51話 あれから不良になった⋯⋯いや?最初から不良だった少年?
「で、ですから⋯⋯」
「あァ?」
媚びへつらうような声と少しがなりが混じったドスの効いた低い声が静寂で豪華な一室に響いた。
「こ、今回の功績はガゼル様ということと認識しております」
「だろうな、俺がいなかったら⋯⋯この街は終わってただろうなァ?」
大股開きかつ仙骨座りでタバコを吸いながら、目の前に座る商人らしき中年男性を煽るように顎で男を指しながら笑うガゼル。
それに対して商人はただただ平謝り。
「まぁ御託はいい。そんで?お前たちギルドは、幾らの取り分なんだ?」
「が、ガゼル様⋯⋯そのような事は私共商業ギルドではまだ検討中の段階ででして」
'な、なんで私がこんな目に!'
聞いていた話と違う!
へ、平民がこんな異様な威圧感を放つ訳がない!まるで本物の貴族方と会話してるような感覚にさえ陥る。
⋯⋯これは完全に放つ圧に押されてる。
中年商人はどうにかいい条件に持っていけないか、それとも気が変わる前に逃げる選択をするかを完全に迷っていた。
しかしーー。
そんな商人の思考を完璧に読み取っているかのように、デュポンライターの開閉音が商人の思考をプツンと途切らせた。
「お前⋯⋯確か名前はなんて言ったっけ?」
「私はハンリウと申します」
「ハンリウね。まぁいいや」
ガゼルは仙骨座りを止め、今度は脚を組み、王様のような座り方でハンリウを見つめた。
そして灯った火を口にくわえる煙草へ。
灯った煙草を一吸いし、細い煙を上へと吐いた。
「俺は、少しでいいからという理由でここまで来てやったんだ。 それがなんだ?もうここに来て一刻は経つぞ?俺をなんだと思ってるんだ?こっちは今クソが付くほど忙しいんだぞ?」
「も、申し訳ありません!」
頬杖をついたガゼルは商人の顔に向けて煙草を挟みながら指をピンと伸ばす。
「いいか?俺はそんなに難しい無理難題をお前たちに押し付けているわけではないんだぞ?ただ、魔物の死体を含め、通常では計算出来ない功績を叩き出した俺に一体幾らくれるんだって話をしてんだよ。一言で言えば、買い取り費用は幾らなんだ?って話をしてるんだ⋯⋯なんで俺の言ってる事がわからないんだ?頭が無いわけじゃないだろう?」
「そ、それはですねーー」
「さっきから同じ事を繰り返すだけか?ええ?もう数日も待ってるんだが?」
そう吐き捨ててガゼルは面倒そうに立ち上がり、商人を見下ろした。しかしハンリウはその場で土下座をかまし、ガゼルの足を止める。
「もういい、お前じゃあ全く話にならん」
「申し訳ございません!」
「どいつもこいつも⋯⋯頭を下げればいいってもんじゃねぇっつーの」
ガゼルは扉の前で移動すると、一連の流れを見ていたギルド職員が不満そうにガゼルを見下ろしていた。
その目には明らかな悪意や苛立ちのようなものを秘めており、一瞬すれ違ったガゼルはそれを読み取って鼻で笑った。
「⋯⋯っ!」
傍から見れば腹がたってしまうほどの嘲笑。我慢していたギルド職員も思わず吐息が漏れてしまう。
そしてそれを見たガゼルはーーそこで足を止めた。
ガゼルの身長は170cmほどで、対してギルド職員の背丈は178cm。
⋯⋯ガゼルはその職員を軽く見上げる。
「君、ゆくゆくは独り立ちして商売がしたいんだろ?目を見ればわかるよ。俺の周りにもそういう奴がいたから」
「⋯⋯⋯⋯」
「責めるつもりは微塵もないが、こんな事で頭を下げるような商人の元で学びを得ても⋯⋯何も得られないとだけは助言しといてやる。それから、そのナメ腐った目つきも今回だけは許してやるから安心しろ」
「ご不快になられたら申し訳ありませんでした」
そう言って職員は軽く頭を下げるが、ガゼルはまだ笑っている。
「だから言ってるだろ?そういう感情を相手に悟らせた段階でーー君は商人では間違いなく大成しない。まっ、とにかく⋯⋯君も分かっただろう?俺はこういう機会なら遠慮なく断ると伝えといてくれ」
「あのーー」
「返事ははいかかしこまりました、承知しました、ありがとうございましたのみだ。ほかは知らん」
ガゼルはそう言ってドアノブを回して外に出た。
***
随分久しぶりな感覚がするな。
⋯⋯よっ!
