第11話ー⑥ 旅立ち
そして奏多の演奏会から2週間後、奏多は旅立ちの日を迎えた。
いつも通りに朝食を済ませて、キャリーバッグだけを持ち部屋を出る奏多。
ほとんどの荷物はこの日までに実家に送ったようで、残りはこのキャリーバッグのみだった。
「奏多ああああ! アタシのこと忘れないでねええええ!」
いろはは泣きながら、奏多にしがみついていた。
「はいはい。ちゃんと定期的に連絡しますから! それにいろはのこと、忘れるわけがないでしょう?」
「うん。アタシも連絡するよおおお!」
それからいろはの頭をなでる奏多。
それを見た暁は、まるで姉妹みたいだな――とそう思ったのだった。
「いろはもきっとすぐにここを出ることになります。そうしたら、渋谷や原宿に一緒に行きましょう?」
「うん。約束だよ!」
そして奏多は、他の生徒たちともそれぞれ別れの挨拶を済ませていた。
マリアや結衣もいろはと同じように涙を流し、それぞれの思いを伝えていた。
それからまゆおにはこれからキリヤのフォローを頼み、真一にもこれからのクラスことを頼んでいるようだった。
そしてキリヤにも何かを伝えているようだったが、その内容だけ暁は聞き取れなかった。
奏多はキリヤにいったい何をお願いしていたのだろう。いや、そもそもお願いだったのか――?
そう思いながら、暁は奏多が離れた後のキリヤを見つめる。
何を話していたのか、少し気になるけれど……でも、きっと奏多の事だし、変な内容ではないよな――!
暁がそう思っていると、いつの間にか奏多は暁の隣に立っていた。
「さて、先生。いきましょうか」
「ああ」
そう言って暁は奏多の荷物を持ち、エントランスゲートに向かった。
この日の暁は、奏多を空港まで送り届ける使命を頼まれていた。
本来は、奏多の父親が来る予定だったが、仕事の都合で来ることができなってしまったからだった。
俺としては、奏多とこうして一緒にいられることが嬉しいから正直なところお父さんには感謝しかないけどな――
そして暁たちは空港へ向かう車の中で、いつものように会話を楽しんだ。
「そういえば、昨日観たテレビでチーズティのことを特集していましたよ!」
「本当か!! 俺もその番組、観たかったよ! でもさ、チーズティはやっぱり最高だよな! あの時、奏多と飲んだ味は今でも忘れられない思い出だよ」
「あらあら、嬉しいことを言ってくださいますね。うふふ」
暁はそんな奏多の笑顔を見るたびに、さみしさを感じていた。
今はこんなに近くにいるのに、これからしばらくの間、簡単に会えなくなるなんて――と思ったからだった。
しかし、きっと奏多だって悲しい別れを望んでいないだろう――と思った暁は、さみしさをこらえながら笑顔で奏多との最後の時間を楽しむことにした。
そして暁たちを乗せた車が空港へ到着すると、暁は奏多のキャリーバッグを下ろして、神宮寺家の運転手とそこで別れた。
それから暁は奏多と共に受付へ向かう。
「俺、空港って来たことがないからなんだか新鮮な感じだよ……」
暁はそう言って周りをきょろきょろと見ながら歩いていた。
「そんな風にしていると、不審者に間違われて、警備の方に捕まってしまいますよ?」
奏多は、クスクスと笑いながら暁にそう言った。
そして受付を済ませた暁たちは、搭乗までまだ少し時間があったため、近くの椅子で休むことにした。
椅子に腰かけた暁たちの間に、しばらくの沈黙が続いていた。
別れが近づくと、悲しくて何を話したらいいのかってわからなくなるんだな――
暁はそんなことを思いながら、目の前を通り過ぎていく人たちを見つめていた。
それからも暁たちはお互いに正面を向いたまま、ただ時間を浪費していった。
そしてそのいつまで続くのかわからなかった沈黙を先に破ったのは、奏多だった。
「――先生。いよいよ、ですね」
奏多は正面を向いたまま、暁にそう告げた。
「そう、だな」
そんな暁も正面を向いたまま、奏多にそう答えた。
「先生と離れるのは、本当はすごく寂しいです」
「うん」
「でも、先生が世界で活躍する私を待っているのなら、私はその期待に応えてからまた先生の隣に戻ってきます」
奏多はそう言って暁の方を見て、ニコッと微笑んだ。
「ああ」
暁は照れ笑いをしながら、そう言って視線を下に向ける。
「先生……大好きです」
奏多はしっかりとした口調でそう言った。
それは、いつも言っていた好きとは違う、特別な一言のように暁は感じていた。
こんなまっすぐに気持ちをぶつけられたんじゃ、もう嘘はつけないよな――
そう思った暁は、奏多の言葉に頷き、
「俺も、奏多が好きだよ。だから帰ってきた奏多の隣に立てるような立派な人間になる」
そう言ってから、暁は奏多に微笑んだ。
これまで奏多からの好意をどう受け取るかを今までさんざん悩んできた暁だったが、先ほどの奏多の気持ちを受けて、素直に自分の気持ちを伝えようと思ったのだった。
そしてこの時、暁と奏多は教師と生徒――と言う関係から、新たな関係に変化した。
「ふふふ。約束ですよ?」
奏多は笑顔でそう言って、左手の小指を立てる。
暁はその小指に自分の小指を絡めながら、
「ああ、約束だ」
そう言って微笑んだ。
それから搭乗時間になると、暁は奏多を搭乗口まで送っていった。
そして奏多は、一人で海外へ旅立っていったのだった。
奏多と交わした約束を俺は必ず叶える。
生徒たちの憧れる教師であるように、そして奏多の隣に立てる人間であるように――




