46話 合同訓練の始まり
決して裕福とは言えない10畳程の一室。
ベッドやテーブルなどは全て木で作られており、テーブルの上には水を飲む用であろうコップの形をした木造容器が2つ並べられている。
そのテーブルを中心にして左右の端にベッドが2つ置かれており、それぞれ一人が寝ていた。
暫くすると、左で寝ていた女子生徒がむくっと起き上がる。
黒いタンクトップに薄く動きやすい平民が履くであろう茶色の半ズボン。それらを着用している梓が立ち上がってカーテンを開けた。
梓は朝日を目にして少し眩しそうに手で隠しながら薄目で外の景色を眺めた。
「良い天気ね」
そのまま両手で窓を開け、朝の新鮮な空気を取り込む。
「んー!」
その場でゆっくり伸びをしながらテーブルに置いてある片方の容器を口に運ぶ。
'あぁ、今日は合同訓練の日だった'
そうだ。今日は面倒な合同訓練じゃない。
⋯⋯最悪。
折角心地の良い空気を吸う梓が気持ち悪そうに変顔をしながら着替えを始めた。
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それから着替えた私と、頼み込んでルームメイトにしてもらった錬が起床した。
当初部屋のメンバーを決める担当の人が「あら」みたいな顔して私と錬を見ていたのを私は絶対に忘れない。
⋯⋯と、言いたいところだけど、まぁ勘違いされるのは仕方ないかな。男女一室なんて普通おかしいもの。
「梓〜準備まだー?」
「ちょっと待って!」
「女ってマジで準備なげぇよな」
ピキッ。
私のイライラゲージが一気に80%まで上昇するのを体の微細な感覚が私に伝えてくる。
ソファにだらんと座ってこちらに言ってくる姿だけ見ればーー休日の自分勝手な旦那みたいな絵面だ。
正直コイツを旦那にする女の神経が理解できない所だけど。
⋯⋯おっといけない。小さい事でも、人を馬鹿にしてはいけない。
「髪結んだりとか色々必要なのよ」
「化粧なんてする必要ないだろ〜?」
ビキッ。
私の両腕に流れている血液が一気に沸騰するような感覚を覚えた。
血管が浮き上がり、今にもぶち殺したいまである殺気を必死に抑えてーー私は準備を終わらせた。
−−食堂
「おばちゃん!俺この肉炒め人気の方で!」
「はいよ」
頭上付近に貼られているメニュー表をチラッと見てから元気よく料理のおばちゃんに伝え、おぼんを持ってウキウキで待つ錬の姿があった。
「よいしょ、あれ?梓飯食わねぇの?」
席に戻って手を合わせた錬は、目の前には何も乗せずにただの水だけを飲む梓の姿があった。
「お腹空いてないのよ」
「食っとかないと死ぬぞ?」
「ここ、そんな危険地でもないでしょ?」
軽く受け流す梓だが、錬はそれでも首を傾げ全く納得しない様子を見せ、我慢できない食欲を満たし始めた。
暫くの間は無言の状態が続いたが、錬の食事の進行度が80%を超えたあたりで、極々小音量で梓が静かに口を開いた。
「分かってるでしょ?」
「ん?」
肉を切っているフォークの手が止まる。
「今日の合同訓練よ」
「相手は騎士団なんだろ?こっちがそこまで気にする必要はないんじゃん?」
「そんなことないでしょ?こっちの実力を隠さないといけないんだから」
肉を口に運んでモグモグさせながら、梓に言われた事を真面目に考える錬。
「まぁ⋯⋯そこそこやっとけば大丈夫だろう」
だめだこりゃと首がカクンと落ちる梓。
「いい?幸いまだ監視は一人二人。今ならしっかりと話を合わせる事ができるんだから一発で覚えてよ?」
それからあっという間に時間が経ち、宿舎から1時間ほど離れた騎士団が頻繁に使う訓練所へと足を運んだ。
***
日本時間でいう昼前11時過ぎ頃。
勇者である神宮寺を始めとした勇者組と、王国に仕える騎士団が一同演習場の真ん中で整列した。
「神宮寺くん!私、勝てるかな?」
「わ、私も不安なんだけど!」
整列している中、緊張感の欠片もない女子生徒たちが神宮寺に応援の言葉を貰おうとしていた。
神宮寺は自分に何を求められているのかを的確に理解しているせいか⋯⋯すぐに爽やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ!紗季ちゃんなら、良い成績が取れるよ!あ、勿論梨花ちゃんもね」
神宮寺を中心として1匹の花園を築き上げている状況をーー梓と錬は馬鹿らしく後ろの列から眺めていた。
「あんなんじゃ騎士団に舐められて一発koまっしぐらだな」
「え?最初から頑張ってもそもそも勝てないような合同訓練でしょ?勝てるなんて思ってるアホはこの世界向いてないわよ」
頭の後ろで両手を組みながらケラケラ笑う錬と冷静に容赦のない言葉を投げつける梓。
それから整列してから数分もすると、流石に空気がピリつき始め、誰も話そうとしなくなっていた。
そんな中ーー。
「遅くなってすまない」
いつもの軽装とは違い、ガチガチ完全防備のゴルドが真っ赤な鎧の金属音を鳴らしながら、騎士団と勇者達の丁度真ん中に立った。
「お疲れ様です!団長!!!」
一人の号令があるとすぐに全騎士団員が信者のように頭を下げた。
対して神宮寺率いる勇者達は無言でそれにあわせてお辞儀をするだけ。
明らかにゴルドに対する敬意や熱量に差があった。
「これより王国騎士団と勇者様たちの合同訓練だ!騎士団のお前らは勇者様の成長を助ける役割を担いながら、しっかり自分の鍛錬も怠らないように!⋯⋯勇者様たちは、格上との戦いに慣れる為でもあります!しっかりとこの訓練で一歩成長出来るように奮闘してください!」
双方から「はい!」と応援ぐらいの声量で返事が返っている。
「そして、非公式ではあるが、今回の合同訓練を陛下が覗きに来ている。私は主に陛下の護衛に当たるがーーしっかりと私がいないからといって、適当な行動を慎めよ?」
双方元気のある返事が返ってくると、ゴルドは満足気に笑みを浮かべ⋯⋯そのまま残りの説明を終わらせる。
「では、互いの準備が終わったら──合同訓練の開始だ!」
騎士団と勇者、そしてゴルドはそれぞれの待機所に移動し、いよいよ合同訓練が始まろうとしていた。




