15、穏やか
ヒロと満員電車に乗ってる間、私は変に胸がドキドキしていて、背中に回ってるヒロの手が動く度、体が反応しかけてそれを堪えるのに必死だった。
ヒロは親切で支えてくれてただけなのに、私一人こんなことになるなんておかしい。
絶対ヒロに悟られるわけにはいかなくて、変な話を振って誤魔化していたんだけど…
ついぽろっと本音が口をついて出てしまって、私はそのことをどう思われたのかヒロの反応を探っていた。
ヒロからする匂いのことだけど、まさか自分の口から『好き』だなんて単語が飛び出すとは思わなかった…
昔はよくヒロに何でも好き好き言っていたから、そんな感じで軽く受け止めてもらえてるといいんだけど。
私は紳士的に「俺を支えにしろ」と言うヒロを見て、やっぱり聞き流してくれてたと安心してつい笑ってしまった。
やっぱりヒロにとったら『好き』なんて言葉、何の意味もない言葉だよね
だからあのときも気安く私の事『大好きだ』なんて言えたんだもんね
私は保健室でのことを思い返して、あのときはビックリしたな~と思い出し笑いをしてしまった。
それをヒロに見られていたようで、不思議そうに見つめてくるので「何でもないよ。」とだけ言って、ヒロの言葉に甘えて支えにさせてもらった。
掴ませてもらったヒロの腕は昔と比べても太く逞しくなっていて、触るだけでそこそこ筋肉がついてるのが分かった。
顔を上げてヒロの顔を見ようとすると、少し首が痛くなるし、背もだいぶ伸びてる。
肩幅だってすごく広くて、私の姿がすっぽりと隠れてしまっている。
私はそれに時の流れを感じて、隣の幼馴染の男の子だったヒロが立派な男の人になったんだと実感した。
クラスの女子がカッコいいって騒ぐの…ちょっと分かるかも…
私はあのとき現実から目を背けていたので、それほどヒロがカッコいいなんて思わなかったけど、今ならちゃんとヒロはカッコいいと思えるようになった。
こうやって人が多い中、ちゃんと守ってくれるんだもんね…
私はヒロが防波堤になって私が苦しくならないようにしてくれているのを分かっていたので、女の子扱いされてることにくすぐったくなりながらもお礼を口にした。
「ヒロ、ありがと。」
「ん?何が?」
ヒロは感謝されることをしていると自分で気づいていないのか、きょとんとした顔で首を傾げてきて、私はそんなとぼけたヒロに笑ってしまった。
ヒロのこういところ、昔っから好きだなぁ~
ヒロは私が笑っている間、ずっと目を白黒させていて、私はそんなヒロの反応が可愛くて仕方なかったのだった。
***
そして何とか満員電車を我慢して学校の最寄り駅で電車から降りると、少し前を元樹が歩いてるのが目に入った。
あ、そっか
元樹はいつもの空いてる車両に乗ってたんだ
私はせっかくだから一緒に行こうと元樹に向けて手を挙げ大きく息を吸いこむと、それを遮るようにヒロに手を握られた。
「ナツ。今日って何の教科からだったっけ?」
「へ?何のって…、確か化学からじゃなかったっけ?」
「あー、あの禿げたおっさんの授業からか。」
「おっさんって…、作並先生の授業は分かりやすいって評判高いんだよ?」
「ははっ。人は見かけによらねーよなぁ~。」
ヒロはケラケラと上機嫌で笑っていて、私は元樹に声をかけそびれたと前に目を戻した時には元樹の姿を見失ってしまった。
その後、ヒロに手を繋がれた状態なのが気になってそこに目を向けると、ヒロがそれに気づいたのか繋いでた手を放した。
「確か今日体育もあるし、ハードな一日になりそうだなぁ~。」
ヒロは一瞬手を繋いだことをなかったことにしようとしているのか、いたって普通に話しを続けていて、私はふと自分が前に言ったことを思い出した。
もしかして、幼馴染で手を繋ぐなんてあり得ないって言った事気にして放したのかな…?
