11、この気持ちは・・・
「私ってすごく嫌な女だ…。」
私はヒロを置き去りにして教室に戻ってきてから、自分のした所業に深く反省していた。
私の独り言のような呟きに、明日香がきょとんと聞き返してくる。
「菜摘…、一体何したの?」
「……何ってわけじゃないんだけど…。なんか…今、自分の心の中がすごい荒んでて…。もう自分の口を何かでガッチリ塞ぎたい気分…。」
私は一方的にヒロに苛立ちケンカ腰で言葉を投げつけたことを思い返して、どうしてあんなことを口にしたのかと自分で自分が分からなかった。
ヒロの不満気な顔を見ていたら、急にムカッとしてきて…
ヒロの隣にいるのは自分じゃないと思って、ついあんなことを…
明日香のことはなんとも思ってないって言ってたのに、話を蒸し返すとか…
ホント最低…
私はヒロとしばらく離れて、自分が落ち着くのを待った方がいいかと思い始めていたら、明日香の口から思わぬ言葉が飛び出してきた。
「何があったか分からないけど、花崎君にも悪いところがあったんじゃない?ちょっと腹が立つ言い方するときあるから、菜摘が素直になれないのも仕方ないのかも。」
「……そう…かな?」
明日香のヒロをよく分かってるというような言い方に、私はまた色んな感情に苛まれて嫌な気持ちになる。
明日香はそんな私の気も知らず、楽しそうに笑いながら続ける。
「そこまで花崎君のこと知ってるわけじゃないけど、菜摘見てれば分かるよ。浮き沈みが激しい菜摘なんてすごく新鮮。」
「………私、そんなに顔に出てる?」
「うん。珍しく分かりやすいぐらい乱れてるよね。よっぽど幼馴染は特別なんだ?」
「え!?いやっ、ヒロのせいとか…っ!!特別とかじゃないから!」
私は『特別』という単語に無駄に心臓がビクついて、たどたどしく返すと、明日香は目を細めて「どうだか。」と信じてない顔をする。
明日香の目に私はどう映ってるのか分からないけど、明日香の態度からはヒロへの好意は感じない。
それに少し安堵して落ち着きを取り戻すと、明日香がお昼ご飯を取り出しながら言った。
「菜摘はさ、ぶっちゃけ花崎君のことどう思ってるの?」
「へ!?どうって…。」
「ただの幼馴染だったら、菜摘はそこまで乱れたりしないんじゃないかな~と思って。少なくとも花崎君は菜摘にとって幼馴染以上でしょ?」
「おっ…!?」
幼馴染以上!?
明日香のまるでヒロのことが好きだと言いたげな質問に、私は変にドキドキしながら大きく横に首を振った。
「それはない!!ヒロは、ただの幼馴染でそれ以上も以下もないよ。今になって好きとか…絶対あり得ない。」
「ふ~ん…。」
明日香は私の必死の否定にふふっと可愛く笑うと、驚くことを口にした。
「じゃあ、私が花崎君のこと好きになったって言ったら、協力してくれる?」
「へ……――――」
明日香が……ヒロを好き…?
「―――――えぇっ!?!?!」
私はずっと明日香を疑ってモヤモヤしていたことを、あっさりと打ち明けられて面食らった。
どう返すのが正解なのか分からなくて、頭の中がグルグルと目が回りそうになる。
「あははっ!驚いてる。そんなに意外だった?」
「えっ!?だ、だって…、あ、明日香…、ホントに??」
私は明日香の本当の真意が知りたくて、まっすぐ明日香を見つめて再確認した。
明日香は少し考える素振りをしてから、どこか読めない笑顔で頷く。
「―――まぁ、そういうことで。」
「そ……、そ、そっか…。そうなんだ…。」
こ、こういうとき友達ならどう言えば正解なんだろう…
私は固い作り笑顔を向けるしかなくて、次の言葉が出てこないことに焦った。
明日香は心の内の読めない笑顔を浮かべ続けていて、だんだん私の顔が引きつってくる。
明日香がヒロを好き…
私がそれに協力する…??
