21、一緒なら平気
前半がナツ視点、後半がヒロ視点になっています。
「ここホラーダンジョンだろ!?ナツ、なんでここに―――」
私がヒロのご機嫌をとろうと長蛇の列に並んだとき、ヒロは目を丸くしながら訴えてきて、私はふーっと長く息を吐くと気持ちを落ち着かせて答えた。
「やっぱり新しいアトラクションだから、乗らなきゃ損かと思って。」
「損って…、ナツ怖いんじゃねぇのかよ?」
うぐ……、人が我慢してるっていうのに…
私はヒロのためにしてることなので怖いという事を表情に出すわけにいかず、なんとか冷静さを保つ。
「大丈夫。怖いもの見たさっていうか、気になるっていうのもあるから。それに―――」
私はここで一呼吸置くと、できる限りの笑顔を浮かべた。
「ヒロと一緒だったら平気。守ってくれるでしょ?」
小さい頃のことを思い出しながら聞くと、ヒロは面食らったように目を瞬かせた後、照れ臭そうに顔を背けてしまった。
「……当たり前だろ。」
「ふふっ、だよね。頼りにしてる。」
ヒロの反応が小さい頃と変わってなくて、私は嬉しくなりながら、ふと過去に想いを馳せた。
まだ私もヒロも幼くて、何にでも好奇心を抱いていた小学一年生ぐらいのとき――――
私は小学校に入ってからできた女友達と遊ぶのが楽しくて、そのときまでずっと一緒に遊んでいたヒロから少し離れていた。
ヒロも男友達と仲良く遊んでいたからお互い様だったと思うんだけど…
あるとき、ヒロが遊びに行く私を家の前で引き留めてきた。
「ナツ!ちょっと来いよ!!」
ヒロは強引に私の手を掴むと、どこに行くのか有無を言わさず引っ張ってきて、私は友達との約束もあったので抵抗した。
「どこ行くの?私、まやちゃんたちと約束あるんだけど。」
「そんなの後にしろよ。すげー面白いもん見つけたんだよ。ぜってぇナツも気に入るからさ!」
「え~~?」
私は約束が気がかりで不満だらけだったのだけど、あのときはヒロのキラキラした楽しそうな顔に断れず渋々ついていった。
そしてヒロが向かった近所の神社で、私は目の前に近付く光景に渋々動かしていた足を完全に止めることになる。
「ヒロ!!やだ!そっち行きたくない!!」
「は!?この先にあるんだって!あとちょっとだから来てくれよ!!」
「やだ!!!」
私は神社の境内の隣にある墓地にヒロが足を踏み入れるのを見て、絶対に動かないつもりでヒロから手を引き離した。
この頃から私はお化けの類が大嫌いで、墓地に足を踏み入れるだなんてもっての外だった。
だからヒロに何を言われようとも行かないと決めて背を向ける。
するとヒロが私の前に回り込んできて、私にぶすっと不機嫌そうな顔を向けてくる。
「なんで嫌なんだよ。理由を言えよ。」
「だって……、そこお墓だよ?お化け出るよ??そこ通るなんて絶対いやだもん…。」
私もヒロに負けじと不満たっぷりに顔を歪めて言うと、ヒロは目を丸くしてからバカにするように笑い出した。
「あはははっ!!ナツ、いくら墓地だからってこんな明るい内からお化けなんて出ねーよ!」
「そんなの分からないよ!!それに、もう少ししたら暗くなってくるし、出るかもしれないでしょ!?お母さんもいないし…、怖いのはやだ!!」
私はバカにされたのが腹立たしかったけど、怖い目に合う方がもっと嫌だったので、少し涙目になりながら訴えた。
これには流石にヒロも強引には言えないようだったんだけど、何か思いついたような表情を見せると私の手を握ってきた。
「ナツ!!俺、怖いの平気だからさ、何かあったら俺がぜってー守ってやるよ。約束する!!」
「守るって…、そんなのお化け相手に無理だよ。」
「無理じゃねぇよ!!この間三年生にもケンカで勝ったし、お化けなんて目じゃねぇよ!!」
どや顔で胸を張るヒロはどこか頼もしく見えたんだけど、私はそれよりも気になることがあり尋ねた。
「ヒロ三年生とケンカしたの?そんなことしたら危ないよ?」
「危なくなかったんだよ。すっげぇ弱かったんだからさ。大体あれは向こうが悪い。翼のランドセルつかんで引っ張ってやがったんだよ。」
翼というのは当時のヒロの友達だ。
大人しく真面目そうな男の子だったので、上級生にからかわれていたんだろう。
「それでも奈美さんに怒られるよ…?」
「そんなのナツが言わなきゃバレねぇし。」
ヒロからの黙ってろという暗黙の脅迫に、私は蔑むようにヒロを見つめた。
