質問に対し少し考えてから答えを返した。
「……そうだな、今のバレンタイン……いや、ヴァイオレット相手ではわざわざ敵対することも無いからな。味方と言われても構わない」
「珍しいな。お前がそう言うとは」
私も他者の事を言えないが、記憶ではシャルは攻撃的な感情をヴァイオレットに向けていたはずだ。
それが敵対する必要はないとは、どういった心情の変化なのだろうか。
「アッシュも見ただろう、ヴァイオレットのあの姿を」
「……ああ、私達の知る彼女であればまずしないことをされてはな」
高慢で周囲が見えておらず、あの子に攻撃的で威圧的な彼女であったが、今回私達が思い浮かべるのは同じ姿だろう。
『過去を水に流せとは言わない。頼む、今だけ私達に力を貸してくれ』
私達が誘拐騒ぎが起きた時に見たのは事情を話した後に協力が必要だからと言い、私達が返答をするよりも早く私達に頭を下げ頼み込んできたヴァイオレット元公爵令嬢。
事情が事情であるので、元より私達は頭を下げられずとも協力するつもりではあった。
だが、禍根を残す生徒にも私達が説明すれば協力をするだろう。そんな損得勘定ではなく、純粋に攫われた執事に対する心配だけで私達に迷わず頭まで下げて来たのだ。
――私達、ですか。
あのヴァイオレット・バレンタインとは同一人物には見えない変わり様であった。
己のプライドを最高位に置き、毅然として自身の認められないことは否定をしてきたあの頃のヴァイオレットとはとてもではないが思えない。
だが、変わった所で過去にしたことが許されるわけではない。私……殿下やシャルもそうだろうが、彼女にしてきたことを私はまだ許していない。
私は彼女の事が異性として好きであり、殿下達も同じだろう。それを醜く嫉妬したヴァイオレットの行為はこんな短期間で許されるべきではない。リバーズのような直接的な私刑をするつもりはないが、充分な贖罪の期間を――
『大丈夫か、クロ殿!? 火傷は、傷は!? 応急手当てをして、今すぐアイボリーを――』
だが、あの時の表情は私が知っているヴァイオレットとは思えない表情であった。
利用や取繕いではない、大切な相手を心配する好意が見て取れた表情。
恐怖や形振りではない、好きな相手を思いやる情愛を感じ取れる表情。
――あんな表情をされてしまっては、怒りの矛先を何処に向ければいいか分からなくなる。
リバーズのような他者にとってはそれすらも憤怒の対象になるかもしれないが、私は恨むことがおかしくなってしまった。
何故ならば、私だって同じ感情を■■■■に向けている。
許す、許さないとは別に……幼少期から知っていたが、会う時の殆どが仏頂面であったヴァイオレットも同じ感情を持っていたのだと、当たり前の事に気付いてしまった。
そして■■■■に言われたのだが、
『周囲が見えなくなっているので気をつけて下さい。私への好意は嬉しいですが、好意を言い訳に全てが許されるわけではないのですよ?』
と言われる位には私も周囲が見えていないこともあった。今では反省をし、自制した行動を心掛けている。偶に利かなくなるが。
そして、あの時のヴァイオレットは殿下が好きで周囲が見えておらず。
今のヴァイオレットはハートフィールド男爵が好きで周囲を見るようになった。
私と同じで“好き”という感情を持って彼女も今回は正しく成長をした。
……ならば、私が彼女を責める権利は無い。同じ人族として彼女の幸福を願うだけだ。嫌味は言うが。
シャルは分からないが、ヴァイオレットが頭を下げた時複雑ながらも素直に協力した辺り、シャルも思う所もあるのだろう。
あと、一連の事件とは別だが、最近気になっていることがある。
「ところで、先程からお前はどうしたんだ。あのシスターと模擬戦をしてから変だぞ?」
幼馴染でもあり親友のシャルがおかしい。
模擬戦の後から何処か上の空ではあるし、新しい武器を手にした時も変であった。
学園に入って……大体一ヵ月が過ぎた辺りからだっただろうか。私と同じで■■■■とも親しくなり始めた辺りからではあるが、最近はより顕著な気がする。
「……なんでもない。なんでもないんだ。俺はなにも見ていない。見ていない……いや、それでは騎士として駄目だ。男爵は気にしなくていいと言っていたが、女性の大事な所を……」
「シャル?」
「いや、直接は見えていない。見えていないんだ。だが直接じゃないからと言って良いのか? 騎士として、男として責任を……だがアイツが居るのに身を捧げる訳にもいかない…………よし、ならば決めたぞ」
「どうした、シャル」
「アッシュ。すまないが俺の休学届を出してくれ。場合によってはしばらく帰ってこないかもしれないからな」
「なにを言い出すんだ」
「男としてやらなければならないことがあるんだ。アイツに会えないことは悲しいが、今のまま帰ってもアイツに顔向けできん。ではなアッシュ! 俺は男としての責任を果たしにシキに戻る!」
「は!? 待て、シャル! 皆さん、2名は待機でシャルを捕まえますよ! 場合によっては多少怪我をさせても構いません!」
『え、りょ、了解です!?』
コイツ、こんなに馬鹿であっただろうか。
シキ向かって走り出したシャルの背中を見ながらそう思うのであった。
結果として、シャルはネフライトの錬金魔法で作られたよく分からないアイテムで捕縛された。抵抗されたので気絶させることになった。
……もしかしてあの地の変質者は感染するのだろうか。




