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第9話-③ 変わっていく心

 原宿を出た暁たちが次に向かった場所、そこは――


「本当に、ここでいいのですか?」


 奏多はそう言って、怪訝な顔をしていた。


 そんな奏多の顔を横目に、暁はその場から上空を見上げる。


 暁がその見つめる先には、赤々と立派にそびえたつ建造物があった。


「ああ。ずっと来てみたいって思っていたんだよ」


 暁たちは今、東京タワーに来ていた。


「でも今の東京のシンボルって――」

「知っているよ。スカイツリーだろう?」


 それでも俺はここに来てみたかった――


 暁は東京タワーを見上げたまま、そんなことを思う。


「それはまた今度の時に一緒に行こうな。だから今日はこっちで我慢してくれるか? 俺は一度でいいから、ここに来てみたかったんだ」


 暁は奏多の方を見て、そう言いながら微笑んだ。


「まあ先生がそう言うなら、私はお付き合いしますよ」


 奏多はそう言って、やれやれと言った顔で暁を見ていた。


 実家が東京にある奏多は、たぶん何度も東京タワーに来ているんだろうな――


 そんなことを思いながら、奏多を見つめる暁。


 そんな奏多にはミスチョイスだったかなと思いつつも、暁は一人で満足そうな顔をしていた。


 憧れていた場所へ来られたという喜びから、暁はそんな表情になっていたのだった。


「エレベーターもいいけど、あっちで階段から上ることができるみたいだ!」


 そう言って目を輝かせる暁を見た奏多は、「仕方ないですね」と言いながら、暁の挑戦に付き合うことにした。


 そして暁と奏多は、階段を使って東京タワーの展望台を目指して歩き始めた。


「――先生がここへ来たかった理由って何なんですか?」


 階段を上りながら、前を歩いている奏多が暁にそう尋ねた。


「実はこの東京タワーは家族旅行で来る予定の場所だったんだよ。でも母さんが病気で倒れたり、俺が能力に目覚めたりして、結局行けなくなってな」


 暁は悲しげな声でそう言った。


「そう、だったんですね」

「ああ。だからどうしても来たかったんだ……ごめんな、俺のわがままにつき合わせて。奏多にお礼をするための東京観光なのに」


 すると急に奏多は、足を止めた。


「奏多?」


 唐突に足を止めた奏多に首を傾げながら、その背中を見つめる暁。


 それから奏多はゆっくりと暁の方を向くと、


「謝らないでください、先生。私は施設では見られない先生の姿がみられるだけで十分に満足をしていますから! それに――みんなの知らない先生を知れて、ちょっと優越感なんですよ? だから、先生は先生なりにこのデートを楽しんでください!」


