18、デートに出発
ヒロから遊園地に誘われてからというもの、私は収まらないドキドキを押さえ込みながら、日曜日のことで頭がいっぱいになっていた。
昔、親同伴でヒロと遊園地に行ったことはある。
あのときはまだ小学生だったから、バカみたいにアトラクションを梯子して騒いだだけだったけど…
今回があのときとは違うっていうのは、今まで恋愛を遠ざけてきた私にだって分かる。
ヒロはどういうつもりで誘ってきたんだろう…
私はヒロが何を考えているのか分からなくて一人悶々と悩み続け、あっという間に日曜日がやってきてしまった。
朝、クローゼットを開け放って何を着ていくかで迷い、無難なTシャツとショートパンツに手を伸ばす。
でもそこで、昔と同じような格好ではダメなんじゃないかと思い、清楚な感じのワンピースに目を留めた。
これはやり過ぎ?
デートってことを意識し過ぎだって思われたら嫌だし、もう少し動きやすいものの方がいいよね?
私は悩みに悩んだ挙句、最終的に女の子らしさをアピールできる透け感のあるタンクトップに、下はロングスカートにすることに決めた。
一応髪型もアレンジして三つ編みと編み込みを駆使したお団子に仕上げた。
これならまぁ、いつもの感じに少し色をつけた状態だよね…
やり過ぎだとは思われないはず…
私は鏡で自分の姿を確認してから軽く深呼吸すると、部屋を出た。
そしてお母さんにだけヒロと出かけてくることを伝えて家を出ると、家の前にヒロが立っていて驚いた。
「よ。ちょうど呼びに行こうかと思ってたんだ。」
「あ、そうなんだ。じゃあ丁度良かったね。」
ヒロは普通のポロシャツにジーンズで、私は普通な格好をしているヒロにそこまで服装に悩まなくても良かったかと気が抜ける。
私が深く考え過ぎなのかな…?
「晴れて良かったよな~。」と天気の話をして前を歩き出すヒロを見ながら、特に深い意味はなくただ遊びたくて誘ってきたのかもしれないと思い、私は悩んでた日々がバカらしくなってしまった。
デートだとか思ってたの私だけか…
まぁ、そうだよね…
ヒロにとって私はただの幼馴染なんだし…
今日は変に意識しないように楽しもう
「ドリームランド、確か去年新しいアトラクションできたんだよ。」
私が駅までの道中、いつものように話をふると、ヒロは新アトラクションに食いついてきた。
「マジ!?どんなアトラクションなんだろ。」
「確か恐怖を体験できるってアオリの乗り物だったような…。ジェットコースターみたいにずっと速い乗り物じゃなかったと思うんだけど…。」
「へぇ~、俺、ナツと行ったのが最後だからさ~5年振りくらいだし、すっげぇ楽しみ。」
「そっか。でも私も前に行ったの中学の卒業遠足だから、その新アトラクションは乗った事ないよ?」
「じゃあ、今日はそれを優先的に乗るってことで。」
「そうだね。」
ヒロはかなりウキウキしているのかずっと笑顔で、私はそんなヒロを見てるだけで嬉しくなってしまった。
そんなにドリームランド行きたかったんだ
見た目は立派な男の人になっても中身はやっぱり昔の子供なヒロのままだと感じて、私はヒロに負けず劣らず一緒に出かけてることが楽しくてウキウキしてしまったのだった。
~~~***~~~
遊園地までの道すがら、俺はナツがすごく可愛くて変にテンションが上がってしまった。
というのも、ナツが今日のために少しオシャレしてきてくれていたからだ。
昔からナツだけを見てた俺だから分かる。
ナツはどうでもいいときにはTシャツ短パンぐらいのラフな格好が主で、今日みたいに動きにくいスカートを選択するときは何か特別だと思ってるときだけだ。
ナツにとって今日俺と出かけることに何か意識の変化がある。
そう!!俺と出かけることをデート…とまではいかないにしても、何かしら特別な思いがあるはずだ!!
