歴史
時は聖暦1390年。今から1000年も昔のことになる。時代は神話のようにも思えるが、人と魔族の大戦争があった。
この世界の魔物は、力を上げるごとに徐々に人間に似た姿になっていく。そして高位の魔物と人間の恋から、新たな種族"亜人"が生まれた。あぁ念の為言っておくが、ファンタジーで有名なエルフやドワーフなんかも亜人の部類だ。
亜人は人にも魔物にも属さない存在だった。強大な魔族に人は蹂躙されそうになり、窮地に陥った亜人の力を借りざるを得なくなる。
しかし亜人は中立を守り、双方への加勢を拒否した。そのため教会は亜人を敵と糾弾し、彼らの居場所を失わせた。
おかげで立派なホームレス状態。
立場を失った亜人は魔族側につかざるを得ず、勢いを加速させた魔族によって人は完全に押し込められそうになった。
──最後の望みを賭して人は30人の"勇者"を異世界から召喚するその時までは。
そこからは勇者たちの力で形勢が一変、今度は人が勝利を収めた。がしかし歓喜は短かった。
人とは不思議なもので、人々は中立を保とうとしていた亜人が魔族サイドについて裏切ったと断じたのだ。
当時の人族は、亜人に対して大量虐殺と家畜以下の拷問的な制裁を課した。
処刑を逃れた亜人は他の大陸に逃げ延びたのだが、今でも人社会では彼らは許可を得た上で、拷問的な拘束具"大罪の鎖"で縛られ、生存さえ危うい。
かつての被害者だった人族は今や加害者となり、極端な種族主義と排他性を目覚めさせてしまった。
魔族をも寄せ付けない人社会は、1000年も経ってこんな感じらしい。
「ガル、お前はこれを聞いてどう思う?そこで土下座なんてしていないで、なんとか言ったらどうなんだ?」
時は少々遡り、この話を聞く前。
ガゼル達が帰ってきたときのことである。
***
「おーい、帰ったぞー」
いつも通りガゼルが手を振って門番であるガルに軽い挨拶を送る。いつもの事だ。ガゼルにとっては。
「ご主人様!下がってください!」
「⋯⋯へ?」
思っていたのと少し違って、ガゼルは素頓狂な声を上げた。
「ケモノ風情が!!ご主人様を誑かして何が目的だ!!変装の魔法でも使っているのだろう!!早くご主人様を解放しろ!!」
「おいおいおい⋯⋯」
ガルがしっかり怒っているところをガゼルはほとんど見たことがなかったからか、だいぶ動揺していた。だが、すぐに冷静になり、
「まぁ待て、話すこといくらでもある」
「ケモノ風情がいい加減に────」
その時。ガルの体は文字通りくの字に曲がり、台風の風圧が真っ直ぐ貫いた。
「オイ!!」
「⋯⋯っ」
デカイ騒音だった為、中で作業していた奴隷たちも一斉に外へとやってくる。
「おいガル、」
「ご主人様!!なぜ、なぜケモノ風情を買ったのですか!!」
「別に意見をするななんて言わねぇけどよ、卑下だけはすんじゃねぇよ」
ガゼルの言葉も今のガルには届かず。
地面に膝をついているガルに目線を合わせるように屈んだガゼルはガルの目を見て軽く頷いた。
「今お前は冷静ではない、お前が頭を冷やせ。俺はこの者たちと話すべきことがある。隣で聞いていろ、ただし口は出すな」
それから現在である。
家の中へ招き入れガゼルは風呂に入れさせた。出てくるとすぐに応接間へ通し、今の歴史を一人の亜人から聞いた。
その男の種族は人狼であり、遠い将来⋯⋯このガゼルという男を無駄に神聖化した張本人である"ダスベ"という男である。
「なるほどな」
「分かったであろう?我々亜人の言葉など、聞いてもらえないのが常識なのだ」
クソッタレな話だ。
ガゼルが内心呟いたその脳裏で、まだ彼が小さい時に送っていたであろう記憶の断片が流れる。その切り取った断片は酷いものだった。
殴られる記憶。
吐瀉物を掛けられている記憶。
謎の物体を食わせられ、嘲笑われている記憶。
たった一言呟いたその裏で、昔の嫌な記憶に心を馳せていた。
「ガゼル殿?」
その流れ出てくる記憶の中で、たった一人⋯⋯ガゼルの手を取る好青年が笑っていた。
──創一。
「まぁ色々あっただろうが、とりあえず一言だけは言える」
ガゼルは煙草に火をつける。
「どれくらいこの状態かは知らん。それが数年なのか、数十年なのか。長命だったならば、数百年かも知れん。必要な事だけを伝えようと思う」
深く一吸いしたガゼルはダスベの両目をしっかり見た上で、後ろで正座をしている亜人たちに目を向けて軽く笑った。
