彼女は唯一の(:菫)
View.ヴァイオレット
「――クリームヒルト!?」
駆け付けて来たのは誰にでも明るく接し、私に無いモノを多く持っている、赤みのかかった金の長い髪に特徴的な透明に近い瞳を持つ平民の同級生。
何度か馴れ馴れしくするなと距離を取ろうとしたにも関わらず、アゼリア学園で殿下の件があったにも関わらず、離れていく同級生の中でも親しく接しようとしてくれ、話をしてくれたクリームヒルト。
ああ、そうか。この子もシキの調査に来ていたのか。
あの時は厳しく当たっていたが、この子は相変わらず笑顔が眩しく私に無いものを持っている。今は羨ましいが、妬ましくは無い。
「久しぶりだな、クリームヒルト。息災であったか?」
「あはは、うん、元気だよ」
私はシキに来てからよく浮かべるようになった笑顔でクリームヒルトを迎える。恐らく私の笑顔はぎこちないモノになっているだろうが、いつかはクロ殿や彼女のような自然と浮かべられる笑顔で人と接したいものである。……彼女の笑顔も偶にぎこちない時はあるが。
「ヴァイオレットちゃんも元気で良かった! 私が実家に帰っている内にいつの間にか学園から居なくなっちゃったから心配だったよ。それに誘拐もあって、誘拐犯の所に乗り込んだってアッシュ君に聞いて……」
「うぐっ……学園に関してはすまない。あの時の私には余裕が無くてな。……そんなに心配だったのか?」
「勿論、友達が居なくなったら寂しいし慌てるよ!」
「……そうか、ありがとう」
この子は本当に眩しくて、良い子だ。
他者の為に頑張ることが出来て、私なんかにも友と言ってくれる。あの女と決闘をした時も、もしも実家に帰っていなければ立場など関係なしに私側に立ち、味方してくれただろうと思える子だ。……味方を立候補されてもあの時の私であれば跳ねのけていたかもしれないが。
「それに私言ったでしょ、ローシェンナ君はなんか危ないって。ヴァーミリオン殿下を見る目が怪しいって!」
クリームヒルトはリバーズをチラリと見ながら言ってくる。
そういえば手紙の主がリバーズであることを突き止めたのはクリームヒルトが怪しいと言っていたからであったか。「見る目が性的なモノを感じるよ!」などと言っていたので、当時の私は信じすらしなかったのだが。
「僕がヴァーミリオン様を見る目が怪しいだと!? 馬鹿を言うな、純粋な羨望の目でしか見ていないじゃないか!」
「自分で純粋って言うのが既に純粋じゃないと思うよ」
全くもってその通りである。
純粋で羨望しか向けない奴がオークを殿下の顔に改造するものか。いや、純粋だからこそ改造してしまったのか……? いや、落ち着け私。そんな筈はない。
「ふん、お前には分からぬのだろう、この尊敬する気持ちが!」
「じゃあ私が自分の事を純粋で綺麗な乙女だよ! ってウインクしながら言ったらどう思う? 純粋って思う?」
「……事実だとしても自覚している時点で純粋とは思えないな」
「そういうことだよ」
クリームヒルトが言うとリバーズは項垂れた。偶に彼女はこういう所があるな。強いというか、したたかと言うか……
「……待ってください」
すると私達が話しかけている最中に、声をかけられた。
私達が疑問に思いつつ声のかけられた方を見ると、クロ殿が額に手をやり物事を必死に理解しようとしているかのような仕草を取っていた。
「……すいません、質問良いでしょうか? 彼女はその……ヴァイオレットさんが学園で決闘を申し込んだ相手……ではないんでしょうか?」
「決闘ですか? ええっと、訓練での戦闘とかじゃなくて、ですか?」
「はい。殿下とかを含めた決闘です」
「違いますよ? 私がヴァイオレットちゃんと決闘する理由なんて有りませんし」
何故クロ殿はそんなにも理解不能な表情をとっているのだろうか?
それに彼女に決闘を申し込むなどは有り得ない。別にあの女のように殿下達を誑かしたわけでも――ああ、もしかしてこういうことだろうか?
