閑話② 蒼き星
⋯⋯繁忙する大通りを行き交う人々。
色とりどりの装備を身にまとう姿や、食材を担ぐ下っ端の姿に建築資材を運ぶ姿。
忙しなく働く人々を見ながら、ガゼルは冒険者ギルドの前で腕を組んでその光景を眺めていた。
'やはり活気のある大通りはいいな'
一息つくと、ガゼルはポケットからタバコを取り出す。
俺は今日、ある奴らをこの冒険者ギルド前に呼びつけている。
まぁ言わずもながら⋯⋯アイツらだ。
言わなくてもわかるだろう。
ほら、丁度あそこで人気者となったアイツらが、声を掛けられまくってるからな。
『アレックスさん!』
「どうしたの!?」
『こっち見て!』
「え!?」
『ドーグさんカッコイイ!』
「⋯⋯⋯⋯」
『あの静かなところイイよね!』
「⋯⋯⋯⋯」
『リーナー!!!』
『我らが女神!』
「うるさい!!」
『女神は今日も通常運転のようだぞ!』
『おぉ〜!!』
やはりこの街が救われたあと、アイツら文字通り、この街の英雄となった。 今じゃ「英雄の星」だなんて巷では言われているらしい。
俺としては、最初から知っているからこそ、感慨深いモノがある。
「⋯⋯あっ」
アレックスが一人の男に気付き、笑顔で向かう。見ていた二人もすぐに気付いて、囲う人々を申し訳なさそうに通り抜けて冒険者ギルド前に立つ男の前で止まった。
そして、先にアレックスが軽く会釈をして挨拶の言葉をかけた。
「お久しぶりです、師匠」
ドーグとリーナもそれに合わせて頭を軽く下げる。 ガゼルはいつものごとく「頭なんか下げるな」と言いたげに手を横に振りながらも笑っている。
「そしたらどこで食う?俺もここに滞在してもう二月ほどになるが、実はあまり知らなくてな」
「師匠と出会ってもうそれくらいになりますか」
「あぁ、色々あったな」
「ですね」
爽やかな笑みを浮かべるアレックスにガゼルは小刻みに首を振って嬉しそうにしている。
「そしたら、やはり俺達はあそこですか?」
「だな」
アレックスの嬉しそうな問いに、ガゼルも頷きながら答え、四人は羨望の眼差しを受けながらあの場所へと向かった。
***
「あらっ!英雄の星じゃない!」
「お久しぶりです」
「もうこんな立派になって!」
女将さんの張り手が腰にビタンと直撃し、痛いのか苦笑いを浮かべて耐えるアレックス。
「あら、ガゼルちゃんも!」
「どうも、娘さんは元気にしてますか?」
「勿論!最近青空教室に行っててねぇ。⋯⋯男をしっかり意識するようになってからガゼルちゃんに会いたくて仕方がないって聞かなくてねぇ」
「娘さんおいくつでしたっけ?」
「もう12歳だよっ!そろそろ男を意識して家業を手伝ってもらいたいんだけどねぇ」
「もうそんな歳でしたか」
「ガゼルちゃんも見ない内に"デカく"なったかい?何かポーションでも飲んだのかい?」
女将の一言にアレックスたちも同様に尋ねた。
「そうですよ、師匠デカくなりましたよね?」
「そうか?」
「だいぶデカくなりましたよ?」とリーナがガゼルの前で背伸びをしながら答える。
「まぁ、色々あったからかな」
「また師匠はやらかしたんですか?」
「仕方ないだろ?色々絡まれるんだから」
感情がフルにこもっている返事に全員がゲラゲラ笑い始める。
そしてそこから大量に注文して、四人は本格的に会話を始めた。
「師匠は最近何かありましたか?」
「いや?俺は特に何もないぞ?」
「そうですか」
「そっちは?」
「コッチは色々あります。まずは⋯⋯」
そう言ってアレックスたちが懐から一枚のカードを取り出す。
「「「俺達(私達)、C級冒険者になりました!」」」
肩を組んで、三人はニカッとまばゆい笑顔でガゼルに向かって冒険者プレートをみせた。
「そうか、良かったな」
やっと⋯⋯こいつらも陽の目を浴びる事ができたな。
ガゼルはこれまでの記憶を思い浮かべ、感傷に浸りながら⋯⋯嬉しそうに笑う三人を見て水を飲んでいた。
その後も様々な話を交わした。
最近の冒険者ギルドの大幅な変革。
あのゾルドが冒険者を完全に引退して廃人になってしまった事。
4代ギルドの一つ、ウォリアービーストの解体。
