22、考えもしなかったこと
前半ヒロ視点、後半ナツ視点です。
ホラーダンジョンのアトラクションを終え出てきた俺は、身悶えしそうな状況に必死に我慢していた。
というのも、俺の傍らにへばりつくようにナツがいるからだ。
大丈夫だと言った手前、素直には泣けないようで口を引き結んでいて、意地っ張りな姿でさえ可愛くて仕方ない。
ナツは俺のシャツを握っていた片手を放すと、涙が零れてきたのか目元をグイッと拭ってから小さく呟いた。
「やっぱり…怖いのは怖かった…。ヒロの役立たず…。」
「……。」
少し気持ちが落ち着いてきたのか俺への暴言が飛び出して、俺はその通りだっただけに反論せず口を閉じた。
ホラーダンジョン内で、俺は糞ほどナツの役に立たなかった。
というのも、ナツを中央の座席ではなく端に座らせてしまったために、ナツのすぐ横にお化けが出るわ出るわで、どれだけ俺のシャツを引っ張ろうとも盾にならなかったからだ。
俺の小さな嫉妬心のせいでナツをここまで怖がらせる結果になってしまったと、今は深く反省している。
「ごめん…。まさかあそこまでナツの横にお化けが出るとは思わなくて…さ。席順、考えれば良かったよな?」
「ホントだよ…。今日絶対夢に出てくる…。寝られなかったらヒロのせいだから。」
「あー……もし寝られなかったら呼んでくれよ。ナツが寝られるまで横にいるからさ。」
俺はちょっとでも贖罪になるならと、普通にそう返すと、ナツが急に足を止めてしまって服が引っ張られた。
どうしたのかと俺も足を止めて振り向くと、ナツがぽかんと目を丸くさせていて、俺は「ナツ?」と声をかける。
「……横にいるって…、一緒に寝るってこと…?」
「へ?」
俺は何のことかと理解できず首を傾げると、ナツがみるみる顔を赤く染めながら言った。
「ねっ、寝られなくても呼ばないから!!もう子供じゃないのに一緒とかない!!」
「寝る!?いや、俺は一緒に寝るとは一言も――――」
「寝るまで横にいるとか言ったでしょ!?絶対部屋に入れたりしないから!!」
「はぁ!?」
俺はただ子供をあやす親心で見守ろうかと思っただけなんだけど、ナツは何を想像してるのかぷりぷりと怒りながら先に行ってしまう。
それを追いかけながら、変な誤解を解こうと声をかける。
「ナツ!俺が言いたかったのは、怖いなら寝られるまで傍で話し相手でもなってやるよって意味で。俺も一緒に寝るってことじゃねぇっつの!!俺を何だと思ってんだよ!」
「何って…、それは――――」
ナツは俺に振り返ると立ち止まり深く考え込んでしまい、俺はじっと視線を下げて固まってしまったナツを見守る。
そうしてしばらく経つと、ナツはちらっと俺に目を向けてから、何か納得したように呟いた。
「そっか…、ヒロは元樹と違うよね…。」
「んん?」
急に出てきた元樹の名前にどういうことかとスルーできず、俺は「元樹が何?」と追及した。
ナツは困ったように笑うと、ゆっくり前に足を進めながら口を開く。
「いや、ヒロも男の子だったな…って最近思ってたから、つい元樹と同じように考えちゃっただけ。一緒にしちゃってごめん。」
「は?元樹と一緒??」
「うん。いくら男の子でも元樹と一緒はないよね。ヒロは昔っからヒロなんだし。」
んんん????
俺はナツの言う俺を元樹と同じと考えたことが整理できず、謝るナツに納得がいかない。
対するナツは口にしてスッキリしてしまったのか、さっきまでの怒りがどこかへ吹き飛んでいて清々しい笑顔を浮かべている。
「じゃあ、寝られなくなったら遠慮なくヒロの言葉に甘えさせてもらうよ。」
「え、あ。―――おう。……そんときは言ってくれよ…。」
「うん。心づもりしておいてよね。」
すっかり機嫌を直してしまったナツをまた不機嫌にしたくなくて、俺はナツの話を全く消化できないまま頷いてしまう。
元樹と一緒って何なんだ!?
なんで俺と元樹を一緒にしてあんなに怒ってたんだよ!!
全然分かんねぇ!!!