「もしかして決闘の相手がクリームヒルトと同様に錬金魔法を使うから勘違いしていたのか?」
「あ、そっか。あの子も私と同じ錬金魔法使うからね」
私が決闘した相手も彼女と同じ錬金魔法を使用していた。その“錬金魔法を使用する女性を相手した”事だけをクロ殿は知っており、錬金魔法は希少な存在のため、錬金魔法を扱うクリームヒルトを決闘の相手と勘違いしていたのかもしれない。
もしや私に会いたがっているという女生徒はクリームヒルトの事だったのだろうか。だから決闘に関した女性と言っていたのかもしれない。
「……そうですね。よく考えれば彼女を詳しく知らず、判断していたかもしれません」
「だから私がヴァイオレットちゃんに会わせることを渋っていたんですね。そういえば、きちんと自己紹介していなかったかもしれませんね!」
やはり会いたがっているというのは彼女の事だったらしい。それでクロ殿は気を回して会わせないように気を使っていたようだ。
ということは私の決闘の相手はシキには来ていないということか。……いずれまた会うことにはなるだろうが。
「私の名前はクリームヒルト・ネフライトといいます! 王国外れにある田舎出身で錬金魔法が得意ですがまだまだ修行中! 身長は148cmなのでもう少し欲しいと思う今日この頃! 彼氏は一応募集中! 正直身長もあって夫も居るヴァイオレットちゃんが羨ましいと思ったりしています! よろしくお願いします!」
「……はい、よろしくお願いします」
ビシッ! と、似合わない敬礼をしつつ、クリームヒルトは聞いてはいないがそれだけで彼女の人となりが分かる自己紹介をする。
身長が欲しいと言ってはいるが、そこまで気にしていないと思う。確か自然と上目遣いにできるから、武器として使えば良い、とか言っていた気がする。
「クリームヒルト、そういう彼氏が欲しいアピールは淑女としてやめた方が良いぞ」
「ダメだよヴァイオレットちゃん! 恋は戦争、自分から行かないと優良な相手なんてすぐ高スペックな子に取られちゃうんだから!」
「お前は割と言い寄られることが多いと思うが」
クリームヒルトは可愛いらしく、貴族も含めた男性の友も多いので言い寄られることが多いと思う。当時の私はふしだらと思っていたが、あれはクリームヒルトらしい魅力であると今は思えるので彼女が言う所の優良な相手は見つかると思うのだが。
「そう言われても、私は“お前は友としては良いけど女としては見れない”って言われるから……」
「誰だそんなこと言ったのは。お前は女性的な魅力に溢れているというのに」
「だって錬金魔法で爆弾作ってモンスターを屠る姿は怖いって……」
「あー……」
「やっぱりヴァイオレットちゃんも思っているんじゃない!」
確かに彼女は身体能力が人族女性平均よりも少し上程度ではあるが、戦闘能力に関しては錬金魔法で作った武器を使用可能ならばハッキリ言ってかなり強い。
彼女の可愛らしい「あはは」と笑う姿も戦闘中にもし笑えば、笑いながら屠る姿に見えるとも言えるからな……
「だからカーキーさんに告白された時は嬉しくはあったよ!」
「あの男だけは止めておけ。もしもまた言い寄られたら爆弾で爆発させるといい。多分耐えるが」
「恨みでもあるの? というか耐えるの?」
恨みは無いがあの男だけは駄目なことは分かる。そして多分爆弾をぶつけても耐えるだろうという謎の耐久力に対する信頼(?)はある。
「と、いけない。私も操られているモンスターをどうにかしなきゃ。ヴァイオレットちゃんの無事も確認できたし、私は行くね! また後でお話しようね!」
「ああ、またな」
クリームヒルトは変わらない屈託のない笑顔で手を振りながら去っていった。
……彼女みたいに振舞えばクロ殿も嬉しいだろうか。今度やってみた方が良いかもしれない。
「どういうことだ……俺の勘違い……?」
ただ、クロ殿が複雑な表情をしていることだけが気がかりであった。
まさか……
「浮気か、クロ殿?」
「へ? …………いや、違いますよ!?」
クリームヒルト・ネフライト
黄白金色の髪、透明に近い透閃色の瞳。
クロの勘違いなどではなく、乙女ゲーム“火輪が差す頃に、朱に染まる”の主人公。
ただ、悪役令嬢キャラとは仲が良い模様。
ゲームにおいてのデフォルトネームは無し。
6話のヴァイオレットが言った「友が1名は居た」というのは彼女のこと。
この世界では希少な錬金魔法を使用。




