麦野家
しろんちゅさんの家は都内の高級住宅街の中にあった。
ここ、土地代だけでも億とかいくのではなかろうか……。金額を考えてみると末恐ろしいものだ。
「ふはははは! 我はいいところの生まれでな。親と暮らしている。兄も弟もいるが気にしないでくれたまえ」
「……なんか申し訳ないですね」
「なに、謝るのはこちらの方さ。無理やり酒を飲まして部屋を荒らさせてしまったのだ。我が出来る償いよ。この俺様の安らぎのために俺の仕事場を使うがいい」
新たな一人称……。どうやらしろんちゅさんは我というのは役作りっぽいな。俺、というのが本来の口調なのかもしれない。
まぁ、それは心の中にしまっておく。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
メガネをかけた吊り目の女性が玄関で待っていた。
「俺の母だ」
「母の真知子と申します。事情は素人から聞いております。本当にうちの娘が申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらず……。素人さんとは仲良くさせてもらってますので……」
「さ、上がるといい」
家に上がり、私はしろんちゅさんの部屋に通される。
しろんちゅさんがパソコンを起動するとパスワードを打ち込み、自分のアカウントを開く。私は購入したペンタブを接続してもらった。
そして、私は作業を始める。
「……あら、あなた絵を描くお仕事を?」
「はい。漫画家をしております」
「へぇ……。上手ねえ」
「ありがとうございます」
「母よ……。あまりジロジロ見るのはよせ」
「いいじゃない。あ、芥屋さんに迷惑よね」
「いえ、見ていただいても大丈夫です。まだネームですから」
ネームを仕上げていく。ネームにはそこまで時間はかからないので手っ取り早く。コマ割りとか大雑把に決め、顔のない人間、怪異は大きな丸で場所を指定。
ネームを描いていると、扉が開かれる音が聞こえた。
「ただま〜……。っていねえの?」
男の子の声だった。
男の子の声は階段を登ってくる。そして、しろんちゅさんの部屋の扉を開いた。
「お邪魔してます」
「え、あ、どうも……。って素人お姉が人にパソコン使わせてる!? 俺らには触らせねーくせに!」
「ふん、貴様らは乱暴だからな」
「兄貴ーーー!」
「騒がしくてごめんなさいね」
「元気なくらいでちょうどいいと思いますのでお気になさらず……」
すると、今度はスーツを着た男性がやってきた。
「ほんとだ。どういう風の吹き回しだ?」
「気にするな。あっちへいけ」
「何してるんですか?」
「お仕事です」
「仕事?」
私は描いている最中のネームを二人に見せる。
「漫画家の人?」
「まじ!? すげー! どこ連載してんの!?」
「ジャッツです」
「俺読んでる! 兄貴がいつも買うから!」
「驚いた。なんという作品を?」
「都市伝説おいてけという作品を……」
「マジ!? 俺読んでた! でも終わったんじゃ?」
「まぁ、いろいろありまして描いてるんです」
ここに読者の人が。
「すげー……。素人、お前すごい人と知り合いだな」
「俺もすごいからな……。凄いやつの周りには凄いやつが集うものさ」
「お姉のどこがすごいの?」
「…………灰凪には俺様の凄さはわかるまい」
なんか少し落ち込んでいるようだった。
「なぁー! 都市おいの作者のサインくれー!」
「こら、灰凪!」
「構いませんよ。なんのキャラがよろしいですか? 一緒に描いてあげますよ」」
「ほんと!? じゃー、卜伝せんぱい!」
「わかりました。では何に……」
「おかーさん色紙!」
「あるわけないでしょうそんなもの」
「はは……。なら都市伝説おいてけの単行本はありますか? 単行本の空いてるところに描いてあげます」
「持ってくる!」
灰凪くんが走っていってしまった。
「申し訳ありません、うちの弟が」
「はは、お気になさらず」
「で、素人。なんでこの人がうちで漫画描いてんの?」
「……黙秘する」
「母さん訳は?」
「実はね」
真知子さんが説明すると、スーツ姿のお兄さんはしろんちゅさんに近づいた。
そして、脳天に思いっきりチョップを喰らわせる。
「バカ妹が!」
「……っ!」
「まったく! 下戸だと言ってた人に酒を飲ませるとは!」
「もう謝っている。場を提供する約束を果たしているのだ。文句はないだろう」
「はぁ〜……。すまないね、うちの愚妹が」
「いいんです。楽しかったので」
しろんちゅさんのご家族みんないい人だなぁ。
ネームを描きながらしみじみと痛感。
「明日はゲームしましょうか」
「出来るのか?」
「私は基本速筆ですし……。1日程度なら休んでも支障はないですから」
「そ、そうか。ではゲームで待っているぞ」
「はい。いや、待っているも何もここにしばらく泊まらせていただくので」
「そういえばそうであったな。では、明日共に」
「はい」
ネームを描き上げ、データを喜谷さんのパソコンに送信すると、10分後に電話がかかってきた。
手直しはあまりなく、これで行こうということで、私は寝る時間までとりあえず漫画を描くのだった。