そして三人の職業が進化して、アレクは双剣士という三次職、リーナは珍しい三属性魔法師、ドーグは魔法騎士になったそうだ。
「そういえば、今回は何かあったんですか?」
「あぁ、どれくらいかはわからないが、少しこの街を離れる予定だ」
「まさか」
「そんなわけ無いだろ?」
食い気味のアレクにそう突っ込む。
どうせ離れてしまうのだったら駄目です!とか言っときそうなくらい前のめりだな。
「良かった〜」
「まぁ、これからいよいよダンジョン攻略でも始めようと思ってな」
背もたれによりかかったと同時にアレックスが飛び起きる。
「え!?師匠がダンジョン攻略ですか!?」
「なんだ?何かおかしい事でも言ったか?」
「い、いえ⋯⋯何級から踏破するつもりなんですか?」
「一様色々冒険者ギルドが掲げているモンスター目安というの目にしてな」
ギルドはかなり良心的なモノを受付横に貼り付けていた。
まぁなんとなくわかるとは思うが、E級ならどのモンスターが頻出するかというのを貼り付ける事で、攻略難易度をおおよその範囲で新人や初攻略のダンジョンの奴に向けて情報発信しているということだ。
そうすることで、猪みたいに突進して無駄死にする奴が一人でも減ればいいというギルドの意向が分かる。
「まぁお前らは知っているだろうが、セレーヌだけではなくて、あれから更に新人を増やしたんだ。その訓練のついでにC級ダンジョンに挑戦してもらうことにしたんだ」
「いきなりC級ですか?」
アレックスが真剣に頷く隣でリーナとドーグも正気を疑うような目つきをみせていた。
「ある程度の鍛錬は積ませているし、お前らよりも辛い訓練を課している。まぁそこで死ぬようならそこまでだったということだ」
「師匠ってたまに物凄い冷たい時がありますよね」
「そうか?これでもかなり優しくしているつもりだが」
「ご自分の事も周りに対しても結構そういう場面が何回か見かけたので」
自分では冷たいだなんて思わないがコイツらにとっては冷たく見えるのか。これはいい価値観の勉強になったな。
「そうか、気をつける」
「いえ、そういうわけではないんですが」
「そうか?」
「師匠はもっと自分の命を大事にした方がいいですよ」
真っ直ぐなアレックスの瞳に、ガゼルは一瞬目を丸くした。
誰かにそんな事を言われたのは随分と久しいな。
そして脳裏には、何度目かわからない声が浮かんだ。
──「お前もっと大事にしろよ〜」
──「あぁ?うっせぇよ※※※」
──「いいか?いくら何でも自分の腕を引き千切って仲間を守るなんて狂ってるっつーの!」
「師匠?」
「⋯⋯?悪い」
ガゼルとアレックスたちはその後も楽しげに会話を交わし、女将さんとその娘も合流した。
娘さんとはちょくちょく交流があって、たまに街に出たときに声をかけられる事があった。
俺ももうすっかり慣れて、いつものようにお喋りモードで大層盛り上がった。
***
それから食事が終わった直後、宿から出た俺達は街の外れにある見晴らしの良い場所へと移動していた。
「ありがとうございます、師匠」
「何だ改まって」
四人は綺麗な星空を座りながら見上げ、そんな中アレックスが突然そんな事をつぶやいた。
「師匠にもし会えていなければ、今頃俺達は死んでいたかもしれません」
「それも、お前の運が良かったって事だろう」
煙草を咥えながら星空を見上げた。こんな空気が久しぶりで、ついついこの空気感に浸っているのも悪くないなと思ってしまう。
「俺達、まだまだ強くなります!」
「そうよ!アレクの言う通り!」
「そうだな!」
三人を見ていると、昔を思い出すな。
と、思ったが⋯⋯最近物忘れが滅茶苦茶多い。
何故なのか全くわからん。
「そうか、お前達ならこれからも強くなり続けれるさ」
アレクたちの頭に手を置いた。何やら恥ずかしがっているようだが、それも年齢のせいだろう。
「それじゃ帰るか、明日もダンジョン攻略なんだろう?」
「はい!次に会うときは、師匠に強くなったことを見せつけるときです!」
俺は立ち上がって三人に背を向ける。
「ありがとうございます!」
三人の声が聞こえる中、片手を軽く上げてその言葉に返事を返して、俺は家へと戻った。