私はさっきは以前ほど気持ち悪いとも嫌だとも思わなかったので、自分の中の変化に戸惑った。
何気ない話をつらつらと続けるヒロを横目に見ながら、ヒロの隣が心地良いとも思い始めてる。
再会したばかりのときは、あんなにヒロとの関係は元に戻せないと思ってたのに…
でも…、やっぱりヒロとはこういう感じが一番落ち着く…
私はこうして並んで歩いて他愛ない話をしていることが昔のようで、ふと昔のことを思い返した。
中学一年のちょうど同じぐらいの季節の頃、日課のようにヒロと一緒に登校していたら、元樹とその仲間達(皆同じ小学校出身メンバー)に冷やかされた。
そう、あのヒロが私を突き飛ばしたあのときのように…
このときのヒロは元樹たちの事をそこまで相手にもしなくて、「バカじゃねぇの?」と軽くあしらってから私と手を繋いで学校まで急いだ。
私はその道中ヒロの背中を見つめて、手を引いてくれる存在に今と同じ気持ちになっていたと思い出した。
ヒロの傍は安心感があって、いつも私の心をあったかくしてくれる
こういうところは昔と変わってないと確認して、私は放された手を自分から繋いでみた。
するとヒロは不自然に話をやめて一瞬固まってしまった。
「……な…、ナツ…。えっと…、どうかした?」
ヒロはかなり戸惑っているのか目線だけ私に向けてきて、私は手を繋いだままやっぱりこの前ほど嫌な気持ちにならないと分かった。
「ヒロ…。この間は気持ち悪いとか言ってごめん。」
「は!?!?」
ヒロは私が謝罪したことに目を剥いて驚いていて、私はヒロにこんなに驚かれるほど辛辣な態度をとっていたんだと反省した。
「今思うとひどいこと言ったな…と思って…、環境が変わっても私たちなら昔みたいにできるよね…?」
「昔みたいって?」
「だから…、こうやって手を繋いでても私とヒロは昔と同じってことだよ。周りで恋愛してる男女とは違うもんね?」
私が昔と変わらない安心感に穏やかな気持ちで言ったら、ヒロは「うぅん。」と変な返事をしたあとに微妙に肩を落としてしまった。
私はそれが気になって「ヒロ?」と声をかけたら、背後から「菜摘っ!!」と明るい声で呼ばれ、ヒロが繋いでいた手を振り払った。
「おはよ。菜摘。」
後ろから声をかけてきたのは明日香で、明日香は私の肩を叩いてから横に並ぶとヒロに気づいてヒロにも声をかけた。
「花崎君もおはよ。」
「……、はよ。」
ヒロは明日香を全く見ずに挨拶しながら、さっきと同様微妙に肩を落として落ち込んでいるように見えて、私はヒロが気がかりで明日香に挨拶も返さなかった。
すると明日香が私と腕を組んできて、楽しそうに笑い出す。
「仲良く二人で登校とか、昔みたいだね。やっぱり菜摘と花崎君はそうでなくっちゃ。」
「そうかな?」
私はここではっと明日香からヒロを好きだと打ち明けられてたことを思い出して、笑っている明日香を見ながら自分の立ち位置に迷いが生じた。
これ私、どう見てもお邪魔虫だよね!?
友達ならヒロと二人にしてあげるべきところで…、仲良く三人並んでるなんて協力の『き』の字もない!!
私はどう理由をつけて二人から離れるか考え込んでいたら、ヒロがとんでもないことを口にした。
「そう思うなら、二人にしてくれよ。久しぶりの幼馴染水入らず登校なんだからさ。」
「へっ!?」
「言うね~。まぁ、そう言われるだろうとは思ってたけど。それじゃ、先に行きますよ。お邪魔しました~。」
「えぇっ!?あ、明日香!?」
明日香は何の後腐れもない様子で、軽やかに手を振ると小走りで先に行ってしまった。
私は明日香を引き留めようとした手だけ前に出していて、小さくなる明日香の背中を見つめながら、明日香のあっさりとした態度に疑問ばかりが浮かんでくる。
え!?
明日香、ヒロのこと好きなんだよね!?
好きならヒロと一緒に学校行きたいとか思うんじゃ…
明日香は私がヒロと一緒に登校してても何も思わないの!?
私は私の知る女子の嫉妬というものが、明日香から感じられず不思議で仕方ない。
あれぇ??
私が首を傾げて顔をしかめていると、横からヒロが軽く頬をつねってきた。
「まーた変なこと考えてただろ。」
「へ!?変なことって!?」
「明日香の事だよ。昨日もあんだけ言ったっつーのに、気にし過ぎなんだよ。ナツは自分のことだけ考えてればいいの。」
「自分のことだけって…。」
私が明日香から打ち明けられた告白を無視することなんてできずに、自分の役割に迷っていたら、ヒロは私の手首辺りを掴んで引っ張ってきた。
「ナツはごちゃごちゃ難しく考え過ぎ。まずは自分が一番、余裕があったら他人のことに目を向けるぐらいでいいんだって。そうしないとまた悩んで、ピリピリイライラしたナツに逆戻りすんぞ?」
「う……。」
ヒロから当たりに当たり散らした少し前の事を言われてしまい、私は言われた通りなだけに納得するしかなかった。
ヒロの言う事…、間違ってないんだよね…
明日香がどうしたいかってことは明日香に聞かなきゃ分からないし…
私が明日香のためだと思って嫌な事を引き受けたとしても、自分が苦しくなるだけで、明日香と良い関係を保つなんてきっと無理だ
まずは自分の気持ちを一番に考える。
そうすると導き出せるのは一つの道だけ。
明日香に…ちゃんと自分の思ってることを伝えなければ…
私はこれが本当に正しいのか自信がなかったけれど、また中学の時のようにはなりたくなかったので勇気を出すことにした。
何も言わないでいるよりは、ずっといいはずだ
私が大きく息を吸ってごちゃごちゃ考えていたことを一旦置いておくと、横で優しく笑っているヒロの顔が視界に入ってきた。
その顔がやけに自信あり気で、私は今考えていた事を見透かされてそうで少し顔が熱くなったのだった。
ナツの気持ちの変化が続きます。




