14、電車にて
前半がナツ視点で、後半がヒロ視点になります。
ヒロと仲直りした次の日――――
ヒロは私が家を出る時間ちょうどにやって来て、私はあまりにもぴったりなことに驚いた。
「ヒロ、エスパーみたいで怖いんだけど。」
「は?窓から支度してるのが見えたから来ただけだけど。」
窓って…
私はカーテンが開けっ放しだったことを思い出して、まさか着替えを見られてないかとヒロを疑いの目で見つめた。
ヒロはそれだけで思ってることが分かったのか、「たまたま見えただけだからな!覗いてねぇよ!!」と訴えてくる。
まぁ証拠ないわけだし、今は信じておこうかな…
私はとりあえずヒロの背を押すと「分かったよ。」と言って家を出る。
そうして二人並んで駅に向かって歩き出すと、ヒロが上機嫌で他愛のないことを話し始める。
私はそれに適当に返しながら、ヒロがニコニコしているのが不思議で仕方なかった。
昨日まであんなにピリピリしてたのに…
急にニコニコされると怖いな…
でも昔はこんな感じだったっけ…?
ヒロって元々怒りっぽくないもんね…
私は怪しむのも上機嫌なヒロに悪いので、見たままのヒロを受け入れることにした。
そうすると普通に笑って話せて、私はヒロとの間にあった壁なんてないように感じたのだった。
これがヒロが言ってた悩みを吹き飛ばすことに繋がるのかな…?
**~~~~**
ナツが俺を見て普通に笑ってる。
俺はたったそれだけのことが嬉しくて、緩んだ顔が元に戻らない。
まぁ緩んだ顔は昨日からずっとなわけだけど…
昨日、ナツの泣いた理由が俺と明日香の仲への嫉妬だと聞いて、内心信じられなかった。
ナツは気づいてないけど、確実に俺に特別な気持ちを持ってる。
あの場でこれは俺への好意からくるものだと教えても良かったんだけど、恋愛を自分から切り離してしまっているナツにそれは逆効果だと考え、ああいう言い方をした。
ナツは自分で結論を出そうと考えて苦しんでいた。
なら自分で答えを見つけてもらうのが一番だ。
俺は一緒にいられるなら、長期戦でも全然構わないんだから、
こうなりゃナツに嫌がられないよう、慎重に俺の存在価値を刷り込んで、『好き』だという結論を導き出してもらう。
ナツだって、いつまでも自分と恋愛を結びつけないわけはないだろう…
それを一番近くで見守って、変な方向へ解釈しないようにしなければ。
俺はナツの笑顔を傍で見ながら、しっかりと胸に刻み込んだ。
そうしてフワフワと幸せな気分で駅まで一緒にやってくると、改札を通ったところで元樹の後ろ姿を発見してしまった。
俺はナツと二人だけの時間を邪魔されたくなくて、ナツの手を掴むと元樹が見えた反対側の階段に向かった。
「ヒロ?どこ行くの?」
「今日はこっちから乗ろ。」
元樹に見られてた可能性もあるので、念のためスーツ姿の大人たちに紛れながらホームに降り立つと、ちょうど電車が来たので流れのまま混み合った車内に足を踏み入れた。
これ…結構きついな…
スーツの大人たちに囲まれて乗り込んだせいか周囲がギュウギュウ詰めだったので、ナツだけでも守ろうとなんとか反対側の扉のポールまで手を伸ばした。
そしてポールを掴むとナツの手を引き寄せ、ほんの少しの居場所を確保した。
「ふぅ…、なんとかなった…。」
俺が背後に大人たちの圧を感じながらため息をつくと、ナツが俺のすぐ前で顔をしかめた。
「こっち側の車両はいっつも混んでるんだよ?なんでわざわざこの車両に…。」
「あー…、そうなのか?知らなかったよ。」
俺は電車の混み具合なんて考えず好きな車両に乗っていたので、ナツがわざわざ空いている車両に好んで乗っていたことを初めて知った。
「悪い。空いてる車両の方が良かったよな?」
「……、もう乗っちゃったから別にいいけど…。」
俺が素直に謝るとナツは少し驚いたように目を見開いてから顔を背けてしまい、いつもより大人しい姿に疑問が過った。
以前までなら文句をつらつらと言われたはずだ。
それなのに今日は態度も寛容で、どこか昔に近い空気を感じる。
これは…、俺の事ちゃんと見ようとし始めてくれた態度だって捉えていいんだよな?
