幕間的なモノ:観察と相談の結果
「……良い湯だ」
シキの近くにできた謎の温泉。
そこで俺は一人お湯に浸かっていた。
屋根も壁もなく、ある意味開放的と言える本当の意味での自然温泉。ある意味前世の日本温泉を彷彿とさせる。あんまり行ったことは無いけれど。
泉質は謎だが、とりあえず調べでは害がないことが分かっているので湯船のない住民のためにも、お湯を引くか開放できないかと画策している場所である。
「シアン、ちゃんと着替え持ってくるんだろうな」
そんな温泉に何故浸かっているかというと、服が汚れたためである。
見たことの無いモンスターが目撃されたというので数人で周囲の確認をし、俺はシアンと見回りをしていると、
『あぁっと、足が滑ったぁおらぁああああ!』
などと言いながら俺を巻き添えにして盛大に転んできた。結果俺は下敷きになり、泥濘んだ土にダイブし頭から泥だらけになった。ちなみにシアンは割と無傷であった。
なんだか妙な掛け声が聞こえた気がするが、本人はワザとではないと言い、洗い流すためにもせっかくだから近くの温泉で洗い流して来いと言い出した。着替えなどは用意するという。
だが、別にこのまま屋敷まで戻っても問題は無いと言ったのだが、
『神の御使いが着替えを持ってくるって言っているんだから大人しく待っていなさい。――なんならこの場で服を私が剥きますよ』
と、祈りや懺悔の時にしか見せないような慈愛の表情で脅してきた。
普段であれば「ごめんね!」の一言で済ませそうなものなのに、なにを企んでいるのだろうか。律儀にタオルまで用意してやがったし。
「ふぅ……ゆっくりできるの久々だな」
タオルをお湯につけ、軽く絞った後顔を覆うようにタオルを乗せる。オッサン臭いが、まぁ誰も見てないし良いだろう。
それにしてもシアンはなにを企んでいるのだろうか
……誕生日はまだ先だし、なにかの記念日という訳でもない。屋敷でサプライズパーティーを用意しているわけでもないだろう。
なら単純に足を滑らせただけで……
「先に入っているのか、グレイ?」
後ろから声を掛けられた。
女性の声であり凛々しく、この1ヵ月で馴染んできた屋敷でも聞く良いお声の女性。
このような声の持ち主は一人しか知らない。
「すまない。シアンさんと共に来たのだが、派手に転んでしまってな。泥を洗うために温泉に来たのだが……先に知っている人が入っている、と言っていたのはやはりグレイの事だったのだな」
少々濃い湯気のためか、誰が入っているのかは分かっていないのだろう。女性は何故かグレイが入っていると思っているようだ。
布の擦れる音がする。こちらに寄ってくるような音がする。
顔を覆っていたタオルを外すと、そこには――
「せっかくだ、以前した約束を――」
「……こんにちは、ヴァイオレットさん。いい湯加減ですよ」
「……クロ、殿?」
そこに居たのはタオルを身体に巻いただけの状態のヴァイオレットさんがいた。
……シアン、後で覚えていろよ。
◆
気が付けばヴァイオレットさんと共に温泉に浸かっている。
タオルを湯につけるのはマナー違反というルールを律儀に守り、なにも身に着けていない状態で二人は一人分の距離を空けて浸かっている。
さらには互いの服がいつの間にやら無くなっており、お互い帰るに帰れず気まずい雰囲気のままこうしているわけだが……
「……良い湯ですね」
「……あぁ、少し熱い気もするが丁度いいな」
「……これが開放出来たらいい場所になりますね」
「……あぁ、そうだな」
「…………」
「…………」
どうしろと言うんだ。
いや、落ち着け、落ち着くんだクロ・ハートフィールド。
前世ではワンルームに妹と二人で住んでいたし、仕事の関係上女性の身体に触れたり見たりしたりする機会も少なくは無かったではないか。
女性に免疫がない訳でもあるまいし、慌てることなく対処をすれば良いだけで――
「……クロ殿」
――ヴァイオレットさんが背中から俺の身体に手を触れて、身体を寄せて来た。
ああ、どうしよう。よく考えれば妹だから異性として見ることなんてないし、仕事も触ったりした方が都合良いだけで邪な目で見ていなかったじゃないか。
