第13話ー⑤ それぞれが抱えるもの
まゆおの糸を解いた優香は、身を隠しつつ木の上から状況を見守っていた。
「これで不安要素はなくなったわけね」
優香はぽつりとそう呟く。それからマリアと話しているまゆおを静かに見つめた。
レクリエーションが始まった時から、優香はまゆおの動きに注目していた。
誰もまゆおのことをマークしていないことと、まゆおがキリヤのことを狙ってくることを予想していたからだった。
やっぱり予想通りの展開になったね。狭山君なら、消耗した桑島君を必ず狙ってくれるって思っていたよ――
「さて――その桑島君は、無事に先生のところへいけたかな」
そんなことを呟きながら、優香は木の上から状況を観察していた。
優香のいる赤チームの作戦では、まず青チームへの先制攻撃を仕掛けることになっていた。
そしてその後はなるべく3人で状況に応じた戦闘を開始する予定だったが、黄チームの動きを予想することができず、結局優香たちは別行動になり今に至った。
「これ以上、私から何かを仕掛ける必要はないように思うけれど……でも――」
そう呟いた優香は、木の上からまゆおを見送るマリアと狂司の姿を見つめる。
このままじゃ、私はここから動けないからなあ――
「だけど、さすがに女の子を痛めつけるのは、ちょっと抵抗あるかな……」
そして優香は、マリアの隣にいる狂司に視線を向ける。
「烏丸君なら、多少のことでも目を瞑ってくれるでしょ」
そう言ってから、優香は糸を狂司に向けて放った。
しかしその糸が届く直前、狂司の周囲に羽根の壁が作られ、狂司は優香からの攻撃を防いだのだった。
「何、あれ……」
優香は驚愕のあまり、目を見開く。
烏丸君の能力、ってこと――?
それから狂司は、優香のいる方へゆっくりと視線を向けた。
気づかれた……? いや、きっとまだ居場所の特定はされていないはず――
そして優香は、そんな狂司をやり過ごそうと息をひそめる。
小学生だからって、あの子のことを少し軽く見ていたのかもしれない。もっと注意して糸を飛ばすべきだった。それにしても……あの子、一体何者――?
優香はそう思いながら、狂司の顔をじっと見つめる。
「――へえ。そんなところに隠れていたんですね」
狂司はそう言って微笑むと、視線を向けた場所へ黒い羽根を放ったのだった。
「!!?」
優香は目の前に蜘蛛の巣のバリアを張るが、その羽根の勢いに負けて木から飛ばされる。
このままじゃ、まずい。受け身を取らなきゃ――
そう思った優香は空中で体勢を整え、身体のバランスを取るとそのまま地面に着地した。
「優香……」
目の前に現れる優香に身構えるマリア。
そしてマリアの隣にいた狂司は、余裕の表情で微笑むと、
「マリアさん。ここは僕が……あなたは逃げてください」
マリアの方を見てそう言った。
そしてマリアは狂司の言葉に頷き、急いでその場を去ったのだった。
それから狂司はマリアが見えなくなったのを確認すると、視線をゆっくりと優香の方を向ける。
「ふふっ、では新加入同士、楽しみましょう――優香さん?」
狂司はそう言って不敵な笑みを浮かべる。
「あはは。お手柔らかにお願いします」
そう言って、苦笑いをしながら身構える優香。
「ええ、そちらこそ――!」
狂司は黒い羽根を生成すると、そう言ってその羽根を優香に向けて放った。
「それはさっき、見ましたよっ!」
優香はそう言って自分の前に蜘蛛の巣を展開し、その羽根からの攻撃を防いでいく。
「ははは、さすがですね! やっぱり、スポーツ少女は反射神経が違います」
そう言って楽しそうに攻撃を続ける狂司。
「ありがとうございます。でも烏丸君もなかなかですね。戦い慣れをしているように感じますよ」
優香が攻撃を防ぎながらニコッと微笑んでそう言うと、
「そう、ですかね?」
狂司も同じように微笑んでそう答えた。
なんだろう。やっぱり、この子は何かがおかしい気がする――
「ええ。まだ本気じゃないって感じがします」
「それは優香さんも同じでしょう? 全然、本気じゃない」
その言葉に眉をひそめる優香。
「なぜ、あなたは本気にならないんです? 今この瞬間と――普段の生活と」
「わ、私は――」
そして優香が少し動揺した隙に、狂司は次の攻撃を放った。
「しまっ――」
優香は蜘蛛の巣を出すタイミングが合わず、狂司の攻撃を受けてしまったのだった。
身体中が黒い羽根で切り裂かれた優香は、その場に座り込む。
「ううう……」
「本気を出さないからですよ。まあ本気を出したとしても、きっと僕にはかなわないと思いますが」
そう言って、狂司は優香の前から立ち去ったのだった。
「生意気なこと、言ってくれるじゃない……」
それから優香は、その場に一度倒れてから仰向けになり、空を見上げた。
「はあ。私は、ここまでかな。……でも。本気じゃない、か」
それから優香は悲し気な表情をして、
「本気なんて出せるわけがないでしょ。だって私はもう、あんな思いはしたくないんだから」
ぽつりとそう呟いたのだった。




