65話 ジャフタソオロタフムルヒオ
神界、監視室。
そこは、何処までも真っ白い空間。
上下左右の判別がつかない程だ。
しかし⋯⋯。
少し歩くとそこにはTV放送局のような大量のモニターとマイク、それから何かの操作盤が置かれており、そこで一つの声が聞こえてきた。
「渚ちゃん!」
可愛らしくも、何処か威厳のある声が監視室に響きわたっていた。
モニター前にあるポツンと一つある椅子に座る一人の人物⋯⋯いや、主神アルテミスご本人だった。
『申し訳ありません』
「あぁ〜!申し訳ありませんじゃ済まないんだよー!?」
アルテミスは頭を抱えてその場であたふたしていた。
そこへ、もう一人この監視室に人影があった。
アルテミスは後頭部に目でも付いてるかのように片手を振り上げ、「ミスラちゃん!」と声を掛けた。
「アルテミス様、今少しお時間よろしい──」
紅桔梗の美しい髪を肩まで伸ばし、同じく柔らかい印象を醸し出す大きくて長い睫毛だが、本人は至って冷静沈着なキツイ表情の女性。
そんなアルテミスから「ミスラ」と呼ばれる女性が一度深くお辞儀をしてからそう言いかけたところで、「ないっ!見てよ!ないよ!」と子供のように否定するアルテミス。
「はぁ」
ミスラが分かりやすく溜息をつく。
それを見たアルテミスがまた子供のように続ける。
「あ~!ミスラちゃん、今面倒くさいって思ったでしょ!?」
「ええ」
「どうしたの?」
「今期の予算表と魂の浄化やその後のお話などを⋯⋯」
「いやだっ!いやだねっ!」
アルテミスは椅子から崩れ落ちて地面を這いずり回って駄々をこねる。
その様は⋯⋯お菓子を貰えなくて駄々をこねる子供だ。
すると一連の流れをなんら当たり前に見つめていたミスラだったが、そのミスラがアルテミスに背を向けた。
これには予想外の反応で、アルテミスはピタリと動きを止める。
「⋯⋯ミスラちゃん?」
「こちらは私の方で進めておくので、今はそちらの解決からお願いします」
チラリと"ナニカ"を見つめ、そう言って自動で開く扉からミスラは流れる風のようにスッと消えていった。
「⋯⋯そんなすぐ消えなくてもいいのに」
寂しげにアルテミスは子犬のように椅子に座り直す。
深呼吸。
アルテミスはゆっくりと瞳を閉じて、また開く。
「渚ちゃん。あなたは私が作り出したスキルの意思なのは多分自分でも把握しているでしょう?」
『はい』
「これは私自身も反省しているから今回の件は不問にします。 魔王軍と戦った時も、私が途中で強制的にステータスと機能を制限したおかげで創一に勘付かれなくて済んだけど、今回はそうはいかない。
⋯⋯次から必ずステータス関連の質問には基本的に難しいという旨を伝えてね」
『かしこまりました』
「それと、"貴女"には伝えておかなければならないことがあるの」
『⋯⋯何の情報でしょうか?』
「※※※※、※※の※※※※※※※憶の※※※※、※※」
アルテミスが言葉を紡ぎ終わると、渚は沈黙したまま数分が経過した。
「分かった?まさか、ここまで創一が本能で思い出すなんて思わなかった。それほどまでに貴女は重要な鍵だったのよ」
『⋯⋯私が』
「そうよ。だから私は許可したし、魂の器としてスキルベースに仕上げて、少しでも楽にしてくれたらと思ったの。でもまさか、転移してたったこれだけの期間でこんな成績とは⋯⋯私も驚いた」
アルテミスは背もたれに寄りかかって何もない白い空を見上げた。
『記憶の移行が完了しました』
「かと言って、創一にバレないようにしてね?バレたら即刻貴女は削除されてしまう。規律違反になるからね」
『かしこまりました』
「別にかと言ってこういう場では記憶をあげた貴女のまま話して構わないよ?