あああ、心臓がバクバクと音がする。
これがシアンなどだったらどうとでもできるが、相手がヴァイオレットさんだからここまで緊張しているんだ。
何故急にヴァイオレットさんがここまで積極的になっているかは分からないが、この緊張がヴァイオレットさんに伝わらなければいいのだけれど。
「ふ、ふふふふふふふこれはあれだ。こうなってしまった以上キスなんてすっ飛ばして私が初日にしようとしていたこともいくのではないかというより私は初日にこんなことをしようとしたのか今思うと恥ずかし過ぎるぞあああああ」
「……落ち着いてください」
だけど明らかにヴァイオレットさんの方が慌てていた。
自分から行っといて俺より緊張しているとはどうしたのだろう。……誰かに入れ知恵されたのだろうか。
「ふふ、な、なにを言う。夫婦であれば互いに肌を見せ合い密着させるなど、お、おかしいことではない」
「声めっちゃ震えてますよ」
「震え゛て゛な゛い゛」
「無理しないでください」
ヴァイオレットさんの声はみるからに震えていた。
なにかの本で自分より緊張している人を見ると落ち着く、という言葉があった気がする。それはまさにこの状況だと理解した。
さてと、少し落ち着いた所で状況の整理をしなければ――うん、背中に触れている感触は気にしてはいけない。全集中で記憶をして、後で思い出せるようにだけしておけばいいんだ。
「シアンになにか相談しました?」
「…………ふっ、なんのことだ」
シュバルツさんの真似だろうか。
アイツの事だから変な気を回したんだろう。……だとしても服を隠したり泥だらけにするのはやりすぎだろうから、後で神父様にチクってやる。
しかしシアンに相談したということは……
「もしかして俺、なにかやりました?」
あれ、なんだろう。今の自分の台詞にイラッて来た。
前世の記憶がある俺が言うと変にハマるような、言ってはいけないような……
「……違う、クロ殿がなにかした訳では……ないんだ」
「え?」
ヴァイオレットさんは今にも消え入りそうな声で、恥ずかしいのか俺の背中に顔をちょん、と当てながら呟いた。
「私がクロ殿との仲を相談しただけなんだ。…………もっと、クロ殿と仲良くなりたかったんだ」
………………うん、可愛い。
可愛い。普段の凛々しさとは違う可愛さで、可愛くて俺のために無理しているのが嬉しくて、可愛くて可愛くて可愛くて――よし、今なら行ける。
なにが行けるか分からないが今の俺なら行ける気がするし、ヴァイオレットさんも許してくれる気がする。
今すぐ振り返って彼女を――
「あ、ヴァイオレット様。先に入っていらしたのですね。アプリコット様から言われ温泉の方に来たのですが……おや、クロ様もいらしたのですか」
『っ!?』
しかしその声が聞こえた瞬間、俺とヴァイオレットさんは慌てて離れた。
声のした方を見ると、そこにはグレイがいた。俺達の存在を確認するとグレイも服を脱ぎだし、一緒に入ろうとしていた。
……助かったのだろうか、勿体無かったのだろうか。
「あ、ああ、グレイか。そういえば以前一緒に入ると約束をしていたな。せっかくだ家族水入らず……で……?」
あれ、ヴァイオレットさんがグレイを見て固まっている。
ちなみにグレイは以前教えた温泉のマナーを律儀に守り、服を脱いだ後に腰にタオルを巻いている。
「…………グレイ」
「はい、どうされました?」
「その胸なのだが」
「はい。……あ、この傷ですか? 申し訳ありません、治癒でも消えない傷でして」
グレイの傷とは、以前の領主につけられた胸にある小さな傷だ。痛々しいと言う程ではないが、目立たない訳ではない。それが気になるのだろうか?
「いや、その、だな……その胸板」
「はい」
「グレイ、キミは…………男の子、だったのか」
「……はい?」
「すまない、ずっと……女の子だと思っていた」
俺とグレイは考えること数秒。
『…………………………え!?』
そして同時に驚愕の声をあげた。
良いお声の女性
乙女ゲームの世界と同じ声=声優さんが演じている ので自然といい声にはなっている。




