１２、余計にこじれる

「花崎君、ごめん。」

寄り道の途中、横に並んで歩いていた明日香が謝罪してきた。

「今回ばっかりは私の作戦ミスだわ…。本当、ごめん。足引っ張っちゃった…。」

「作戦って…、一体何の話だよ？」

俺は作戦とやらに心当たりがなくて首を傾げていたら、明日香が前を歩くナツと元樹を見て言った。

「菜摘の心揺さぶるつもりで、ちょっとかまかけてみたんだよね…。それが今回裏目に出たっていうか…。こうなるとは思ってなくて…。」

「かまかける…？ナツに？何言ったんだよ？」

「あー…、それはー…。」

明日香は言いにくそうに顔を背けると、ちらっと目だけを俺に向けてくる。

そして驚くことを口にする。

「…私が、花崎君のことを好きになったって…言っちゃって…。」

「………、は！？！？！」

俺は予想外の話に大きく吹きだしかけたけど、前にナツと元樹がいる状況になんとか堪えた。

明日香は手を合わせると再度「ごめん！」と謝ってくる。

「私もこんな反応されるなんて予想外だったの！ここの所の菜摘を見てて、あと一押しで花崎君が好きだって気づくと思ったんだけど…。予想に反して逆をいっちゃったっていうか…。想像以上に鈍感だったというか…。」

