53話 新たな仲間たち
「ご主人様!」
「ごめんなさい」
まず普通ならあり得ない絵面。
⋯⋯それは奴隷にお説教されるご主人様の姿であった。
トラシバにある奴隷商の真裏、そして誰にも見られない所で⋯⋯細心の注意を払ったセレーヌがガゼルに怒っている。
「ご主人様!アリスとミウが泣いちゃってる原因は分かりますか!?」
「はい、考えが甘かったと思います」
セレーヌは申し訳なさそうに吐息を漏らし、ガゼルはしっかりと謝罪の言葉を伝えている。
「そういうのは本人に伝えてくださいね?というより⋯⋯本来この構図はおかしいんですからね!?なんで奴隷の私が主人に対しての行動に非を浴びせ、謝罪までされるなんておかしいんですからね!」
こんな状況になったワケがあった。
あれからガゼルが連れて行ったのは奴隷商。
ガゼルは新たな人材を発掘して仲間を増やし、不足している人材を無くして少しでもストレスを減らそうとしていたのだ。
しかしーーそんなガゼルの真意はまるで伝わらない。奴隷商に連れて行かれた三人にはまるで雷が落ちるが如くの悲しみが溢れ出てしまう。
アリスとミウは突然の解雇に恐れをなして号泣。セレーヌはきっと何か理由があるとわかっていても不安で仕方なかった。
ガゼルは完全に言葉がなさ過ぎたのに気付き、慌てて誤解を解こうとするも、三人の不安はまるで改善せず、セレーヌは冷静にガゼルに想いを伝えた所、現在のような事になっているというわけだ。
「私のような立場で申し訳ありませんが、どうか今後は心臓に悪いので事前にお言葉をくださいね?⋯⋯正直私も終わったと思いました」
「あ、あぁ⋯⋯悪かった」
クスッと笑うガゼルの笑みに当てられ、セレーヌはぷいっと目を背けながらもガゼルの手を引いた。
それから数時間が経った夕方の17時頃。
'なんか、異世界に来てまだ二ヶ月も経ってないのにもうこの光景にも見慣れてきたな'
そう呟くガゼルの目に映ったのは、ボロ雑巾のような服を着た数人の奴隷たちが必死に目の前にある飯を素手で食っているところだった。
アリスとミウ、そしてセレーヌは⋯⋯気持ちが分かっているのか、無言でテーブルの上に食事を続々と並べていく。
並べるその姿は何処か嬉しそうにしている風だった。
仲間が増えた嬉しさなのか。
それとも別の理由なのか。
'まぁ俺が得するというよりも、奴隷たちのストレスが大幅に減る為に買ったようなものだからなんというかあれだがな'
それから俺は統計データや様々な情報を整理する為に寝室のベッドの上に移動して時間を潰した。
**
「⋯⋯⋯⋯」
リビングの椅子に座り、煙草を吸いながらガゼルは並ぶ奴隷たちを見つめていた。
ガゼルが時間潰している間にセレーヌたちが奴隷たちに水浴びをさせ、ある程度綺麗な服装になった状態で壁に沿って並ぶ数人。
対して正面に座るガゼルは足を組んで吐息をもらした。
'⋯⋯ん〜'
確か買ったのは女性三人と男一人。
まぁある程度事務作業と受付が出来ればよかったから割と人選は早かった。
女性が多いのは単純。
接客業において男性より女性の方が華がある、それだけだ。
よくあるだろ?街の看板娘なんて。
⋯⋯まぁそんなところだ。
前回同様、部位欠損奴隷から選出した。
まぁ俺も鬼じゃない──。
出来るだけ酷い状態の者から選んだ。
最期まで口にするつもりなんて微塵もないが、これを機に少しでも奴隷というクソみたいな人生の中でも⋯⋯最大限謳歌出来るように俺はそれをサポートしていくつもりだ。
セレーヌがガゼルの横に付く。
「ご主人様、言われた通り⋯⋯食事、入浴、それから""部位欠損を完全に完治するエリクサーを人数分飲ませました""」
腰を軽く曲げて座るガゼルにそう報告するセレーヌ。
聞いていたガゼルは何か引っ掛かったのか顔を上げた。
'なんでそこを強調する?'
ガゼルの考えている事を瞬時に理解したセレーヌがクスッと口を押さえながら笑った。
ワケが分からないガゼルにセレーヌは更に顔を近付けて耳打ちをした。
「奴隷は案外何が凄いのかなど理解出来ていない学がない者も多いので、具体的に説明して忠誠心を植え付けたほうが良いかと判断したまでです。⋯⋯不要でしたら申し訳ありませんでした」
「なるほど、忠誠心ねぇ」
ガゼルも笑うセレーヌを見て鼻で笑い、2本目の煙草に火をつけた。
その動作に並ぶ奴隷たちはゴクリと唾を飲んだ。
奴隷だからこそ、彼らは理解している。
どういう理由であろうと、豪華な食事を与えられ、貴重な水を使って水浴びまでさせて、挙げ句の果て──今にも死にそうだった身体が完全に戻り、古傷まで治癒した。
これだけの待遇⋯⋯。
"これから自分達は何をされるのだろうか"──。
今までの奴隷生活で言えば、主となる人物たちの表情と言動、見ていればなんとなく分かる。
地獄みたいな場所へと平気で送るのが奴隷というモノ。
ところが如何だろう。
只でさえ普通の以下の状態の奴隷にすら⋯⋯無理難題を押し付けてくるような連中なのに、完全に治癒までされて自分達どんな目に遭うのだろうか。
並ぶ彼らの頭にはそれしかなかった。
目の前に座るのは、とんでもない覇気を放つまるでおとぎ話にすら出てくるようなドラゴンのような男。
しかも、30代や40代などではなく⋯⋯まだ年若い少年。
自分たちと完全に似た世代──。
そんな男が自分達などに何をさせるつもりなのだろうーー
そんな彼らの駆け巡る思考回路。
鼓動のように巡る沢山の予想は、全くの無意味と化す。
とんでもない威圧感を放つ少年は⋯⋯まるで散歩に行こうと言わんばかりにこう自分たちに口を開き始めた。
「初めまして、俺の名前はガゼルという。
きっと今、君たちは様々な事を考えている事だろう。毎日地獄のような目に遭わされるのかな?それとも魔物と強制的に戦わされないといけないのかな?答えはいいえだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「じゃあ何をするのかって?答えは単純。
⋯⋯明日からうちの商店の店番な」
静まり返るリビング。
並んで突っ立っている奴隷たち4人は、人生で一番の衝撃を受けた。
思わず並ぶ奴隷たちの口から「え?」という声が漏れてしまった程。
「なんだ?不満か?」
ニヤッと笑うガゼルに一同は瞬時に首を横に振った。
そうだろうという奴隷たちの返答に満足しながらガゼルは立ち上がる。
「なら、先輩のセレーヌたちからある程度の仕事を教われ。すぐに働いてもらうから⋯⋯明日から」
並ぶ奴隷たちの目の前をそう言って通り過ぎるガゼル。
通過しそうになった時、新入り達4人は急いで大声で頭を下げる。
「この度はご購入頂きありがとうございました!誠心誠意ご主人様に尽くします!」
だが返ってきた返答は一同が思っていたモノではなかった。
自分たちの言葉に足を止めたガゼル。
「あァ?尽くす必要はねぇ。ウチは決まりと仕事さえしっかりやれれば、俺は何も言わねぇ。忠誠心なんていらん」
そう言ってガゼルはだるそうに片手を上げながらポケットに手を突っ込み、2階へと帰っていった。