見た通り俺は今、色々な意味で近寄られる事が多い。まずあれからトラシバの街には多くの変化があった。
一つ目に魔法使いによる崩壊間近だったこの街に散々あった瓦礫を高速で撤去、からの住民全勢力で再建を開始した。
作業は無事に1週間も掛からず完了。
俺もこれには想定外の速さで度肝を抜かされた。
⋯⋯幾ら何でも1週間で全て元通りレベルまで復活させるって人間業じゃねぇ!
それから俺のせいではあるが、沢山の目撃情報のせいで⋯⋯俺の事を見る目が英雄みたいな見られ方になり始めていた。
まだそれならいい、まだ。
んー、なんか気持ち悪いんだよ。
見てくるは見てくるんだが、誰も喋りかけようともしない。なんか無言でヒソヒソこちらを見ながら噂している感じといえばわかるだろうか。
まぁ俺自身はそういうのを気にしないタチだから構わないが、何か気持ち悪い感じがしなくもないって感じだ。
そしてその派生でさっきのような客。
さっきの出来事は数日前の話で、あれは俺が処した魔物の残骸を魔導具で鑑定したところ、どれも中級以上の強化個体だったらしい。
商業ギルドとしても、目撃情報の多い処した張本人である俺に連絡を冒険者ギルド越しに寄越してきた。
いざ出向けば、遠回しに街の復興費用がどうだの、教会が壊れてしまった為のお金がどうの、まぁ完全に関係ない事に金を投資しろと言う話や、買取金額の値下げに近いことまでしようとする奴もいた。
そんな事をする奴らを助けてしまった訳だが。
"俺は誠意には誠意を、悪意には悪意を"──。
まぁ持論は腐るほど持っているが、一応こういう気概的な物も持っている。
大体の話に本気で街を変えたいとか人を救いたいんだ!みたいな事を考えている奴が一人もいなかった。
ただの一人もな──。
人を見る目は一般人が思っている10倍以上はあると自覚している。
そんな環境ばっかりだったからな。
⋯⋯いや、脱線しすぎたか。
そして大きく変わった2つ目。
まぁぶっちゃけ、これがメインといえばメインだが、俺はここに来て割とすぐに商業ギルドで確認した外での商売を始める為に様々な準備をした。
主に結界魔法の詳細な確認と、商店の設置だ。
建築家でもない俺は、当たり前だが渚に建てたいイメージと間取りなんかの情報を伝えた。
商店の方は当面マッチを売り捌いて金を得る予定だ。勿論、今回の災害で得た魔物の討伐代やらなんやらの金も貰えるだけ全て回収つもりではあるから安心してくれ。
商店はシンプルなデザインだ。
木造建築の平屋で、広さは一軒家が3つ並ぶほどくらい。
恐らく人がかなり並ぶ事を予想している俺は、大量に用意したマッチを渡すだけの受付にする。
そうすることで人を捌く速度が極限までカットすることができるはず。少しでもお客が受け取れない事態を避ける為の設計だ。
それを俺は魔法はイメージということを活かし、土魔法と渚の力を併用することで建築までを可能にした。
そしてそこから少し離れた所には最低限住む用の小さい家を用意。
そこで今、俺とセレーヌ、そしてアリスとミウの四人で⋯⋯魔物からの襲撃を恐れることなく静かに過ごしていた。




