42話 E級ダンジョン〈7〉
⋯⋯鈴鹿錬。
奴はずっとヘラヘラしている。
朝すれ違った時も。
昼の鍛錬の時も。
夕方、皆んなが自主練している時も。
いつも声を掛ければ『お〜!神宮寺〜!』とヘラヘラした口調で返事を返してくる。
唯一、奴だけがなんの躊躇もなく俺に対して対等に話しかけてくる男。
だからヤツを理解できなかった。
地位も容姿も一定以上持っている上位数%の中にいる我々のようなエリートがーーいつもヘラヘラしながら誰かに話していたり、あるときは給仕のような下民達にもさも当たり前のように話し掛けたりしている姿が。
だが別に、問題ではなかった。
侍という職業、そして周りとコミュニケーションを取れる能力まで総合的に使えるヤツだからだ。
俺はそこに────恐怖なんて存在しなかった。
⋯⋯今の今までは。
「ぁ⋯⋯ぁ」
「⋯⋯⋯⋯」
鈴鹿がハイゴブリンメイジの首を打ち抜いたほんの僅かに見えた表情。
それはーー一人の男を思い出させるような人相だった。
'神門⋯⋯創一'
神と言われれば納得するような造形美。
ロシア系のようで、女性顔負けの透き通るような美しい色白の肌。更には2m程はある恵まれた肉体。
だが、戦いになると、まるで野生児のような荒々しさを持っている男。
鈴鹿が放った一瞬──神宮寺の両目には、二人の姿が重なって見えた。
人間と獣の──垣間見える悪魔地味た歪んだ表情が。
⋯⋯まるでそっくりさんだ。
豆腐のように飛んでいった首と溢れる緑の鮮血は数m先までクッキリ跡として残っていた。
一撃で射抜いた精密性と圧倒的な力を見せつけるように。
完全に死んだがどうか確認する為に、錬は胴体を雑に地面に向かって投げ、見覚えのある拳の握り方と振りかぶり方で振り上げた後⋯⋯倒れている胴体に向かって拳を真っ直ぐ突いた。
バコンッ──!
瓦割りのように真っ直ぐ胴体に1回突いた錬は、ピクリとも動かない胴体を見て死んだと認識した。
「あ、つい反射でやっちまった」
息を漏らし立ち上がった錬がそう一言言うと、見ていた神宮寺はすぐに言葉を発した。
「す、鈴鹿」
錬が神宮寺に気付くまで真顔だった。しかしすぐに気付いた錬はーーすぐにいつものからかうようなふざけた笑みを浮かべる。
「おー!神宮寺!いたのか〜!」
'やっぱり、鈴鹿は普通じゃない。だとすると、一体何者なんだ?'
神宮寺はすぐにその場で頭を回す。
確か、鈴鹿の家は株式会社オーリエントという国内最高峰の警備会社を経営していた父の元で戦いの教育を受けたとかだったはずだ。
ならーーこの実力も理解出来る。
⋯⋯一見すると納得出来る材料。
「⋯⋯⋯⋯」
しかし神宮寺は先程映った光景が離れることは無かった。神門創一という悪魔がこの鈴鹿錬という男と重なったことが。
「鈴鹿、さっきは悪かった」
「何がだ〜?」
とぼけたように首を傾げていつものようにヘラヘラした返しを見せる錬。
「いや、何でもない」
「そう?了解」
するとすぐに神宮寺は立ち上がって落ちているアイテムを拾う。
「⋯⋯よし!!」
思わずガッツポーズを決める神宮寺。それもそのハズ。
掴んでいるのはーーゴブリンメイジの杖だからだ。
これで、売り払えば俺達の資金難は終わる。
神宮寺の頭の中はすぐに未来についての選択肢を並べられ、それに対する考えが生まれていた。しかし、ハッとしたようにすぐに思い出す。
「⋯⋯!!」
すぐに神宮寺は立ち上がって駆け出した。
⋯⋯金の場合じゃない。倒れている渉たちを放置していたからだ。
「おい!お前ら!」
倒れている仲間たちのもとへ到着すると、あれだけ泣き叫んでいたクラスメイト達は静かに目を開けたままボーっとしていた。
「渉!」
必死に神宮寺が大声で身体を揺らす。
「おいっ!渉!!裕太!!大輝!!」
反応はない。ただ、ひたすらに時間が過ぎていく。
「くっ⋯⋯!」
呆然と膝立ちの姿勢のまま見下ろす神宮寺の背後に、錬と梓がやってくる。
「大丈夫?神宮寺さん」
「流石に見ればわかるだろ?梓」
暗い表情でそう声を掛ける梓と空気を読めと言わんばかりに即ツッコミを入れる錬。
「あ、あぁ⋯⋯大丈夫だ」
倒れている渉を抱えようと神宮寺が手を動かす。だがその時、微かな動きを神宮寺は見逃さなかった。
⋯⋯ピクッと僅かながら指が反応したのだ。
「おい!渉!」
「⋯⋯⋯⋯」
表情は死んだまま。しかし、指が少しだけプルプル動いている。
「ポーション!」
神宮寺はすぐにそう自分で叫んで鞄を漁る。
取り出したポーションの蓋を急いで外して飲ませようとした次の瞬間。
「え?」
渉は、必死に神宮寺に向かって指を向けようとしていた。どういう意味かは分からない。
しかし、間違いなく渉は意味の無いことはしない人間だ。⋯⋯何か意味がある。
「渉?」
だが、渉の顔色はドンドン悪くなっていき、そこから数秒もしない内にポーションを飲むことなく息絶えた。
それは他のメンバーも同じだった。助けようとしても、その前に何故か死んでしまう。
「くそっ!!」
神宮寺はその場で地面に向かって拳を握り込んで叩きつけた。
「クソッ!クソッ!」
数回の叩きつけ。見ていた錬が暴走する神宮寺を必死に止める。
「もう助からない!落ち着けって!」
「うるさい!分かってるんだよ!」
初めてみた身近の人間の死。神宮寺にとっては精神的なダメージが非常に大きかった。
**
「大丈夫か?」
錬がその場でアレンジして作った串焼きを神宮寺に一本渡す。
「あ、あぁ⋯⋯ありがとう」
受け取った神宮寺はその場で座りながら口にし始める。
無言で肉を貪る神宮寺。
その姿をみた二人も無言で食事を続ける。
「何故だ」
「⋯⋯?」
「どうしたの?神宮寺さん?」
突然神宮寺が納得できないように声をあげた。
なんでポーションをあげようとする度に突然ステータスがゼロになったんだ?