**~~**
あぶない…
ヒロのこと幼馴染じゃなく好きな人として見始めてたから
幼馴染としての自分を見失いかけてた…
意識してるのは私だけなんだから、ヒロの何気ない言葉に変に反応しないようにしないと…
私は隣を歩くヒロに目が向けられないまま、ケータイ片手に明日香にメッセージを送る。
ヒロの機嫌も直ったようだし、元樹と二人にしてしまった明日香と合流しなければ。
そうして器用にヒロを意識しながら連絡を取り合っていたら、明日香から意味深なメッセージが届いた。
『今すぐその場所離れて!』
ん??離れるって…
もしかして近くにいるとか??
私がメッセージからそう推測して辺りを見回すと、私のケータイを覗き見ていたヒロが急に私の腕を掴み走り出した。
「ヒロ!?」
「こっち!!」
ヒロは人混みに突っ込むと、人の間をすり抜けて建物と建物の間の通路に入り、ちょうど影になっているところで足を止め壁際に押しやってきた。
そして来た方向をじっと見つめて何やら真剣な顔をしている。
だから私も同じ方向をじっと横目で見ていると、元樹がキョロキョロしながら通路の前を横切って行くのが見えた。
その後ろを明日香が追いかけているのが、少し遅れて見える。
「え、あ、明日香!もと――――」
私が二人と入れ違いになったことに慌てて声を上げたら、ヒロが口を手で塞いでしまう。
それに意味が分からなくて、ヒロの手を掴んで押しのけると尋ねた。
「なんで止めるの!?二人と合流しなきゃなのに!!」
「は?ナツ、明日香のメッセ見てなかったわけ?」
「え―――??」
ヒロはムスッとした顔でメッセージの確認を促してくるので、私は再度ケータイに目を向けた。
そうして同じ文面を読み、明日香の意図が見えず首を傾げた。
「……確かにその場を離れろって書いてあるけど、合流しなきゃなのにおかしいよね?明日香、なんでこんなこと送ってきたんだろ…。」
私がう~んと唸りながら考え込んでいると、ヒロが私の手からケータイを取り上げるなり言った。
「ほんっとこういうとこ鈍感だよな。」
「へ?」
「離れろって送ってきてんだから、明日香は俺たちと合流したくねーんだよ。」
「え!?なんで!!」
「―――――っ、それは…」
ヒロは一瞬言葉に詰まったようだったけど、少し視線を逸らしてから不機嫌そうに続きを口にした。
「――――元樹と二人でいたいからじゃねーの。」
?????
「え??」
ヒロの口から出た言葉がすぐに理解できなくて呆けていると、ヒロが私にケータイを突き返しながら言った。
「だから、明日香は元樹と二人がいいんだろ。じゃなきゃその場を離れろなんてメッセージ送ってくるかよ。こういうの普通は女子の方が敏感なんじゃねぇの?」
「え、え??そ、それって…つまり…、明日香が元樹のこと…。」
私が今まで思いもしなかったことに混乱していると、ヒロは決定的なことを告げる。
「そうだよ。明日香は元樹のこと好きなんじゃねーの?」
?!?!?!?!
私はヒロから突き付けられた予想に頭をガツンと殴られた感覚で、声も出ない程に驚いた。
明日香が元樹を好き!?!?
「だから今は二人にしてやろーぜ。それが友達ってもんだろ?」
ヒロはやっと分かったかと言わんばかりに鼻で笑っていて、私は考えもしなかったことに胸がザワザワとしてきて気分が悪くなる。
明日香…
好きな人いるって…片想いだって言ってた…
それって元樹のことだったの??
そうだったとしたら―――
明日香はどんな気持ちで私と一緒にいたの?
私は今まで私と元樹の事を笑いながら茶化してきた明日香を知ってるだけに、ヒロの言う事が本当だったらと落ち着いてはいられない。
だからもう遊園地の気分ではなくなり、私はヒロを見てから告げた。
「ごめん、ヒロ。私、帰るね。」
「は!?!?」
「ほんとごめん。ちょっと一人で考えたいから。」
私は引き留めようとしてくるヒロを後ろに早足で暗がりの通りを出て、遊園地の出口へと向かった。
そうして追いかけてくるヒロを無視するように、ずっと明日香と元樹の事を考えながら帰路についたのだった。