東堂渚ちゃん」
『創一は、あれからどんな人生を歩んだんでしょうか』
「長いわよ?とてつもなく。それに、貴女はたかだか一年ちょっとでしょ?彼は多すぎるのよ⋯⋯地獄みたいな話が」
アルテミスはまるで、創一がその身に憑依したかのようにげっそりとした表情で薄ら笑いを浮かべる。
『そうですか』
その会話が終わる直前、突如モニターとスピーカーが全力で咆哮を上げた。
ウー!ウー!!!
アルテミスのモニターには、「WARNING」という文字が大量に映し出されており、アルテミスはすぐに何のことか察した。
「創一⋯⋯問題児め」
しかしアルテミスは何処か嬉しそうにしながらそう言葉を吐き捨てた。
「待って、渚ちゃん」
『はい?』
「創一はステータスを切ってと言ったの?」
『はい、そうです』
'おかしい⋯⋯'
通常ならそんなことでアラートは鳴らない。
ということはーー何か別の理由でこのアラートが鳴っているということになる。
⋯⋯他の神々の介入?
いや、そんな事はないはず。他の神々の様子は私が把握している。今も全員が普通に過ごしている。
なら尚更おかしい。
なんでこのアラートは激しく鳴らしているの?
このアラートは緊急事態を知らせる為のモノで、この世界でパワーバランスを崩しかねない魔力や力を判別すると強制的にアルテミスへと知らせ、状況を詳しく見れる神物。
しかし今のところ、そんな現象は見られない。
アルテミスはワケがわからない⋯⋯。
そう思っていた。今の今までは。
アルテミスが"ソレ"に気付いたのは、皮肉にも⋯⋯渚視点からだった。
『アルテミス様、その"結晶体"は何でしょうか?』
「結晶体?なんのこと?」
アルテミスが少し上を向くと、確かにそこには銀河を一点に凝縮したような美し過ぎる結晶の塊がふよふよと浮いていた。
アルテミスはまるで見覚えのない代物に首を傾げる。
「何これ?」
少しアルテミスが観察した。
⋯⋯自身の持つ神眼で。
何これ。
どうりで私が気づかないはずだ。
──これには神力と私の知らない何かが混じってる。
そう頭によぎった時だった。
その謎の結晶から突然、ノイズ音が発し始めた。
「な、なに?」
「※※※※※※※※※※※」
不可思議な言語。
少なくともアルテミスですら聞いたことも発したこともない言語パターンだった。
「え、えー追加言語パックが入ってなかったっぽいねぇ〜」
幼い子どものような無邪気な口調。
姿は見えないが声だけでなんとなく想像出来る。
「あー、あー、聞こえますか?」
「き、聞こえるわよ」
「よかったよかった。そしたら⋯⋯っと」
次の瞬間、アルテミスは大きく目を見開く。
結晶体から謎の照射が発生し、そこには知らない小人がスーツを着こなし、アルテミスを見下ろしていた。
姿形は動物のようで、口調通りの可愛らしさを誇っている。
しかし、アルテミスは知っている。
'ああいうタイプが一番面倒くさいんだから'
ウチの中でも一人、ああいうのいるけど⋯⋯いっちばん面倒くさい性格してるんだから。
AR拡張。
恐らくそうだろう。地球の知識で得た知識の一つだ。
だけど⋯⋯。
「ソレ、ちょっと仕組み違うよね?」
「貴⋯⋯女は」
人形のような子は、ゆっくりと首を傾げながら、これまた想定外とでもいうように少し戸惑いながら言葉をこぼした。
「確かここは第※宇宙の⋯⋯※※※※だったはずですがね?あれ?貴女は⋯⋯第十宇宙のレイアース主神アルテミスでは?」
驚いた。なんでこの人形──私の事を知っているの?私はコイツの事何も知らないのに。
アルテミスの中で焦りが走り始める。
⋯⋯アルテミスは知っている。
神として、情報戦力の欠如が神格を疑われかねないからだ。
「アナタは?」
ゆっくりと穏やかに笑みを浮かべ、アルテミスは焦りを感じさせない口調で謎の生物に言葉を掛ける。
「第十宇宙は一部を除いて、ほとんど呼ばれないんでしたね。失礼しました」
'なんの話?'
アルテミスは独り言をつぶやく謎の生物のこぼす言葉に更に焦りが加速する。
「私は案内人兼、様々な実況をしています」
ビリビリ──ッ!
