10、俺の
少し時間軸が戻り、ヒロ視点です。
「花崎君、全っ然分かってない!!」
菜摘と引き離されてやって来た中庭で、俺はナツの友人である四宮明日香に叱咤を受けていた。
「分かってないって…、あれはナツがクラスメイトにヘラヘラ笑いかけてるから―――」
「あれは菜摘の普通だから!!それに嫉妬して一方的に八つ当たりしたら菜摘との仲が拗れるだけだよ!?それ本当に分かってる!?」
明日香は目を吊り上げながら俺を睨んできて、俺は以前も聞いた忠告に顔をしかめる。
「分かってるよ。ただの嫉妬だってのは自分が一番よく分かってる。でもダメなことはダメだって言ってやらないと―――」
「それがやっちゃダメなことなんだって!!菜摘は意地っ張りで頑固なんだから、真っ向から否定しにいくとかタブーもいいとこだから!幼馴染だったならよく分かってるでしょ!?」
明日香は俺の言い訳を遮るように食らいついてきて、その迫力に少し圧される。
「菜摘と幼馴染以上の関係に戻りたいなら、私の言った事ちゃんと守って!!これ以上菜摘に嫌われてもいいの!?」
グサッ!!!
『嫌われる』という単語が俺の心にブッスリと刺さり、何も反論できずに口を噤む。
明日香はそんな俺の気持ちも知らず、家に来た時と同じように耳に痛いことばかり続ける。
「向こうで何があったか知らないけど、俺様キャラなんて菜摘には逆効果だから。菜摘に好かれたいなら小泉君みたいに正直に、まっすぐ菜摘を見て優しく接して。じゃなきゃ一生ただの隣の家の人だよ!?」
ただの隣の家の人!?
俺はもはや幼馴染ですらない明日香の言い方に、周囲から見たらそこまでナツと距離があるのかと泣きたくなってくる。
「菜摘の周囲に嫉妬するのはよく分かるよ?菜摘、超鈍感で天然入ってるから男ウケいいもんね。」
「だろ!?ナツにも非はあるよな!?」
どん底に沈みかけた気持ちを浮上させるワードに、俺がつい食いついてしまったら明日香が飽きれた様にため息をついた。
「……非があるとかじゃなくて、嫉妬して菜摘に当たるなって言ってるの。菜摘怒らせて悪循環に陥ってるの分かってる!?」
自分でも痛いほど分かってる事実に、俺は言い訳もできず「わーってるよ。」とだけ返す。
すると明日香がやっとほっとしたように眉間の皺を和らげた。
「じゃあ、教室に戻ったら一番に菜摘に優しく声かけて。」
「は!?何で!?」
「何でもいいから!!さっきは悪かったって謝ってもいいし、何か手伝ってあげるでもいい。何か菜摘と二人で話をして!そうじゃないと関係が拗れるばっかりだよ!?」
「そっ―――!!」
その通りだ
俺は現状をそのまま正面から突き付けられたことに二の句が次げず、グッと言葉を飲み込んでからもう反論するのを諦めた。
「分かったよ。俺だってナツとこのままとか…何のために帰ってきたのか分かんねぇし…。」
「そうでしょ?最初からそう素直になってよ。変に疲れる。」
明日香は言葉の通り本当に疲れたようで大きくため息をついている。
俺はそんな明日香を見て、前回のお宅訪問といい、どうして俺とナツのためにそこまでしてくれるのか気になった。
「なんで疲れるって言いながら、俺にアドバイスするわけ?なんか裏でもあんのか??」
明日香は多くの男子を魅了するだろうパッチリ二重の目を細めると、胸を張って堂々と言った。
「女子なんだから裏あるに決まってるでしょ。私はピュアな菜摘とは違うの。」
「マジかよ。それお前のファンの男子が知ったら泣くぞ?」
俺は裏の顔とやらを隠すこともなく晒す明日香の姿に、俺には隠すつもりがないのかと鼻で笑ってしまった。
明日香は少しムッとしながら言う。
「ご心配なく。花崎君と違って上手くやってますから。――――それよりもこれだけアドバイスしてるんだから、ちゃんと菜摘の気持ち振り向かせてよね!!」
「分かってるっつーの。しつこいやつだな。」
「一言多い!!そういう所が菜摘を怒らせるのよ!!私のためにも、余計な事は絶対口にしちゃダメだからね!?」
明日香は俺をビシッと指さしてくるとクルッと背を向け、教室へと歩いていく。
俺は『私のため』というフレーズが気になったが、また一言多いとかグチグチ言われるのが嫌だったため黙ってその背に続いた。
そうしてナツにどうやって声をかけようかと理由を考えたのだった。
~~~~~~~~**
俺とナツは物心つく前からずっと一緒だった。
そのはじまりはウチの両親とナツの両親がこっちへ引っ越してきたタイミングが同じだったこと。
そして同じ年の子供ができたことで意気投合し、昔からの友達のように仲良くなったこと。
俺はその奇跡のような両親の出会いに今では感謝しかない。
両親同士の仲が良くなければ、今の俺とナツの関係はなかっただろう。
ナツに出会えたこと。
これが俺の今までの人生で一番の幸福であり、一番大事な宝物だ。
俺の人生にはナツがいればいい。
それだけ大切に想ってた存在だっただけに、離れる事になったこの4年は地獄のようだった。
ナツが隣にいない――――
ただそれだけの事なんだけど、俺にとっては今まで生きてきて一番の苦痛だった。
何度もナツの顔を思い返しては、届くはずのない想いを唱え続ける毎日…。
『会いたい』
俺はずっと胸の奥で堪え続けた気持ちに、押し潰されそうだった。
あのときのことを考えると、昔とは違う形でも傍にいられるのは嬉しい…
んだけど!!!