おかしい。
まだギリギリだが生きていたはずだ。
⋯⋯なぜ?
必死に考えを回す神宮寺。
──「どうした?」
神宮寺はさっきの事を思い出す。
あの時、渉は必死に俺を指差していた。
何で俺のことを必死に指差す必要があったんだ?
⋯⋯分からない。分からない。
「神宮寺さん?」
「ん?どうした?梓」
「いえ、そろそろ進まないと他の魔物が復活してしまう可能性があるでしょう?」
冷静だな、梓は。
神宮寺は黙って頷く。
「そうだね、ゴブリンメイジの杖も手に入ったことだし」
「じゃあもう行きましょう?」
その言葉に頷きで返した俺は、仲間の遺体を捨てて進んだ。
誤解のないように言っておくと、一応汚くならないように様々なケアは施している。ダンジョンをクリアするつもりではないから、帰りに回収して帰ればいいという考えの元だ。
「さぁ、行こうか!」
俺の言葉に二人は笑顔で両隣に立って俺達は再度進んだ。
***
「はぁっ!」
⋯⋯三層の終盤。
俺は今、ホブゴブリンの集団を相手に一人で戦いを挑んでいる。勿論、一人で挑んでいるには様々な理由がある。
主に、経験値の問題だ。
この世界では経験値という項目は非常に重要だ。とにかく、この経験値がなければーーどんなに凄い職業だろうとゴミ扱いされる。
理由は簡単で、スキルや職業スキルの開放など、多岐に広がる戦術や能力をまるで発揮出来なくなるからだ。
「ふんっ!!」
俺はただでさえ成長速度が他の奴らより数倍早い。さっさとレベルを上げ、他の奴らに支配される前に俺がすべてを掌握しなければならない。
『グギャァッ!!』
頭上から攻撃を仕掛けるホブゴブリンの一匹。
だが神宮寺の使う中級武器であるレインシリーズ(レインという中級冒険者向けに作成したと言われる⋯⋯癖が全くなく、非常に扱いやすいと言われる武器シリーズのことを指す)。しかし、強化やそれ以上に改良等をするにはギリギリの性能にされている為、特化していきたい者にとっては不要アイテムに近い。
神宮寺はそのレインを軽く手首を返してゴブリンの攻撃を弾く。そしてすぐにバックステップで下がり、一気に助走と角度を決めてレインで何度も刺突を噛ます。
『ギィ、ぎぃ!!』
「[スキル:ウインドスラスト]」
自信満々にそう言い放ち、神宮寺は穴だらけになったゴブリンを軽く見てから無駄な横回転を入れる。
そしてドヤ顔と共にド派手に大きく何度も剣で血を振り払いながら納刀した。
どうだ?俺の華麗なる回転納刀。これで何人もの女達が目を輝かせたんだ!
神宮寺はそうニヤけながら梓に向けて目を向ける。
しかし当の梓は全然神宮寺を見ることはなく、暇そうにただその光景を眺めているように感じた。
'あ、あれ?オカシイな'
あ、梓は変わっているな。やはり他の女とはやはり違うのか。
神宮寺の表情は複雑そうだった。しかしすぐにパアッと明るくなる。
まぁ梓ほどの女だ、他の男も選り取り見取りなはずだ。⋯⋯これくらいのことでは満足しないか。
その後も──俺は何度も梓に対してカッコイイところをみせたが、反応はなかった。
ただ、凄いと棒読みで言っているのが分かるくらいずっとそう返してくるだけ。
⋯⋯あまり良い気がしない。
一体どうすれば梓が俺に対して興味を持ってくれるのだろうか?
戦闘が終わって、一段落したところでーー神宮寺はただそう頭の中で考えていた。




