61話 ゾルド
1※年前。
「おらっ!」
「うぐっ⋯⋯!」
幼い数人の子供の声と、一人悶絶してその場に倒れる一人の子供。
倒れてお腹を蹴られて悶絶している子供こそが、後々街一番、そして悪い方の名を轟かせる事になる──ゾルドだった。
倒れたゾルドの髪を掴んで、同世代の数人の子供たちに集団リンチされていた。
「おい、貧乏君のゾルド!俺達がとっておきの料理を食わせてやるよ!なぁ?みんな!」
リーダー格の男の子がそう周りに聞くと、周りの子どもたちも同調して盛り上げようと喚くように続ける。
「虫を食わせるっていうのは?」
「いや、食わせない方がいいだろって!」
⋯⋯イジメなんてのは些細な事で起きる。
俺の場合は、「家が貧乏だった」
⋯⋯たったそれだけだった。
平民なんてどれも稼ぎなんてほとんど変わらねぇのに、俺達世界の狭いガキは、そんな事で人を虐める理由が出来る善悪の付かないモンだった。
「ただいま」
「あらゾルド、どうしたの?そんなに腫れて」
夕方まで殴られての繰り返し。
そんな俺は、いつも顔を腫らして家に帰ってた。
父親は、母親が俺を身籠ってすぐに行方をくらましたと聞いた。俺は母親と二人で、貧困街の隅の方で細々と暮らしていた。
母親はこんな貧困街に住むには⋯⋯随分良い性格をしていた。困っている人がいたら自分を犠牲にしてでもその人を助け、感謝の言葉を得るだけ。
俺はいつも母親のその姿が焼き付く程、日常的にその光景が今でも残ってる。
自分で言うのは恥ずかしい話だが、母は貧困街でも有名だった。
「聖者」という二つ名がついたほどだ。
だが──そんな聖者でも、飢えには勝てない。
「ごめんねぇ、ゾルド。お母さんお金を稼いでるんだけど、お父さんのお金を返さなきゃ」
「でも、父さんはお母さんを残して何処か行ったんでしょ?なんでお母さんが返さないといけないの?」
当時の俺は腹が立った。
何故なら母はそんな状況でも笑っていたからだ。
しかしそれでも、母は嬉しそうに笑った。
「私にはゾルドが居るもの」
「⋯⋯うん!」
お母さんの為に俺は金がいると思った。
しかし⋯⋯理想とは裏腹に、現実は変わらなかった。
「うわぁ!」
『へっへへへへへ!』
『間抜けゾルドー!』
外へ出れば、いつも平民の普通の暮らしをしているガキ共に遊ばれていたからだ。
殴られ続ける俺は、理解できなかった。
弱い者をいじめる感覚が。
⋯⋯俺も、強くなれば──その感覚が少しでも理解できるのだろうか。
イジメが始まってもう一年にもなるが、そんな感覚が俺の中で芽生え始めた頃だった。
どうやったら強くなるのか。
答えはどんな子でも一回は受ける事のできる祝福の義という日。
俺は祝福を受けた──。
そこから俺の日々は全く別のモノとなった。
言わなくてもわかるだろ?
俺を散々な目に遭わせてきた奴らは、どいつもこいつも並以下の職業しか貰えなかった。
⋯⋯しかし俺は違う。
重剣士、しかも重剣士の中でも、防御に特化した方の重剣士の力だった。
重剣士は色々派生とやらが違う。
攻撃特化、防御特化、素早さ特化。
攻撃特化はあまり良いとは言えない。
攻撃役なんて別にいるから。
しかし防御手段となるスキルを持つ剣士はあまり多くない。
従って、ギルドでの立ち位置は早く出世出来るということがすぐにわかるほど、悪くない良い職業だった。
俺はすぐに母親に報告した。
「お母さん!俺、重剣士だって!」
嬉しさのあまり、大声でお母さんに報告した。
だが、母親は嬉しそうな表情を見せなかった。
「お母さん⋯⋯?」
「そっか、あまり、ゾルドには争いに参加して欲しくなかったんだけどねぇ」
歳を取った俺には分かるが、当時の俺は、財政状況から見ても、冒険者は適職だと思った。
俺はすぐに冒険者になった。
そして幼いなりにした俺の予想はすぐに当たった。
⋯⋯クランの勧誘だった。
今考えれば時期尚早だったかも知れないが、悪い所ではなかった。
俺は快諾した。
実力をメキメキと伸ばし、給料もドンドン上っていく。
俺を虐めていた奴ら──覚えているか?と。
今、お前たちよりも稼ぎ、お前たちよりも大きな男として帰ってきたぞと。
***
それから2年後⋯⋯。
帰ると、家は燃やされていた。
家の中にはまだ母親が入っていた。
「お母さん!」
しかし、周りの奴らは誰も助けようとなんてしない。
俺は天にも伸びるほど怒りを燃え上がらせて、周囲でただ見ているだけの奴らに怒鳴り散らした。
「誰か水でもいいから持ってきてくれよ!!助けてくれよ!!!」
俺はあの時の表情を忘れない。
⋯⋯絶対に。
死ぬまで忘れてなるものか。
あれだけ助けてもらった奴らは、誰一人として手を貸すことはなかった。
後に聞いた。
「あれはあの女が勝手にやった事なんだから、助ける助けないは俺達の勝手なんだと」
⋯⋯聖者は嫌いだ。
真っ当な事を言う奴らが嫌いだ。
正論は嫌いだ。
俺は絶対に許さない。
その後、燃えカス同然の死んだ母親を抱き、心に焼き付けた。
「こういう世界なのだと」。
俺はそれから虐めていた奴らが主犯だと知った。
⋯⋯勿論すぐに復讐した。
すぐには殺さずに、何度も絶叫を上げさせて殺した。
それからの俺は、まるで生きる目的を見失った。
何を目標に生きればいいのか。
母の為に勇者になろうとした俺の夢は儚く散った。
しかし一時期は諦めてはなるまいと、強くなろうとした。
大手のクランにも一時的に属した。
結果は最悪。
どいつもこいつも、ゴミばかり。
金のことしか頭にはなく、その為なら人なんてどうでもいいと言わんばかりに⋯⋯他人を平気で蹴落とすようなゴミばかり。
最終的には俺もそうなった。
自分でクランを作った。
まぁ街一番のゴミクランになるが。
最初は崇高な目標を掲げたさ。
だが皆すぐに金の話が出ると、目標など溶ける。
弱者をどういたぶり、弱者を増やして、いかに弱者から搾り取ろうかと。
俺はリーダーだ。
こんなどうしようもねぇ奴らでも、崇高な目標に向かって一時期はダンジョンに夢を求めて攻略し合った仲だ。
逃げるのは嫌だ。
だが間違ってるのを承知で、俺は最後まで面倒を見ようと思った。
だがその途中で俺の人生を終わる。
⋯⋯あの白髪のガキが現れるまでは。