アルテミスは中々起こさない落雷のような頭痛を起こす。
原因は⋯⋯恐らく目の前の人形。
人形が少し口を歪ませ、名前を名乗ろうとした瞬間──私の許容量から逸脱した。
「名前⋯⋯は?」
「私ですか?私はドウチ・イカミソと言います」
なにその日本語から取ってつけたようなヘンテコな名付けは。
「ど、ドウチというのね」
「それよりも、私は指示があって現場の放送をしに来たのですが⋯⋯どうやらここではなさそうですね」
なんの話?とアルテミスは疑問を抱きながら目を細くする。
「それよりもあなたが何故ここまで当たり前のように来れているのかが問題なのだけど?」
「あぁ」
ドウチは吐息混じりにアルテミスを見下ろした。
「たかだか十宇宙の神に文句を言われるとは」
「⋯⋯?」
ほんの一瞬の刹那──。
可愛らしいドウチの顔が、まるで悪魔と契約したように赤く変色し、とんでもない威圧感をアルテミスに放った。
アルテミスは瞬にその威圧を感じ取って自身の権能すら使って黄金色の障壁を展開した。
「⋯⋯⋯⋯」
ドウチの表情はすぐに元の綺麗な白色のシロクマのように戻り、ドウチはマスコットキャラクターのような可愛らしい笑みを浮かべた。
「失礼しましたっ!てへっ!」
場が魔法でも使ったかのように固まった。
アルテミスもドウチも気まずそうに静寂となったこの空間を耐えようと睨み合いっ子を始める始末である。
⋯⋯それから1分程だった頃だろうか。
ドウチの持つ謎の結晶体が突如光りだす。
慌てるドウチは何やら何度もその場で平謝りをして見せている。
アルテミスは意味のわからないこの状況に頭を悩ませていた。
'なに?これは'
それに、あれ程の威圧感を発することのできるあのドウチって奴が⋯⋯子供のように謝ってるじゃない。
何?放送?なんの話よ。
「はい、実は⋯⋯主神の部屋に次元移動してしまいまして」
次元移動!?何言ってるの?この人形は!
次の行動を考えていると次の瞬間──ドウチが持っていた結晶体がパカパカ音を立てながら手元からふよふよ浮き上がって、アルテミスの前で何らかの照射が行われた。
「んっ!?」
何が起こるのか分からず、アルテミスは眩い光を必死にガードした。
⋯⋯しかし何も起こらない。
アルテミスは恐る恐る手を退ける。
すると結晶体が照射したのは──謎のメッセージウインドウだった。
浮かび上がる真っ黒なウインドウには、白いテキストでこう書かれてあった。
[初めまして、アルテミス嬢]
「な、何?これ」
するとウインドウはパソコンでタイプするように続きの文字が浮かび上がる。
[何故ここにレ※※※が飛ばされた理由がわからないのですが、そちらに腰まで伸びている白髪の男性はいませんか?とびっきりの容姿をしています]
当然アルテミスの頭には一人の男が明確に浮かび上がってくる。
──神門創一⋯⋯と。
アルテミスはよぎったが、なんの意味があってこの者たちが探しているのかまだ不明。アルテミスは言うわけにはいかなかった。
「なんの事でしょうか?私の知っている人物とは少し容姿が違いますが」
[そうですか。嘘はついていないみたいです]
[しかし、おかしいですね]
[確かにここには──彼の魂が眠っているはずなのに]
思わずアルテミスの表情が強張る。
'なんで気付いたの?ただ者じゃない'
アルテミスの中で、警戒体制が完全に上がった瞬間だった。
「なんのことでしょう」
[お嬢さんはご存知でしょう?それに、彼は何か対策したのかな?彼の魂はいくつかに別れているようだね?]
