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私の中ではそうなのです(:灰)


View.グレイ



 なんとか耐えきった。

 危うい所であったが、私の慕っている気持ちは恋などではなく尊敬と家族としての愛情であると自己結論をつけることで耐えきった。本当に危うかった。


「ほう、僕の声に抗うとはね。大した少年だ」


 感心したかのように攫った方……ローシェンナという名の方は私を見る。

 しかし私を妙な道に引き込むことはあくまでも遊びで、然程興味も無かったのか声に抗ったことに関心だけをして、私から視線を逸らし洞窟の入り口の方へと身体を向ける。

 洞窟入口から差し込む光から日が暮れて来たことを確認しているようだ。


「手紙を読んだ形跡有り。さて、あの女はどう行動するだろうか」


 誰に言うのでもなく、小さくローシェンナは呟いた。

 忌々しそうに呟くあの女という言葉。同性を愛しているが故に異性を毛嫌っているのではなく、純粋にその対象が憎いかのような言葉。

 あの女とは恐らく私を攫った原因となった者のことなのだろう。私を攫うことによってなんらかのアクションを取る。つまりはあの女にとって私は親しいと判断されているということか。

 可能性として考えられるのはヴァイオレット様、アプリコット様辺りだろうか。

 他にも親しき異性の方々はおられるが、アゼリア学園の制服を身に着けていることと、先程の秘書の発言を考えると、可能性として一番高いのは……


「私めを攫ったのは、ヴァイオレット様を貶めるためなのですね」


 やはりあの女というのはヴァイオレット様が可能性としては一番高い。

 私にとっては尊敬できる良き母であるが、シキに来たアゼリア学園の生徒の様子を見る限りではヴァイオレット様は嫌悪の対象として見られていることが私でも分かる。

 その嫌悪を抱いている内の独りという訳だろうか。


「ああ、そうさ。あの女は許されるべきではなく、幸せになる権利もない。だからあの女から少年を奪うんだ」


 事実としてローシェンナはあっさりと認めた。

 ……幸せになる権利とやらが、ヴァイオレット様にないというのか。理解に乏しい私であるが、それだけは無いと大きな声で否定したい。


「少年とてあの女に仕えるのは苦痛の筈だ。あんな奸婦は――」

「私めの母を愚弄しないでください」


 本当は黙って聞いていた方が良いかもしれないが、ローシェンナの言葉はこれ以上聞きたい言葉ではなかった。

 気が付くと私は言葉を遮るためにこちらから言葉を投げかけていた。


「……母?」

「ええ、ヴァイオレット様は私めの大切な母です」

「あの女が、少年の母……だと?」


 するとローシェンナは私の言葉が予想外だったのか、理解できないかのようにこちらを見る。

 ……もしかすると、私はただの秘書と思われていて義子だとは知らなかったというのか。そうするとローシェンナは本当に突発的に攫ったということになる。そんな思い付きかのように幸福を乱しているということが腹立たしい。


「少年は10を超えた程度の年齢だろう? それなのにあの女の子供だと?」

「ええ。血の繋がりはなくとも、クロ様もヴァイオレット様も私の大切な親です」


 私の言葉に対し、意味を理解しようとローシェンナは額に手をやり、考える仕草を取る。やがて一つの答えを思いつくと、納得と憐憫の表情をこちらに向けた。


「成程、少年は領主の養子であり執事なのか。ならば猶更可哀そうに。あのような奸婦が母など気が休まらないだろう?」

「いいえ、不器用ではありますが、毅然とした素晴らしいお方です」


 二人共偶によく分からない行動に出ることはあるが、私にとっては大切にしてくれている大切な親だ。


「少年、何故反論する?」


 すると私の言葉をどう思ったのか、静かな声で私に質問をしてきた。


「僕には理解できない。今この状況であの女を庇えば酷い目に遭うのは目に見えているだろう? にも関わらず、あの女のために少年が痛めつけられる可能性をあげてまで反論する理由が分からない」


 私のような子供がする行動に心底理解できないかのようにローシェンナは私に顔を近づけて質問してくる。その表情はまるでヴァイオレット様に味方する理由が微塵も理解できないかのようであった。

 そして私が反論した理由? そんなもの単純な理由だ。


(わたし)は、痛めつけられる以上に母を貶され黙っている方が嫌だった。それだけです」


 尊敬している母を否定されるのは、身体に傷付けられるよりも余程我慢できるものではなかった。それだけだ。


「あの女はそんな価値のある人間ではない!」


 すると私の言葉に声を荒げ、ローシェンナはさらに私に近付いてくる。狂気を孕んだその声は洞窟内に嫌と言う程に響き、不快な感情を呼び起こす。


「あの女はヴァーミリオン様を苦しめるだけの存在だ! 存在そのものが悪と為す者だ!」


 僅かな理性が簡易牢を壊さないように働きかけているのか、牢越しから腕を伸ばし私の両頬をその手で掴む。

 その表情は先程までとは違う狂気に支配されており、私の言葉は許すべきことではないと物語っている。


「あの女は苦しめた言葉で制し否定し幼少の婚約という枷を成し周囲を威圧し嫉妬に狂い学園を巻きこみ決闘をして敗れた挙句にこの地で受け入れられるなどあってはならない生存と名前自体が耳に入ることですらヴァーミリオン様を苦しめるというのに巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな!」


 早口で捲し立てるローシェンナは誰に言うのでもなく、自身の思っていることをただ声を荒げているだけであった。

 何故だろう、この男がそれを言う資格はないということだけは、学の無い私でも理解が出来る。


「それが貴方にとって事実だとしても、私にとっては良き母です」


 だからこそ私は言う。売り言葉に買い言葉だろうが、私は言わなくてはならない。

 過去に学園の生徒に嫌われるようなことをしていたとしても、ヴァイオレット様と共に過ごす日々が楽しいことは事実だ。

 この男が思っていることがこの男の中では事実であろうとも、私の中では楽しいということ(それ)が事実だ。


「――そうか、少年は毒されているようだ」


 今までのような勢いは無くても、その声は恐ろしいほどに私の耳に浸透し、犯していく。

 まるでそれは声そのものに魔力が込められ、私の中に潜む魔力を混ぜて混沌としようとしているかのようだ。


「さぁ、忘れるんだ。あんな(アマ)は記憶の片隅にすら残してはいけない。ヴァイオレットという腫瘍を取り除こう。僕の声に耳を傾けて――」


 脳に声が響く。

 意識しなければ分からないほどの魔力が私の中に入ってくる。

 否定をしようにもその言葉が蠱惑的で麻薬かのように私の中にスルリと入ってこようとする。

 来るな。来るな。来るな、来るな、来るな来るな来るな来るな来るな。

 油断すれば、私の中の大切なモノを無くしてしまいそうで――


「腫瘍は貴様だ、ローシェンナ・リバーズ」


 無くしてしまいそうな魔力が流れ込もうとした時に、私の日常に馴染んできた声が洞窟に響いた。


「リバーズ。私をどう噂しようが貶そうが構わない。だが、」


 凛とした声。毅然とした立ち振る舞い。

 急いできたのか少し髪は乱れているが、綺麗な菫色の髪と、力強い蒼い瞳。


「私の家族(息子)に手を出すというのなら、容赦はしない」


 私の憧れる強さを持つ女性が、そこには居た。


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