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第14話ー⑥ ほんとうのじぶん

 このままじゃ、ダメだ。優香が壊れてしまう――!


 そう思ったキリヤはぐっと拳を握り、小さく頷くと、


「優香。君のその考えは間違ってるよ!」


 優香の顔をまっすぐに見て、そう告げた。


「間違ってなんかないよ! だってみんな、優等生の私を好いてくれたもん。だからそれでよかったんだよ! 私が我慢することが一番良いに決まってる!」


 優香は、頭を抱えながらそう叫んだ。


 周りの人からしたら、都合の良い優香と居られることは確かに楽だったのかもしれない。でも今の状況が続けば、優香はどうなる――?


 キリヤはそう思いながら、頭を抱えたまま呟き続けている優香を見つめる。


「私は間違っていない。いつだって、良い子にできていた。一度は失敗したけど。今度はちゃんとやれる――」


 このまま優香はずっと心をすり減らし、いつも誰かの反応に怯えて生きつづけることになるのか? そんな、他の人のために、自分の人生を犠牲になんて――


 キリヤが右手の拳をぐっと握る。


 そんなの僕が認めない。自分の人生は自分のために生きていくものだ。誰かの顔色を窺いながら生きることは間違っているよ。


 優香は優香の思うように生きていいんだ――!


 それからキリヤは困惑する優香の肩を掴むと、


「優香は間違っている。君は、君の人生を生きるべきだ。誰かに合わせて生きるなんて、それは優香の人生じゃないよ! それに本当に君のことを思ってくれる人は、本当の君をきっと受け入れてくれるはずだ!」


 はっきりとした口調でそう言った。


「そんなのは嘘だよ! 今まで、本当の私を受け入れてくれた人なんていなかった。本当の私なんて、いる意味なんてない!!」


 声を荒げながら、涙ぐむ優香。


 今まではそうだったかもしれない。でも、これからは違うよ――


「少なくとも、僕は本当の優香を知りたいと思っている。本当の君と本音で会話をして、本気で君を理解したい。だから本当の君を教えてよ」


 キリヤは笑顔で優香にそう告げた。


「で、でも。本当の私は……」


 優香はそう呟きながら、怯えていた。


 本当の自分をさらけ出すことはとても怖い。受け入れられなかったらどうしようと、そんな不安があるだろうから。


 でも。それを乗り越えて本音で分かり合えた時、優香はきっと変われると思うんだ――


「僕を信じて、優香」


 キリヤは優香に微笑みながら、そう告げた。


 そして優香は、ゆっくりとキリヤの顔を見つめる。



「私、きっとすごく嫌なこと言うかもしれないよ」


「大丈夫。その嫌なことがどんなもんなのか楽しみだよ」


「性格だって良くないから、話しながら嫌な気持ちになるかもしれないよ」


「もしかしたら面白くて大笑いするかもしれないでしょ?」


「私は親を、お母さんを殺したんだよ。人殺しの、私なんて……」


「ずっと一人で抱えてきて、辛かったね」



 そう言ってから、キリヤはそっと優香の頭に右手を乗せる。


「私は、私は……」


 目に涙を溜める優香。


 やっと、本当の君に会えたのかな――


 そう思いながらキリヤはほっと胸を撫でおろし、


「そんなに自分を責めないで。優香は優しい人間なんだよ。だからそんなに辛い思いをしてきたんだ。君が君のことを嫌いなら、僕が代わりに君を好きでいるから。だから自分が独りぼっちなんて思わないで」


 優香に笑顔でそう言った。


 そしてキリヤのその言葉を聞いた優香は、大粒の涙を零す。


「……あり、がとう。キリヤ君」


「これからは一人じゃない。僕がずっと隣にいるから。だから、もう大丈夫だよ。君は君でいればいいんだ」


「うん。うん……」


 それからしばらくの間、優香は子供のように泣きじゃくっていた。


 そしてキリヤは、そんな優香の傍に寄り添い、優香が落ち着くのを静かに待っていたのだった。




 ――数時間後。

 