ヒロはそれに困ったような顔をしたけど、話を戻すように私の手を掴んだまま墓地に足を進めた。
「とにかく!!ナツは俺が守ってやるから。怖い思いなんてさせねぇし、ついてくればいいんだよ!」
「えぇ~…。」
自信満々なヒロに圧される形で渋々ついていった私は、ヒロの影に隠れてお化けの恐怖と闘うことになり、ヒロの手を放さないように握りしめた。
それがヒロに伝わったのか、ヒロは自分の言った言葉通り私を守るように手を握り返して胸を張っていた。
「俺と一緒なら怖くなかっただろ?」
ヒロが見せたかったという墓地の奥にあった小さな池までやってくると、ヒロは嬉しそうにニカッと笑ってそう言った。
私はそんなヒロを見て、怖かったはずなのにそれを忘れてしまったのをよく覚えている。
ヒロが楽しそうに笑ってる姿を見れたことが素直に嬉しかったからかもしれない。
まぁ、見せたかったという池はそこまで綺麗でもなくて期待外れだったんだけど。
(正直にその感想を口にしてヒロに怒られたのは、また別の話。)
あのときから何か新しい事をするときにはヒロと一緒に経験してきた。
ヒロと一緒なら怖い事も、嫌な事も楽しい事に変わってしまう。
ヒロと一緒なら平気
私はいつからかそう思うようになって、ヒロと一緒なら割とどんなことにも挑戦できた。
だから今回もきっと大丈夫。
私はちらと横にいるヒロを盗み見て含み笑いした。
するとそれに気づいたヒロがこっちに顔を向ける。
「何、笑ってんだよ?」
「ううん、なんでもないの。楽しいなと思ったら自然と顔が緩んじゃって…。」
「…………へぇ…。」
私が緩んでいる顔を手で押さえながら答えると、ヒロは微妙に驚いたような顔を背けてしまった。
その反応から何かおかしなことを口走っただろうか?と心配になったんだけど、不快そうな顔はしてなかったので、私は胸を撫で下ろしながら迫りくるアトラクションに身構えたのだった。
**~~**
ナツから頼りにしてる的なことを言われて、さっきまでの不満が一気に払拭した俺は、ナツと二人で並んでいる幸せな現状に顔が緩んでいた。
ナツが何を思ったか知らないけど、成り行きで二人きりでアトラクションに乗れる。
それがすごく嬉しい。
そうしてにやにやと気持ち悪い顔のままで待っていると、いつの間にか列の先頭にきていたようで、俺とナツはアトラクションのバギーへと案内された。
前列4席、後列4席のバギーで俺とナツは前列の左側だった。
俺は次の奴が男だと確認すると、ナツに左端に座ってもらい俺はその隣に落ち着いた。
少しでも俺以外の男と接触されるのが嫌だったからだ。
そうして案内に従いシートベルトをしめ、出発するのを待っていると、隣から「大丈夫。」と呟く声が聞こえてナツを盗み見た。
ナツは両手を膝の上で握りしめていて、微妙に震えている姿に昔の事を思い出した。
そういえばあのときもナツは怖いながらついて来てくれたっけ…
あのときというのは俺たちがまだ小学一年のときのことで、
俺はナツにないがしろにされている状況を打開したくて、ナツに墓地裏の池を見せることを口実に連れ出したんだ。
ナツは怖いから嫌だと散々言ってたんだけど、俺はどうしてもナツと遊びたくて無理やり言いくるめて連れて行った。
あのとき自分がなんて言ってナツを連れて行ったか覚えてないけど、やたらとカッコつけてたのだけは覚えてる…
戦隊モノのヒーローに憧れてた影響で、女は男が守るものだとヒーローの言葉を真似てたから…
俺は自分の黒歴史に少し恥ずかしくなりながらも、さっきのナツの頼りにしてるという言葉を思い返し、震えてるナツの手を掴んだ。
「ナツ、俺がいれば大丈夫なんだろ?」
我ながらカッコつけてるな…と言ってから思ったのだけど、ナツはきょとんとした後、嬉しそうに笑った。
「うん。怖かったらヒロを盾にするよ。」
「この位置からどうやって盾にすんだよ?」
「えっと、こうやって服引っ張るから。」
ナツは楽しそうに俺のシャツを引っ張るフリをして、俺はナツが可愛くて笑いしか出ない。
もう盾でも何でも勝手にしてくれ…と参っていたら、バギーが動き出して、ナツが反射のように俺の腕を掴んできた。
俺はそれに動き出した事よりも胸がドクンと跳ね、意識が全部ナツにもっていかれる。
これはこれからくる夢のような時間の序章に過ぎなかったんだけど、俺は知る由もなくただナツだけを見ていたのだった。