「ただ、お疲れ様さん。俺が謝ったところで何も解決などしないが、これからは不当な事はウチではしないだろうから安心してくれ。もう縛られるものはないから好きにしろ」
パチン。
ガゼルの指パッチンの音だった。創造魔法で出来た解除の魔法で、首に巻き付いていた鎖は粉々になって床にこぼれた。
その言葉を聞いた亜人たちは既に、大粒の涙を床に垂れ流しながら土下座をしていた。
「本当に⋯⋯本当に⋯⋯感謝の言葉すら出ない。人族の言葉でいうとありがとうなのか?この恩は決して忘れない。ガゼル殿⋯⋯⋯⋯ありがとう」
──「※※お兄ちゃん、ありがとう!」
──「ふっ、気にすんなよ!」
懐かしい記憶だ。
「当たり前の事だ。んなこと気にすんな。お疲れさん」
この世の中は何処も腐っている。
悲しい事に、俺達人が主に矢を放っている側なのが非常に悔やまれるところだ。
良いやつもいれば悪い奴もいる。
だがその判別というのは非常に難しい。
きっとこの亜人たちは、一生その判別をしながら生きていくことになるだろう。
その時彼らが人と同じようになるのかどうか⋯⋯その時まで楽しみにしておこう。
俺の視線は、背後で額を付けて叫ぶガルの方へと向いた。
「⋯⋯それで?そこで何してる」
「申し訳ありませんでした!!」
「何に?」
「私達奴隷が!!立場という辛さを一番理解しているはずの自分が、亜人の皆様に対して無礼な言動を放ち続け、意図も分からずに暴走してしまった事への反省と謝罪です!!」
ガルはすぐにその場で立ち上がってウェアウルフの前へ行くと、もう一度額をつけて謝罪の姿勢を見せた。
「申し訳ありませんでした!!」
彼らの表情は言語が伝わる訳ではないが、何を言いたいのかを理解しているものだった。
「そうだな。俺達生物全体に必要なのは、暴力ではなく対話だ。順番が逆なんだよ。お前達がアイツらに言い放ったのはお前達が一番嫌う奴らと同じ事をしたって事だ。人は勝手に決めつけ教会に洗脳され、勝手に亜人を敵視した。その結果がこれだ。体は骨同然。髪も不潔。臭いもある。今は風呂入ったから減ったが。結果俺達人族が作った何度も行った結果がコレだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「分かったか?話もしない戦いなどクソッタレだ。これが気高きなんとやらとか言ってる醜き人族だ」
「⋯⋯⋯⋯」
「さて、とりあえず清算は俺の中では終わった。ダスベ、どうだ?うちの者が失礼なことを言ったがどうだ?」
「なんと言っているのかは分からなかったが、十分謝罪の意は十分伝わった」
「そうか。許してほしいとは言わん。だが今後敵対することは無い。どうだ?納得してくれるか?」
ガゼルとダスベが見合って数秒。聞いていた一人の亜人の子供が口を開いた。
「うん!お兄ちゃんが言ってたもん!話し合いをしないといけないって!」
その子の一言で、周りの亜人の女性たちは穏やかなムード。次第に全体に広がっていく。
「どうだ?ダスベ」
「⋯⋯む?」
「今うちは商店を開いていてな。貧民の子供たちを集め、元奴隷を買って安全安心の商店で頑張ってもらっている最中だ。だが掃除をする者がいなくて困っているところなんだ」
「勿論しっかりとした対価は払う。代表はダスベでいいよな?」
「あぁ、そうだ」
「今のところまだわからないが、数ヶ月後に別大陸に行こうと思っているんだ。それまでの間どうだ?頼まれてくれないか?」
「本当か⋯⋯!?」
ガゼルは笑って頷く。
「だが掃除など⋯⋯誰でもできることではないか?そこは⋯⋯⋯⋯」
「そこは内緒で」
亜人にも伝わる鬼のような美男子が見せる人差し指で口に手を当てる行動は、後ろの亜人女性たちを虜にしていた。
「すまない、感謝する」
「さて、飯でも食おう!衣食住は勿論しっかりある。風呂も入っているのなら安心だ、着替えの部屋でゆっくりしてから来るといい」
「人族には金が必要だろう?大丈夫なのか?」
「問題ない、ここに全ての知識がつまってるからな」
ニヤッと笑い、ガゼルは頭に人差し指を当ててダスベに言い放った。
「さぁ行った行った、こんな暗い雰囲気じゃ飯も食えないだろ!!」
ガゼルの一言で全員和やかにムードになって一斉に行動が始まった。その後の晩餐会では様々なやり取りが行われ、ガゼルは他では知り得ない亜人たちの習性や今までの話などを通じて知識を得ることになった。
この時から、彼の頭の中では面白いシナリオが書き終わっていたのである。