どうしよう…
予想していたことがいざ本当のことだと分かったら、どうすればいいのか…
自分の気持ちが全く分からない…
私が困り果てて苦しくなってきていたら、明日香が私の肩を軽く叩いてから言った。
「あんまり深く考えないで?協力してほしいなんて、本気で言ったわけじゃないから。私は私で頑張るから、ただいつもみたいに応援してくれるだけでいいの。ね?」
私は明日香の軽い口調に、今まで何度となく受けた報告の一貫なんだと理解した。
言葉の通り、明日香はいつもみたいに自分で努力して、それを叶えてしまうんだろう…
私は明日香とヒロが付き合う未来はそう遠くないと感じて、なぜか胸の奥が抉られるように疼いた。
なに…、これ…
私はズクズクと鈍い痛みを訴える胸を押さえて、この感覚に覚えがある気がして顔を歪めた。
「菜摘??」
私が自分の分からない感覚に考え込んでいたら、明日香の心配そうな声が耳に入って、慌てて顔を上げた。
「あ、ごめん…。応援、するよ。ヒロ…、意地悪だけど…なんだかんだ優しいから…。明日香ならきっと上手くいくよ。」
「…………、そっか。菜摘お墨付きなら心強いね。さ、恋バナはこれぐらいでお昼食べよ!」
「………うん。」
明日香はどこか心配そうな表情のまま話題を変えてきて、私が複雑な気持ちを抱えてることを見透かされたのかとドキッとした。
そのあとは当り障りのない話はするものの、微妙に気まずい空気が流れて、私は息苦しい状況に逃げ出したくて仕方なかったのだった。
***
ヒロは幼い頃からの幼馴染の男の子で、昔は兄弟みたいに仲が良くて常に一緒にいた。
だから、ずっと一緒にいられるって本気で思ってた。
それがあの日、私はただの幼馴染で、ヒロは私以外の女の子に好意を寄せるただの男の子なんだと、夢から覚めるように衝撃を受けた。
ヒロは私とずっと一緒にいる気なんかなかった。
特別で一番なのは、好意を寄せる女子で…
私はその次に仲が良いだけの幼馴染。
それはヒロが戻ってきた今も変わらなくて…
ヒロが明日香を好きで、明日香もヒロが好きなら、私は二人の間を取り持つのが正解なんだと思う。
自分のこのモヤモヤする気持ちがなんなのか分からないけど、明日香とヒロが付き合うのが一番なんだ。
私は変に八つ当たりしてしまった謝罪の意味も込めて、ヒロと明日香を引き合わせようと、放課後ヒロを呼び止めた。
「ヒロ!ちょっといい?」
ヒロは驚いたように少し目を見開くと、顔をむずつかせながら「何?」とこっちにやって来てくれる。
私はそれを見て傍にいた明日香の腕を掴むと、ヒロの前に押し出した。
「ヒロ、明日香のこと送ってあげてくれないかな?」
「は?」
「な、菜摘?」
怒ったように顔を歪めるヒロと、困惑気味の明日香を交互に見ると、二人にさせる口実を考えた。
「明日香、すごくモテるからストーカーの被害にもあってるんだよね。ヒロ、男だったらこれは守ってあげなきゃって思うでしょ!?」
「…………、なんで俺が…。そんなの俺じゃなくても――――」
「いいから!!こういうとき頼れるのヒロだけなんだよね。いいでしょ?」
「……っ!!!」
私が手を合わせてお願いすると、ヒロは何も言い返せないのか、口をわなわなと震わせてから諦めたように項垂れた。
「わーったよ!!」
「やった!!良かったね、明日香!!」
「え、あ、…うん。」
明日香はちらっと横目でヒロを見てから、微妙な表情で頷く。
私は上手く協力できたことに大満足で、二人を見て笑みを浮かべていたら、すぐ横に元樹がやってきた。
「じゃ、菜摘は俺と帰ろうぜ?良い店見つけたんだよなぁ!!」
「良い店?寄り道するの?」
「おう!!菜摘ぜってー気に入ると思う!」
「へぇ…、じゃあ寄って帰ろっか。」
私と元樹は寄り道することで話がまとまりかけていたら、急に明日香が大きな声で仲裁してきた。
「あーーっ!!二人だけ寄り道とかずるいな~。ねぇ、花崎君!」
「え、あ、そ、そうだよ!!その良い店っての二人だけで行くとかずるいぞ!!」
「え、二人も行きたいの?」
私はてっきり二人で帰ることの方が良いだろうと思ってたので、一緒に行きたいとは思わず驚いた。
二人は「行きたいに決まってる!!」と声を揃えてきて、元樹がブスッと顔をしかめるのが目に入った。
「じゃあ…、お店までは4人で行こっか?」
「うん!!そうしよう!」
「そう!!それがいい!!」
「えぇ~…。」
乗り気な明日香とヒロに、正反対の反応を見せる元樹。
私は上手く協力して二人っきりにさせてあげようと考えながら、元樹の相手をしながらそんな高度なテクニックが実践できるのか不安になったのだった。