──戦慄。
それがアルテミスの脳裏に浮かんだ言葉だった。
アルテミスは無言で微笑みを返事として返す。
[それは嘘だね。お嬢さんは知っているようだね]
[おい、時間がねぇんだよ]
突如違う空間に一つのウインドウが浮かび上がり、オラオラ系のテキスト口調と銀色のウインドウが現れ、アルテミスは混乱する。
その瞬間──。
アルテミスがいる場所を中心としたこの監視室の中にウイルスで混じったような大量の様々なウインドウと、テキストが浮かび上がる。
中でも、虹色の一際大きいウインドウが目に入ったアルテミスはそのテキストを心の中で読み上げた。
[Galatubeが第十宇宙レイアース、トラシバの街に参入しました]
[※※※の※※※たちが哄笑を上げています]
[※※の※※たちがなんでこんな姿になっているのだとお腹を抱えて笑っています]
[ライブ配信モードに移行、既に閲覧数が急上昇5位に上昇]
[鉄血城主が個体名ガゼルを発見]
[鉄血城主にGCコインが特別に200000与えられます]
[他の※※※たちが慌てています]
[堕※※の魔女が愛おしそうに見つめています]
[黄金の※※※がスキルを与えられないのかと運※に提案しています]
[運※はこの提案を許可、しかしメイン舞台の許可が必要です]
アルテミスは完全に言葉を詰まらせている。次々と浮かぶあり得ないくらいのウインドウの数と、なんの話をしているのかすら全く理解できない。
[アルテミス嬢、許可してもらえるかな?]
さっきからリーダーっぽいこのウインドウの奴⋯⋯。
「説明していただけませんか?」
恐らく、コイツら全員⋯⋯神。
これが私の結論だ。
[地獄の※※※が下品な笑い声を上げて見下ろしています]
[穢れなき白木が「まぁまぁ」と上品に諭します]
この変なテキスト。
多分恐らく神格、実態を出さない為の策というところかしら。
「皆さんだってご理解していると思いますよ?」
[雷帝の君主が沈黙したまま貴女の言葉を待っています]
[氷嶄泊指が無表情で貴女の言葉を待っています]
何がなんだかわからないけど──。
「ここでは剣と魔法の世界です。それに職業というシステムもあります」
理解できるまで徹底的に説明してもらおうじゃない!
胸の内でアルテミスは気合いを入れだす。
[第五の※※が魔導書をパタンと閉じて貴女の話に興味があると前のめりになっています]
[第※※※※からの参入も確認しました]
[※※たちの※※※が「ここは極秘事項の話だ。勝手に入るなら※※だ」と警告しています]
「まず、皆さんの情報が欲しいです」
[宝剣の主が「嫌だ」と"赤燕"を燃え上がらせながら貴女を見下ろしています]
[断ると※界の宗主が笑っています]
「そもそも私が主神です!勝手に物事を決めるのはおかしな話ではないかと」
するとあのリーダー格の一人がウインドウを送ってくる。
[残念ながら、貴女の格は大したものではありません。いつでも存在自体を消すことも可能なのです]
⋯⋯まじ?
アルテミスは冗談とは思えないウインドウに恐怖という感情が渦巻き始めていた。
[私達の正体を自ら明かすことはありませんが、今の目的ならお伝えすることができます]
「それは?」
[※※※※※※※※※が何故かここにいる事に私達が興奮した理由です。見てください]
リーダー格の一人がそう言うと、本当に千以上にも上る大量のウインドウが連続で現れ続ける。
アルテミスはその異様さに圧倒された。だが主神として引くわけにもいかない。
「私には主神としての責務があります。過度な能力を与えてはなりません。そして、あなた達のような不明な箇所からの譲渡などあってはなりません」
[少しならばいいのではないか?パワーバランスを崩さなければ]
アルテミスが考える素振りを見せた瞬間──数千にも上るウインドウが、一斉に同じテキストメッセージを表示させた。
[我々の身分は全部保証が付く。問題ない]
⋯⋯これが本当なら、私は受け入れざるを得ない。
何も私だけが主神ではないからだ。
この宇宙には何人もの神々が存在していて、その組合なんかもあるほどだ。
本当なら、この提案を受け入れられなければ⋯⋯私はどうなるかわからない。
「分かりました、では、少しだけなら介入を許可します」
[ご協力感謝するよ。では、私のハンドルネームは"千の松明を集めた輝きを持つ"である。いつか、貴女も配信を見ていることを期待し、ログイン画面を差し上げる]
それだけをアルテミスに残し、大量のウインドウと、ドウチを含めた全てが一瞬にして去っていた。




