17、戸惑い
ヒロのことが『好き』
とても簡単で分かりやすい答えを導き出したとき、私は明日香の前で涙ぐんでしまった。
どうして涙が出てきたのか分からなかったけど、この涙は嫌な気持ちから出たものじゃないことだけは確かだった。
昨日は明日香とヒロが付き合う想像をしただけで苦しくて、涙が溢れた。
あれはヒロの隣にいるのが自分じゃなかったから、悲しくて出た涙だった。
でも、今の気持ちは昨日とは違う。
胸が熱く燻ったような感じで、脳裏にはヒロの笑ってる顔ばかりが浮かぶ。
そして、ヒロがくれた言葉の数々を思い返して、その言葉に自然と涙が出た。
『やっぱりナツが大好きだ!!』
再会したヒロと初めて正面からぶつかった保健室。
あのときヒロは昔みたいな感覚で『大好きだ』と言ってくれた。
私のやっと導き出した『好き』とは意味は違っても、思い返しただけで嬉しくて涙腺が緩んでしまう。
それぐらいヒロの『大好き』発言は破壊力があって、『好き』が生まれたばかりの私の心には大きく響いた。
『好き』ってこんなに胸が熱くなるものなんだ…
私が胸に手をあてて自分の新しい気持ちにじっと考え込んでいたら、ふと明日香が気になり意識を戻した。
明日香は楽しそうに優しく微笑んでいて、私はそんな明日香に慌てて顔を拭ってから笑顔を作った。
「ごめん。なんだか勝手に涙が…。」
「ふふっ。菜摘の恋する顔、すっごく可愛い!!見てる方がキュンキュンしてくるよ~っ!!」
「恋する顔って…。」
私は自分がどんな表情をしているのか分からなくて、なんとなく恥ずかしさから手で顔を隠した。
でも明日香はそんな私に構わず覗き込んでくる。
「菜摘、今は照れ臭いかもしれないけど、好きって気持ちは変な気持ちじゃないからね?誰もが当たり前に持ってる気持ちなんだから、誤魔化したり偽っちゃダメだよ。これからは素直に気持ちを受け入れていかなきゃね。」
明日香が今までの意地っ張りな私を知ってるだけに、『素直に』ということに重きをおいているのが痛いぐらい分かった。
だから私は苦笑しながら頷く。
「うん。そうだね。なんだか気恥ずかしいけど、こんな感覚初めてだから大事にしていくよ。」
ドキドキと熱くなる胸に手をあてたまま、なかなか引かない顔の熱を気にしていたら、ふとこれからのことに疑問が湧いて出てきた。
「……あれ…?…私、これからどうヒロに接していけばいいんだろう…。」
「どうって…、あ!!告白する!?」
「え!?告白!?」
私がヒロを好きだと気づいてしまったら態度が変わりそうだという意味で言ったことに、明日香が随分と前に進んだことを言い出して驚いた。
「告白なんて早過ぎるよ!私、好きだって気づいたばっかりなのに…。大体、今言っても絶対フラれるから。」
「なんで!?そんなことないでしょ!?むしろ、食い気味でOKされるから!」
「まさか。再会したばっかでそれこそあり得ないよ。きっとヒロのこと困らせるだけだから…。今は幼馴染として隣にいられるだけでいいよ。」
明日香の自信たっぷりな言い方に驚いたけど、私は散々ヒロに対して冷たく当たったことを思い返して、それだけはないと断言できた。
私もまだ持て余してる気持ちなんだから、とりあえず今はヒロとの接し方を模索していく方向で普通にしよう…
私が自分の感情との向き合い方を決めて冷静にと言い聞かせていると、明日香は不服そうに「え~!?」と言いながら顔をしかめた。
その直後、良いタイミングでチャイムが鳴り始めて、私はブスッとする明日香を宥めながら教室へと戻ったのだった。
***
そして自分の気持ちを自覚して迎えた休み時間…
私はクラスの女子たちが遠巻きにヒロを見て騒いでいるのを見て、今まで感じたことのない気持ちにソワソワしていた。
そうだ…
ヒロ、転校してきてからすごく人気なんだよね…
忘れてた…
私は元樹に何か言われて微妙に不機嫌なヒロと騒ぐ女子たちを交互に見ながら、堂々とヒロに話しかけにいけないことに不満が膨れていく。
ヒロが誰と付き合ってもいいと思ってたけど…
実際、想像したら嫌な気持ちになる
今すぐにでもヒロに話しかけて、ヒロの一番は私だからってアピールしたくなってしまうなんて…
こんなに独占欲が強くて我が儘な自分が久しぶりで、これまでどれだけ自分の感情を押さえ込んでいたのかを思い知る。
好きだって気づいた途端、今度はこんなに欲張りになるなんて…
『恋』ってこわいなぁ…