 落ち着きを取り戻した優香は、


「ありがとう、こんな遅くまでつき合わせてごめんなさい」


 そう言ってキリヤに頭を下げた。


「気にしないでよ、僕がそうしたかっただけだから」

「そっか。ありがとうね」


 そう言いながら、優香は微笑んだ。


 よかった。元気になってくれたみたいだ――


 キリヤはほっとした顔でそう思った。


 それから優香は何かを思い出したように「そうだ!」と言って手をパンっと鳴らすと、


「能力を使って部屋を覗き見るのはこれっきりにしてよね? 次同じことをやったら、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして『僕は除き魔です』って紙を貼って食堂に吊るすから」


 そう言ってニコッと微笑んだ。しかし、その目は笑っていない。


 そんな優香の顔を見た笑顔を見たキリヤは背筋が凍るように感じ、


「う、うん。気をつけます……」


 怯えながらそう言った。


 もしかしてこれが本当に優香なの!? 嬉しいやら、怖いやら――


 キリヤがそんなことを思っていると、


「じゃあまた明日。おやすみなさい!」


 優香はそう言って、キリヤを部屋から押し出した。


「え……何、この結末……?」


 僕、割と良いこと言っていたよね? それなのに、これってどういうこと!? まあ確かに部屋は覗いたけどさ――


 キリヤは部屋を追い出されたことに少々困惑していた。


「はあ。とりあえず部屋に戻ろう」


 キリヤはため息交じりにそう言うと、トボトボと自室に向かって歩きだしたのだった。



 

 ――廊下にて。


「だいぶ優香の部屋に長居しちゃったけど、今何時――って3時半前じゃないか!?」


 でもまあ。優香の本音を聞けたし、怪奇現象もこれで解決したし……僕は満足かな――


 それから部屋に入る前に見た優香の姿をふと思い出すキリヤ。


 その時の優香は不安と恐怖の感情を抱き、ただ破壊行動を繰り返していたのだった。


 あのまま放置していたら、優香も剛のようになってしまっていたかもしれない。そうなる前になんとかできたのは良かったな――


 キリヤはそう思いながら微笑んだ。


 それからキリヤの脳裏に、ふと不安がよぎる。


 今日の朝、無事に起きられるだろうか、と。


「目覚ましアラームは、いつもより大きめのボリュームにセットしよう……」


 キリヤはそんなことを呟きながら、自室に向かって歩いていったのだった。




 そして翌朝。キリヤの不安は的中する。


「まさか二度寝をするなんて! ああ、もう!!」


 そうぼやきながらキリヤは急いで教室に向かった。


 しかし、結局始業ベルが鳴る時間に間に合わず、教室に着いたキリヤは暁から注意を受けたのだった。


 そんなキリヤを見て、楽しそうに笑う優香。


 そんな優香と目が合い、キリヤは恨めしそうな視線を向ける。


 それから優香は手を合わせ、口をパクパクさせて『ごめんね』と言った。


 優香の楽しそうな顔も見られたことだし、今日のところは勘弁してあげよう――


 そう思い、優香に微笑みながら頷くキリヤ。


「――聞いてるか、キリヤ?」

「あ、はい……すみません!!」


 そしてこの日も、キリヤたちの平和な一日が始まったのだった。



 * * *



 ――授業後、優香の自室にて。


「ううーん」


 優香は椅子に座り、大きく背伸びをする。


「キリヤ君には悪いことをしちゃったけど、でも許してくれた。本当の私でも、キリヤ君は受け入れてくれるんだ」


 そう呟き、笑顔になる優香。


 本当の私を出すことは、ずっと怖かった。でもこんな私を好きって言ってくれる人が現れたんだよ。


 少しずつでいいから、私も本当の私を好きになっていけたらいいな。そしたら、今よりももっと生きやすい世界になるはずだから――


「お母さん、私はもう昔の私をやめることにする。本当の人生を歩みだすって決めたよ」


 それから優香は立ち上がると、


「さて、昨日の大惨事を何とかしないとね!」


 そう言ってから部屋の片づけを始めた。




 そしてそれからの優香は、少しずつ本当の笑顔が増えていったのだった。

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