俺はそう推測して、ちらちらとナツの表情を読み取ろうとしていたら、駅に着いた所でナツが暑そうに汗を手で拭っているのが見えた。
いつもは見えないうなじに汗が滲んでいて、俺はからかい半分でそこに手を触れた。
「ナツ、すげー汗かいてる。タオル持ってねーの――――」
「ひゃっ!!!」
俺が笑いながらうなじに触れた瞬間、ナツが首をすくめてこっちに顔を向けた。
「ヒロ!やめてよっ!何かと思ってビックリするじゃない!」
「え、あ、や…、悪い。」
ナツは暑さのせいか驚いたせいか分からないけど顔が真っ赤になっていて、恥ずかしそうに照れる姿に胸の奥がギュンッと苦しくなる。
やばいやばいやばい!!!!
これは反則だ!!
俺がナツの予想外の反応に身悶えていると、ナツは少しムスッとしながらハンドタオルを取り出して汗を拭い出す。
それからふと俺に目を留めて、なんとそのタオルを俺の顔にあててきて表情筋が固まる。
「ヒロも汗かいてるよ。さすがにまだまだ夏みたいだもんね…。」
ナツは俺が固まったまま心臓をバクバクいわせてるとも気づかず、わしゃわしゃと適当に汗を拭ってくれるとタオルを鞄に戻してしまった。
うわわわわ~~~~!!!!!
なんだよ!なんなんだよっ!!
汗拭ってくれるとか、もう彼女だろ!!これ!!
俺は真っ赤になる顔を両手で隠しながら、平然と駅の券売機に向かうナツの背を睨んだ。
そして、その小さな背中を俺の身体で覆い隠して気持ちのままにキスしてやりたい…という欲求を押さえ込む。
くっそ~…
ぜってー今日中に俺の事好きだって思わせてやる!!
俺は自分だけがナツに振り回されていることが腹立たしくなってきて、今日の目標を打ち立てた。
~~~***~~~
私はヒロに触られたうなじがムズムズしていて自分の手で触りながら、ドキドキと耳に響く心臓の音を聞いて顔が熱くなった。
急に触ってくるとか…ずるいよ…
変に意識して上手く返せなかった…
そこそこ混み合っている電車に乗りながら、私は窓の外を眺めているヒロをちらっと見た。
ヒロは平然とした表情で私の視線に気づきもしない。
それに少し腹が立って、自分だけじゃなくてヒロにもビックリさせるようなことをしたくなるけど何も思い浮かばない。
はぁ…
ヒロが何で驚くかなんて分かんないや…
自分ばっかり意識してバカみたい…
私はヒロにドキドキしてることに疲れてきて、ついため息が漏れた。
すると私に見向きもしなかったヒロの目がこっちに向く。
「どした?電車混んでるから疲れた?」
「え?あ、ううん。そういうんじゃないんだけど…。」
私が慌てて首を振って否定すると、ヒロは私の目の前に吊革を持って移動してきて、じっと視線を合わせるように顔を近づけてきてくる。
それにまたドクンと心臓が跳ねて大きく目を見開いていると、ヒロがふっと笑って言った。
「もしかしてちょっと緊張しているとか?」
「へ!?緊張!?なんで??」
私がヒロにドキドキしていることを見透かされたのかと思っていたら、ヒロが意地悪そうな顔で目を細める。
「だって今日いつもより大人しいからさ。なんかナツっぽくねぇっていうか…、ナツでも男と二人だと緊張するのかと思って?」
「そ!!そんなわけないよ!ヒロはヒロじゃん!!男とか緊張とかあり得ないから!!」
私はヒロに見られてると心の中を読まれそうだったので、プイッと横を向いて否定した。
するとヒロは「そんなにハッキリ言うか?」と苦笑して私から離れる。
「まぁ…そうだと思ったけど、そんなにハッキリ言われると男としての自信なくしそ~。」
「え…!?」
ヒロの言い方から傷つけてしまっただろうかと心配になってヒロに目を戻すと、ヒロが楽しそうに笑い出す。
「冗談だって。ナツは俺の事、男とかそういうくくりで見てないってだけだもんな?ちゃんと分かってるよ。」
「……、それならいいんだけど…。」
散々ヒロはただの幼馴染だと言い続けてきた反動か、ヒロは何かを悟りきっていて、私は自分のことを逆に女として見てないと言われてるようで複雑だった。
今は幼馴染でもいい…
この気持ちは嘘じゃないんだけど…
これっていつまで?
ずっとこのままだったら、私たちは一度も男と女って関係にはなれないんじゃ…
私はまた定位置の扉にもたれかかったヒロを見て、自分の中に生まれた小さな不満に顔をしかめたのだった。