ナツが俺との関係を考えて、前向きに頑張ってくれてる証拠だ。
俺はそれを感じて嬉しくて、つい顔が緩んで手で口元を隠した。
するとそこで急に電車が大きく横揺れして、大人たちに押されながらバランスを崩しかけたナツを支えた。
「ナツ、大丈夫か?」
「う、うん。」
「危ないから俺を掴んでてくれていいよ。」
「分かった。」
俺がナツの背を支えたままで言うと、ナツは素直に頷いて俺の制服のシャツをギュッと掴んできて、思わずそれにキュンとしてしまった。
やっべ、超可愛いんだけど!!!
俺はナツに掴まれてるお腹の辺りがムズムズしてきて、ちょっとした欲が顔を出した。
ナツに一歩近づくと、背中を支えてる手に少し力を入れて自分の方へ引き寄せる。
そうするとナツの頭が俺の顔のすぐ下にきて、触れるか触れないかの距離間にすごく胸が高鳴る。
ナツ、すげーいい匂いする…
昔から思ってたけど、ナツってちょっと甘い感じの匂いするよなぁ…
俺、この匂い大好きだ…
つーか、ナツのこと自体が大好きなんだけど…
俺はニヤつく頬を堪えて、ふとナツはこの状況をどう思ってるのか気になった。
なんとかナツの顔を覗き込もうと首を動かしていたら、ナツが俺の胸に顔をくっつけてきて身体に電流が走ったかのように痺れた。
!??!!?
ナツはスンスンと匂いを嗅ぎ始めると、不満気に口を開く。
「ヒロ、何かつけてる?」
「は!?」
俺は胸のドキドキが限界で声が裏返って、息も上手くできない。
「香水か何かつけてる?」
「こ、香水!?そんなもん俺が持ってるわけねーだろ!?」
「そっか。」
ナツはどこか納得いかない顔で離れてくれる。
俺はそれに残念な気持ちとほっとした気持ち両方の気持ちに挟まれながら、訊き返した。
「俺、もしかしてなんか臭い?」
「ううん。そうじゃなくて、何か良い匂いするなぁと思って。」
「良い匂い?それって洗剤の匂いじゃねぇの?」
俺は昨日も洗濯する際、適当に洗剤を洗濯機にぶち込んだことを思い出して答えた。
でもナツはキュッと眉間に皺を寄せて、今度は俺の首の辺りに顔を近づけてくる。
!?!?!
ちょっ!!!近い!!!!!
俺はナツの顔が目の前に迫ってることに息を止めて堪える。
「違うと思う。服じゃなくてヒロからする感じだから…。」
「へ、へぇ…?」
俺は今すぐに顔を離して欲しくて目線を斜め上に向けて相槌を打つと、ナツがビックリすることを呟いて離れた。
「なんかこの匂い好きなんだよね…。」
!?!?!好き!?!?
俺はまるで自分が好きと言われた気分で、ぐわっと顔が熱くなった。
ナツは自分が何を言ったのか深く考えず口にした感じで、まだ少し俺の匂いを嗅いでるような仕草をする。
~~~~~っ!!!性質わりぃ!!!
普通こういうこと軽々口にするか!?
俺は自分だけがナツにドキドキして振り回されてる気分で、鈍感なナツにイラッとした。
こういうとこだよな!!
こういうとこが元樹にだって誤解を与えんだよ!!
俺はナツが純粋な男心を知らずに弄んでいることに、ちゃんと分かるように言っておかないと…と注意することにした。
「ナツ、あのさ―――」
「うん?何??」
ナツが俺のすぐ下から上目遣いで見上げてきて、きょとんとした無垢な顔に息がつまり何も言えなくなる。
~~~っ!!!!
くそっ!!!
「…また揺れるかもしれねーから、もっと俺を支えにしてくれていいからな。」
俺は言いたかったことと全く違うことを口にしてしまって、惚れた弱みから言えなかったことに自分を呪った。
俺のバカ!!!
「ふふっ、今日はなんだか優しいね。ありがと、ヒロ。」
ナツは嬉しそうに小さく笑うと、シャツを持ち直してから俺に近寄ってきて、俺は頼りにされてることに嬉しくて仕方なかった。
やっぱりナツには俺の隣で笑っていて欲しい
俺はずっとナツにドキドキしながら、笑顔を向けられるようになった現状に満足で注意を先送りにしてしまったのだった。




