第14話ー③ ほんとうのじぶん
キリヤは朝食を摂るために食堂へ向かっていると、その途中で優香を見つけた。
深刻そうな顔で窓の外を見ている優香を見て、心配に思うキリヤ。
「何か、あったのかな……」
それからキリヤは優香の傍まで行くと、
「おはよう、優香。どうしたの? 何かあった??」
優香の背中にそう言った。
優香は少しびくっと肩を震わせてから、いつもの笑顔をすると、
「おはようございます、桑島君。なんでもないですよ! 早起きしすぎて、ちょっと眠たいなって思っただけです」
明るい口調でそう言った。
眠たいだけで、あんな深刻そうな顔になるものかな――
キリヤはそんな疑問を抱く。しかし、きっと踏み込まれたくないことかもしれないと思い、それ以上は言及しなかった。
「それなら、いいけど……」
「ええ。それではまた食堂で」
優香はそう言って食堂に向かって歩いて行った。
でも一体何があったんだろう。何か悩み事でもあるのかな――
キリヤは歩いて行く優香の後姿を見ながら、そんなことを思った。
「あ、僕も食堂に急がないと」
そう言ってキリヤは、再び食堂に向かって歩き出したのだった。
* * *
――1か月後。
食堂で食事を摂りながら、暁は生徒たちの様子を静かに見つめていた。
この1か月間は特に大きな問題はなく、本当に平和だったなあ――としみじみ思う暁。
そしてそれと同時に、春に来た2人がクラスに馴染んできたことを嬉しく思っていた。
クールで賢い狂司は、他の生徒たちと対等に会話するも正論を突きつけて、たまに一部の生徒(主にいろは)と衝突していたが、なんだかんだで楽しそうにやっていた。
「はあ。いろはさん、そんなことも知らないんですか?」
「悔しいよお、まゆお~」
「あはは……」
「まゆお君、そうやっていろはさんを甘やかしちゃダメですよ?」
そして運動も勉強も完璧で、狂司とは対照的に人当たりの良い優香はクラスの人気者になっていた。
「優香ちゃん、聞いてよー! この間、まゆおがさ!!」
「優香殿、実は最新のアニメが!!」
「優香、これ。私のおすすめ」
「うふふ。待ってくださいね。順番に聞きますから」
クラスメイトたちの話を親身になって聞く優香とそんな優香に甘える女子生徒たち。その姿を見た暁は、なんだか仲の良い姉妹みたいだな――とそう思うのだった。
しかしそんな優香でも、たまに辛そうな顔をしている瞬間があることを暁は知っていた。
あんなに寄ってたかって話しかけられていたら、きっと優香も疲れるよな。無理、していないといいけれど――
それから心配に思った暁は、優香を職員室に呼び出した。
「優香、大丈夫か? 無理はしていないか??」
暁が不安な表情でそう尋ねると、
「何のことでしょう? 私は無理なんてしてないですよ。みんなのことも本当に大好きですし。みんな仲良くしてくれて、すごく嬉しいです!」
優香は満面の笑みでそう答えた。
「そうか……」
本人が無理をしていないって言うのなら、俺がとやかく言うこともないのかな――
そう思いながら、優香を見つめる暁。
「でも先生。私なんかを気にかけていただき、ありがとうございます。ご心配をおかけして、本当にすみません」
そう言って、優香は深々と頭を下げた。
「いや、無理をしてないのならいいんだよ。でもなんだかたまに辛そうな顔をするから、少し気になってな――」
「そ、そうでしょうか……?」
そう言いながら、少しだけ困惑した顔をする優香。
「ああ――今は言いたくないというのなら、それでいいよ。でも、いつか必ずお前のことを話してくれよ。俺は何があっても、お前の味方でいるからさ」
暁は笑顔で優香にそう告げた。
そしてその言葉を聞いた優香は、
「はい、ありがとうございます」
いつもの笑顔で答えたのだった。
それから優香は『そろそろ勉強をする時間なので』と言って一礼すると、そのまま職員室を出て行った。
優香が去り、急に静かになった職員室。
そして暁は、優香が出て行った扉を見つめながら腕を組む。それから、
「なあ、どう思う?」
暁は自室に向かってそう言った。
すると、ゆっくりとその扉が開き、そこからキリヤが姿を現した。
「何かはありそうだね。でも、話せない理由がありそうなのも確かかな」
「だよな……」
さっきも困った顔をしていた瞬間があったし、俺たちに話せない何かはありそうだよな――
「うーん」と唸りながら、考え込む暁。
「気にはなる。でも変に詮索するのは、良くないかもね」
キリヤが真剣な顔でそう呟くと、
「そう、だな。とりあえず俺は見守ることにするよ。何か起こりそうなときにすぐ動ける準備はしておく」
真面目な顔をして、暁はそう言った。
「じゃあ僕は、近くでいろいろと探ってみようかな。もちろん深堀しない程度で」
まあ俺が変に行動するよりは、きっとキリヤの方が適役だろう――
「よろしく頼むよ」
「うん! 任せて!」
キリヤは得意満面にそう言った。
生徒に頼る教師って言うのも、なんだか情けない話だな。でも、また間違ってしまうのは、なんだか怖いから――
「ごめんな、キリヤ。本当は俺が一人で何とかしなきゃいけないことなのに」
暁が申し訳ないと言った顔でそう言うと、
「前にも言ったけど、僕は先生の力になりたいんだ。それに、奏多から先生のことを頼まれているしね!」
そう言って微笑むキリヤ。
「奏多がキリヤに――そうか。うん、ありがとな!」
奏多は本当に俺のことをわかってるなあ――と嬉しく思う暁。
「じゃあ、僕は部屋に戻るよ! あ、そうそう。最近、観葉植物たちの元気がないから、ちゃんと水やり忘れないでね!!」
そう言ってからキリヤは職員室を出て行った。
「ああ――そういえば、今日はまだ水やりしてなかったな」
それから暁は部屋を見に行くと、そこには少し元気がなさそうな観葉植物があった。
こんな変化に気が付けるなんて、キリヤはそれほどまでに植物のことが好きなんだろうな――
「もしかして、植物と会話ができるとか? まさかな。そんなわけないか!」
それから暁は、キリヤからもらった観葉植物に水をやったのだった――。