 そう言って優しく微笑む。


 そしてその時――暁と奏多の間に心地よい風が通り抜けていった。


 それは奏多の心の温もりを表しているような、そんな優しく温かい風だった。


「ああ。奏多、ありがとな」


 そう言って、ニッと笑う暁。


「ふふっ。さあ、あと少しでゴールですよ! 頑張りましょう!」


 そう意気込んで、再び歩みを進める奏多。


「おう、そうだな!」


 そして暁と奏多は、無事に展望室まで登り切り、上り階段認定証をもらったのだった。


 その後、暁たちは東京タワーからいろんな景色を楽しんでいた。


「おい、奏多! ここの床、下が見えるぞ!!」


 暁は透明になっている床の上に立ち、そこから地上を眺めて嬉しそうにそう言った。


「もう! はしゃぎすぎです、先生!!」


 子供のように騒ぐ暁を、奏多は恥ずかしそうな顔をして注意した。


「すまん……」


 少しはしゃぎ過ぎたなと反省して、暁はしゅんとする。


 その後の暁は少々控えめに東京タワーを楽しんだのだった。


 そして空が茜色に染まり始めたのを見て、暁たちはそろそろ帰宅時間だという事を悟った。


「帰ろうか、奏多」

「はい」


 それから暁と奏多は、東京タワーをあとにしたのだった。




 ――帰りの車内にて。


 窓の外では高層ビルに電気が灯り始めて、それが星の海のようにきらきらと輝いて見えていた。


「やっぱり都会の夜景はきれいだな……」


 暁は窓の外を見つめながらそう呟いた。


「ええ、そうですね」


 奏多もそう言って窓の外を見つめる。


「今回もまた、いろんな場所に行きましたね」

「ああ、そうだな」


 暁は外の景色を見ながら、昼間に行った場所のことを思い出していた。


 たくさんのものに触れ、そしてたくさんの人々の笑顔を見た。


 それから目の前にいる奏多の楽しそうな姿もたくさん目に焼き付けたし、俺にとってとてもかけがえない一日になったと思う――


 そんなことを思いつつ、暁は笑っていた。


「先生、顔がにやついていますよ」


 暁の顔を見た奏多がそう言って「くすっ」と笑った。


「そ、そうか!? あはは……」


 暁は赤面しながら、そう言って頭を掻いた。


「そんなに楽しんでいただけたなんて、今日はお誘いして正解でしたね。それに、私もすごく楽しかったですよ」

「それは、よかった」


 ホッとした顔でそう言う暁。


 それから奏多はまっすぐに暁の顔を見て、


「これも先生のおかげです。先生、ありがとうございます」


 そう言ってから丁寧に頭を下げた。


「いや、お礼を言わなきゃいけないのは、俺の方だよ。ありがとうな、奏多。奏多と一緒で今日一日はすごく楽しかったよ」


 その言葉を聞いた奏多は、ゆっくりと顔を上げて口元に手を添えると、


「あら、相思相愛でしたか。それは嬉しいですね」


 そう言って嬉しそうに微笑んだ。


 そんな奏多の表情を見た暁は、少しだけ胸のときめきを感じ、静かに俯いた。


 今日の奏多は、なんだかいつもより大人っぽいというか……化粧のせい、なのかな――


「先生」


 急に呼ばれた暁ははっとして顔を上げる。


「どうした?」

「――きっと一緒に出かけるのは今日で最後になってしまいますね」


 奏多はそう言いながら、さっきの笑顔とは違い、さみし気な表情をしていた。


 施設卒業後に海外留学をすることが決まっている奏多。


 海外へ行ってしまえば、今回のように行きたい時に東京へはいけなくなることは暁でもわかっていることだった。


 きっと、奏多はそれがさみしく思っているのかもしれない――


 12月の今、奏多の卒業の日は刻一刻と近づいていた。


 いつまでも奏多にはさみしそうな顔をさせたくないと思った暁は、


「奏多が留学を終えて帰国したときに、また一緒に東京へ行こうな」


 そう言って笑った。


「先生がどうしてもっていうなら仕方がないですね! 約束ですよ?」


 そう言って奏多は小指を差し出す。


「ああ、約束だ」


 そして暁も小指を出して、奏多の指に絡めた。


「……私は先生と生涯を共にしたいと考えています。私が戻ってきたとき、先生の貰い手がいなければ、私を選んでいただけませんか?」


 奏多は真面目な顔をして、暁にそう告げた。


 その突然の告白に暁は動揺すると、


「そ、その時になってみないとわからないな」


 そう言って奏多から目をそらした。


 きっと優柔不断だと思われるだろうが、今はこれでいい。俺と奏多は教師と生徒なんだから――


「あーあ、意地悪ですね。精いっぱいの勇気を振り絞って想いを伝えた乙女に、そんなこと言うなんて」


 奏多は何か察した顔でそう言った。


 そんな奏多の顔を見て、申し訳なく思う暁。


「……悪い」

「いいですよ。そういうはっきりさせない優しいところが先生らしさですものね」


 そう言って優しく微笑む奏多。


「ありがとう、奏多」


 それから暁たちはいつも通りの会話を楽しんでいるうちに、施設に到着した。


「先生、ありがとうございました! 卒業までの間、よろしくお願いしますね!」

「ああ、もちろん」


 奏多はさっきの告白なんて何もなかったかのように、そのまま自室へと戻っていった。


「奏多には、申し訳ないことをしてしまったな……」


 でもしょうがないことなんだよ。俺たちは今以上の関係にはなれないんだからさ――


 そして暁も自室へと向かった。




 自室に戻った暁は、外出用の報告書をまとめていた。


「こんなところかな。ふああ、眠い……」


 背伸びをしながら、大きな欠伸をする暁。


 きっとこんなに眠いのは、たくさん歩いて笑ったから疲れたのかもしれないな――


 そんなことを思いながら、暁は今日あったことを思い出して微笑んだ。


 それから暁は寝る支度を整えてから、ベッドに倒れ込む。


「ああ、今日は楽しかったな」


 そう呟いてから、ふと帰りに聞いた奏多の言葉を思い出していた。


『――貰い手がいなければ、私を選んでいただけませんか?』


 表情を曇らせて、暁は天井を見つめた。


「奏多が俺にそんなことを思っていたなんてな。嬉しい、けど――でも」


 俺と奏多は教師と生徒の関係。それ以上を望むべきではない――


 暁は自分にそう言い聞かせた。


 奏多と過ごす時間は、自分にとってとても心地よいものだという事を暁は思ってはいた。


 しかし、その想いは友好的な生徒の一人としてなのか、それとも別の理由なのか、暁にはその判断がつかなかったのだった。


「はあ。俺は奏多のことを、どう思っているんだろうな……」


 そんなことを考えて過ごしているうちに、暁は眠りに落ちていたのだった。


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