俺はこっちに戻ってきてから何度も目にした、ナツと元樹の仲良さげな姿にムカムカしていた。
ナツは心許したような笑顔を元樹に向けていて、昔はそれが自分だったと思うと言い様のない気持ちに苛立ちが止まらない。
ナツの隣にいたのは俺だった
ナツの一番はずっと俺だったんだ!
それなのに離れてた間にそのポジションを元樹に奪われてしまった。
こんなことになるなら、離れる前に自分の気持ちを打ち明けてしまえば良かった。
ナツのことが、誰よりも大好きだと―――――
俺はひどい別れ方をした過去を思い返すと後悔ばかりで、今も思い出すだけで苦しくて泣きたくなってくる。
離れてた間もずっと想ってた
ナツだけが、俺の心をこんなにも占領して放してくれない
俺が動かされるのはナツだけ
ナツだけが俺の特別なんだ
~~~~~~~~~~**
ナツをなんとか誘った昼休み――――――
ナツはまっすぐ俺の所にやってくると、丸い瞳で俺を射抜いてくる。
「?購買行くんでしょ?」
「あ…、おう。」
俺がナツに見惚れてる間にナツは顔をしかめながら先導し出して、俺は慌てて後を追う。
そして隣に並ぶと、チラッとナツの横顔を見て顔が緩んだ。
昔と同じでただ並んで歩いていることが、こんなにも嬉しい…
周囲にたくさんの生徒がいるけど、俺はナツと二人っきりな気分で緩む顔を押さえきれなかった。
そうして表情筋と闘っていたら、ナツが俺の腕を引っ張ってきてドキッと心臓が高鳴った。
「あそこが購買だよ。人気商品はすぐ売り切れちゃうぐらい人多いから、買うなら一人で行ってきて。」
「へ…。」
ナツは細い指を廊下の先の人だかりに向けていて、俺はそこを見て唖然とした。
ナツの言うように戦場のような人だかりに、様々な人の声が重なり合っていて何がなんだか分からない状態だ。
俺はそこに割り込むのが気が引けて、とりあえず少し収まるまで様子を見る事に決めた。
「あー…、ちょっとしてから買いに行くよ。今飛び込んだら揉みくちゃにされるのが目に見えてる。」
「…っふ、だよね。」
ナツは薄く笑みを浮かべていて、俺がそれに目が釘付けになっていたら、一緒に待っててくれるのか廊下の端に寄って壁にもたれかかった。
俺はそれにちゃんと話すチャンスだと察して、ナツの隣に同じように壁にもたれかかると、明日香の助言を胸に口を開いた。
「ナツ…、その…さっきはイライラしてて…怒鳴ってごめんな?」
「……―――――なんでイライラしてたの?」
俺の謝罪を聞いたナツが笑顔を消して真面目な顔で尋ねてきて、俺は本当のことを言うべきか迷った。
元樹や他の男子に嫉妬してイライラしてたとか…
これ言ったら俺がナツのこと好きだって言ってるようなもんだよな…
さすがにここで告るのは―――――
ってあれ?
俺はここで保健室で勢い余って、ナツに「大好きだ」と口にしたことを思い出した。
んん????
俺、告ってる??
ナツと分かり合えた嬉しさの反動で、ずっと想ってたことが口から飛び出した感じだったけど、確かに言ったと今になって気づき、俺は引きつる顔をゆっくりとナツから背ける。
ナツ…、俺の告白どう思ってんだ??
あのときハッキリ口にしたはずだけど…
ナツからはそれに対しての返事はもらってない。
確か会えて良かった的なことしか返ってこなくて…
これ、もしかしなくても俺の告白スルーされてる???
俺は緊張する中、じっとナツを目を移して真意を探ろうとしたら、ナツが少し目を見開いてから気まずそうに顔を背けてしまった。
「わっ…、私に理由話せないならそう言ってよ。どうせ明日香に何か言われて謝っただけで、反省なんかしてないんでしょ。」
「は?」
俺はまた出てきた『明日香』の名前に少しイラッとして、壁に手をついてナツに詰め寄った。
「誰が明日香のこと言ったよ?俺はナツに悪い事したなと思って謝ったんだけど。」
「だ、だって!!口ではごめんって言ってても、ずっと何か納得いかないって顔してる!!そんな状態で説得力ないから!」
俺はナツに指摘されて自分の顔を触ると、そこまで不満を顔に出してたかと考えた。
今、納得いってないのは謝罪じゃなくて、告白スルーのことだ。
俺はそれを問いただしたくて隙を窺うものの、ナツは勘違いしてるようで顔を歪めて苦しそうに吐き出す。
「ここに来るのだって、明日香に頼めばいいでしょ?なんで私なの…。もうヒロのこと、分からない。」
ナツは大きくため息をつくと、教室に向かって歩き出してしまって、俺は慌ててナツの手を掴んで止めた。
「ちょっ!!待てって!!」
「放して!!案内はしたんだからもういいでしょ!?あとは一人で勝手にして!」
ナツは俺の手を振り払うと、前と同じ嫌悪感の含んだ目を向けてきて、俺はその目にブスッと心を一突きにされ、追いかけることができなくなった。
な…、なんでこうなるんだよ…
俺はこっちに戻ってから何度となくナツに拒否され続けて、今にも心が折れてしまいそうだった。
どうすればいいのか…
全然分かんねぇ…
『ヒロはナツの一番!』
俺はふと昔のナツの笑顔を思い出し、あのときの幸せだった日々に想いを馳せた。
これはただの現実逃避なんだけど、そうでもしないと通常の精神状態を保てなかった。
俺は昔のナツの笑顔を何度も思い浮かべながら、折れそうな心をなんとか奮い立たせ、関係修復の術をじっと考え込んだのだった。