私はとりあえず視界に入らないようにしようとため息をついていたら、明日香がニヤニヤ笑いながらやってきた。
「な・つ・み。物憂げなため息ついちゃって~!恋わずらいかなぁ??」
「明日香、人の事見て楽しんでるでしょ。」
「えへへっ。だって、こんな菜摘見られるなんて嬉しくて!ちょっとぐらいいいでしょ?」
明日香はクラスの男子が注目する可愛い笑顔で小首を傾げていて、「超可愛い!」という声が男子から微かに聞こえてくる。
私はそれを聞いて、自分にも明日香ぐらいの可愛さがあればな…と再度ため息をつく。
「あらら、そんなに初めての恋は厄介?なんなら、私花崎君とのこと協力するよ?」
「それはやめて。誰かにこんな気持ち打ち明けるだけでも恥ずかしいのに、協力なんてされたら恥ずかしさでヒロに近付けなくなる。今も明日香にニヤニヤされてるだけでも恥ずかしいのに…。」
「あははっ!そっか。じゃあ、私はあまり意識しないように温かく見守ることにするよ。」
「そうしてくれると助かる。」
明日香は口ではそう言うものの、私を見る目がすごく楽しんでいるように見えて、温かいというよりは生温かい感じで気持ち悪い。
私はそれが居心地が悪くて、今にもどこかに避難しようかと考えていたら、聞きたかった声が耳に入る。
「ナツ!!ちょっと来て!!」
「えっ―――!?」
私が目を背けつづけていた方向から強引に腕を引っ張られて席から立ち上がると、声をかけてきたヒロが何やら慌てて教室を飛び出して行く。
「ヒロ!?どうしたの?」
私は捕まれている腕が気になりながら、顔が熱くなりそうになるのを我慢して普通に尋ねた。
ヒロは少し歩くペースを落とすと、ちらっと後ろを振り返ってから私に目を向けた。
「ナツ、元樹から聞いたんだけどさ、今まで元樹と遊園地とか水族館行ったって本当なのか?」
「え?遊園地??」
私は急になんの質問かと驚いて、ヒロを見つめ返すと、ヒロが眉間に皺を寄せて答えろと圧をかけてくる。
だから過去の事を思い返しながら、正直に答える。
「あるけど…。なんでそんなこと聞くの?」
「は!?なんでって…、っ、つーか!!普通付き合ってもない男女が遊園地とか行くか!?ナツ、バッカじゃねぇの!?」
「バ、バカって!!なんで中学の卒業遠足のことでそんな風に言われなきゃいけないの!?」
私が明らかに理不尽なことで怒鳴られたことにイラッとして言い返したら、険しい顔だったヒロの表情が呆気にとられたものに変わった。
「へ?卒業遠足?」
「そう!卒業遠足!!付き合ってもない男女だけど、学校行事なんだから仕方ないでしょ!?」
私がそれしか思いつかないのでそう続けると、ヒロは私から手を放して「くっそ…。」と小さく呟いて手で顔を覆ってしまった。
その反応から元樹にからかわれたんだと分かり、私は怒りを収めてヒロを見つめた。
ヒロは耳が真っ赤になっていて、照れてる姿が可愛い。
元樹から何言われたか分かんないけど、ヒロが照れるとか新鮮
どんな誤解してたんだろ?
私が黙って照れるヒロを見て含み笑いを浮かべていたら、ヒロの目がこっちを向いた。
「今度の日曜。ドリームランドな。」
「え?」
「だから、日曜に遊園地行くぞって言ってんだよ!!ナツ、ドリームランド好きだっただろ。」
「え、え?好きだけど。え、もしかしてヒロと二人で行くの!?」
私が急な誘いに信じられないでいたら、ヒロはブスッと不機嫌そうに言う。
「なんだよ。元樹とは行けて、俺とは行けないっていうのかよ。」
「え、そうじゃないんだけど。元樹のときは他の同級生もいたから、ええっと…、二人だとなんていうか…。」
私はヒロと二人で遊園地にいる想像をして、続きが言えないでいたのだけど、ヒロはそんなのお構いなしに告げる。
「行くのか行かないのか。ハッキリしろよ!!俺と二人が嫌なら無理には連れてかねーよ!!」
「いっ、嫌じゃない!!行く!!行くから!」
私が勢いに任せて返事をすると、ヒロはニヤッと笑って「最初から素直にそう言えよ。」とどこか嬉しそうに教室へ戻っていく。
その背中を追いかけながら、私は抑えられないドキドキが熱となって頬を赤く染めた。
どうしよう…
ヒロと二人で出かけるなんて4年振り…
というか、二人で遊園地って…
デート…だよね?
私は今まで自分から遠く離れたラブイベントが、突如舞い込んできたことに戸惑って、どうすればいいのか顔の熱が一向に下がらなかったのだった。