明日香が申し訳なさそうに目を逸らして言い訳を並べ立てていて、俺はそれを見て顔が引きつりながら前を歩くナツに目を移した。

ナツは元樹と楽しそうに話をしながら、こっちに振り返る様子もない。

その姿から俺への関心度の低さを感じ取って、明日香に抗議を開始した。

「そういう策は、俺とナツの距離がもっと近くなってからやってくれよ！！思いっきり策に溺れてるじゃねぇか！！」

「だから謝ってるでしょ！？私の話聞いてた！？」

「聞いてたから言ってんだろ！？文句の一つも言わせろよ！！」

「何よ！！こっちは色々考えて協力してあげてるっていうのに！！花崎君は心が狭い！！」

「はぁぁぁあ！？！？狭いとか明日香に言われたくねーよっ！！！」

俺が頭にきて明日香と言い争っていると、いつの間にか声の音量が大きくなっていたのか、ナツと元樹がこっちを振り返っていた。

「お前ら…、見ねー間にえらく仲良くなってんな…。」

「「は！？」」

元樹が感心したように言って、俺と明日香は二人して素っ頓狂な声を上げる。

「だってまるでカップルの痴話喧嘩だったぞ？何の話かはわかんねぇけど。」

「カッ！？！？ちっげぇよ！！」

俺はカップルなんて単語をナツに聞かれたくなくて、すぐ否定するけど、元樹の追い討ちは止まらない。

「知ってるけどさ。明日香が男とそんな声荒げるとか見た事ねぇし、よっぽどお前と気が合うんだよ。そういう奴、貴重だぜ？俺と菜摘みたいにさ。な、菜摘？」

「え――――、あ、……うん…。」

元樹に同意を求められたナツが微妙な顔をして頷いていて、俺はナツの反応に少なからずショックを受けた。

俺はなんとか二人の思い込みを解こうと、明日香にも否定してもらおうと明日香の顔を見たら、明日香が何かを堪えるような表情をしていて驚いた。

でもその表情は俺の視線に気づいた明日香がすぐに取り去ってしまい、幻のように消えてしまった。

そして明日香はいつものように笑顔を浮かべ、対抗するように口を開く。

「気が合うかどうかは置いておいて、花崎君と話すのは楽しいかな。菜摘も小泉君とはその程度でしょ？」

「え？あ、……そう…かな？？」

「は！？その程度ってなんだ！？俺と菜摘の固い絆は誰にも引けを取らねーよ！！」

「またまた、思い込みが強いよね。小泉君は。」

「思い込みじゃねーし！！！」

困惑し始めるナツと怒りながら反論する元樹の間で、明日香はいつものようにどこか掴めない笑顔を浮かべ続けていて、俺は明日香の徹底した仮面に感心した。

こうも上手く元樹を手玉に取れるもんだ…

俺には絶対できない芸当だな

明日香は俺の感心した目に気づいたのか、俺を見ると何か言えと鋭い目で訴えてくる。

俺はそんな咄嗟の機転ができない人間なので、とりあえず思いついたことを口にする。

「俺と明日香というより、元樹と明日香の方が似合ってるよな。どこか空気似てるし。」

「あぁ！？それは俺と菜摘の仲を裂こうって企みか！？」

「は！？なんでそうなるんだよ。思ったまんまを言っただけだっつの！」

「思ったまんまだとー！？」

「もうそういう話はいいよ！さっさとお店行こう？」

俺と元樹の間に不穏な空気が漂ったのを感じてか、ナツが元樹の腕を引っ張り歩き出して、俺はナツの手に目が釘付けになった。

元樹はまだ何か言いたそうだったけど、微妙に勝ち誇ったような笑みを浮かべていてカチンときた。

くそ…

なんで元樹に負けた気になってんだ…

俺が距離の近い二人を見るのが嫌で顔を背けると、明日香がどこか嬉しそうに微笑んでいるのが目に入った。

「求めてたものとは違ったけど…、さっきのなかなか良かったよ？」

「へ？良かったって…、ナツには何も意味のないことだったような…。」

「そうだけど、……前に比べたらちょっと前進してるよ！いつもと切り口が違って良かったってこと！！」

「はぁ…、そうか？？」

俺は褒められる意味が分からなくて目を何度も瞬いていたら、明日香に腕を掴まれた。

「さ、本番はここから！！一緒にがんばろ！！ね！！」

「お、おう…。」

明日香はやる気満々といった様子で俺を引っ張りながら歩き出して、俺はここまで積極的に協力してくれる明日香に不思議で仕方なかったのだった。

＊＊＊

それから俺たちは不服ながらも２対２の状況のまま、微妙な距離で駅近くまでやってきた。

俺は小声で明日香に色々助言を受けながら元樹の案内に続いていたら、元樹がある店の前で足を止めた。

そこは『オープン！！』というのぼりの立つ、新しくできたアイスクリーム屋で、結構な人がガラスのウィンドウ越しに見えた。

「この間、ここの割引チケットもらったんだよ。オープンしたてで配ってたみたいでさ、甘党な菜摘にぴったりだと思ってさ。」

元樹がヒラヒラと割引チケットを手にドヤ顔し始めたとき、ナツの目が輝き、俺には見せない満面の笑みが浮かび上がった。

「ちょうどアイス食べたいなって思ってたんだ！！元樹、ありがとっ！！」

「へへっ！！だろ！？ナイスだろ、俺！！」

「うん！！ナイス、元樹！！」

「ははははっ！！もっと褒め称えてくれよ！そんで、なんなら付き合うか！？」

は！？！？！

「あははっ、それはない。さっさと入ろ！」

元樹の本気混じりの流れ告白をサラッとスルーしたナツは、余程アイスが食べたかったのか真っ先に店に入って行ってしまった。

元樹はスルーされ慣れているのか断られたあとの微妙な顔は一瞬で、すぐナツの後を追いかけていった。

俺は二人の阿吽の呼吸のやり取りと、なんとも例えようのない二人だけの空気感に口を挟めず、敗北感だかが自分の上に積み重なっていくようで気分が沈んだ。

すると俺の心境を察したのか、明日香が俺の背を叩いて明るく言った。

「これぐらいのことで凹まない！まだまだこれからでしょ！？」

明日香は俺の腕をグイグイと引っ張ってくると店内に足を進めて、俺は引きずられるようについていった。

そうして店内でも仲の良い二人を目にして、すぐにでも帰りたい気持ちを堪えながら、順番を待って適当にアイスを購入する。

その間、横で明日香が小声で必死に「いつもあんな感じだから！」とフォローしてくれてた気がするけど、俺は現実だと認識したくなくて生返事しか返せなかった。

そしてアイスを手に近くの公園までやってきた俺たちは、休憩スペースのL型のベンチに腰掛けた。

その座り方も自然と２、２で分かれてしまったわけだけど…

「菜摘の一口味見させてくれよ！！」

！？！？

しばらく他愛ない会話をしながらそれぞれアイスを口にしていたら、元樹がアイスのカップ片手に図々しいことを口にして、その厚かましさに目を剥いた。

誰がてめえなんかに味見させるか！！

断れ、ナツ！！！

俺が睨むような視線でナツに訴えていたのだけど、ナツは平然と「いいよ～。」と元樹に自分のアイスを差し出している。

俺はその光景に信じられなくて、頭が痛くなってくる。

そりゃ、俺とはよくなんでも一口って言って交換してたけど

ただのクラスメイトの元樹にまでそれをやるか！？

仮にも俺ら高校生だぞ！？

あり得ねぇ！！！！！

俺は今にも口から飛び出そうな文句を歯を食いしばって我慢していたら、横から明日香が肩を叩いてきた。

「じゃあ、私は花崎君の味見させて？私のもあげるから。」

「はぁ？」

俺は明日香の何を考えてるか分からない顔を見ながら、こいつもか…と思ったのだけど、今までのことからこれは何かの作戦かと察した。

だから言われた通りに自分のアイスを差し出す。

「ん。」

「ありがと。」

明日香は俺のバニラアイスと交換するなり、「シンプルで美味しいね。」と律儀に感想まで言ってくれ、俺も無難に返す。

「イチゴも悪くねーよ。甘いのそんなに得意じゃねーけどイケる。」

「そう？それなら良かった。」

明日香はほっとしたように笑顔を見せて、その姿からもしかすると気を逸らせてくれたのかもしれないことに気づいた。

だから感謝の意味もこめて「サンキュ。」とアイスのカップを返すと、笑顔を作った。

そのとき元樹の驚いた声が耳に入ってくる。

「な、菜摘！？」

俺はその声にナツに目を戻すと、ナツが呆けたような顔で涙を流していて心臓がビクついた。

ナツは俺たちの視線に気づくなり気まずそうに涙を拭って立ち上がる。

「ご、ごめん。先に帰る。」

ナツはそれだけ口にすると逃げるように走り去ってしまって、元樹が慌てて追いかけていく。

俺はそれを呆然と見送り、何が起きたのか全く理解できなかった。

すると横で明日香が小さく笑い出す。

「ふふっ。今度は上手くいったかも。」

「は？？」

明日香は一人楽しそうで、俺は何の事か説明してほしくて明日香を見つめた。

明日香はそんな俺を見てまた笑うと、コホンと偉そうに咳をしてから言った。

「今は私の憶測だから言わないでおくけど、とりあえず家に帰ったら菜摘と話してくれる？」

「話す？って、それも作戦の何かなのか？」

「う～ん…、作戦というか…、昔の花崎君だったらそうするかな？って思って。」

「は？」

明日香の言いたい事が更に分からなくなり、頭にクエスチョンマークが飛び回る。

「とにかく。帰ったら、菜摘に泣いた理由聞いてみて？きっと今の菜摘なら教えてくれるよ。」

「はぁ…。」

俺は本当に教えてくれるのか疑わしくて顔をしかめていたら、明日香に力強く背を叩かれた。

「大丈夫！！きっと良い方向に転がるはずだから！」

ホントかよ…？

俺はまさに今こじれにこじれまくってる気がしてならなかったので、明日香の自信溢れる姿に不安しかなかったのだった。