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第27話 想い出を通り過ぎし




 この貯水タンクの上で僕は色んな事に気付かされる。本当は知っていたのに忘れていた事に。認めたくは無いけれど認めなければいけないことに。時や世の中は僕達の気持ちなんか知ったことではない事に。


 覚悟を決めてしまった。美空は力強い言葉を話すが、存在は儚く僕は美空を強く抱き締める事が怖くて触れる程度に抱いていた。


「マサト。マサト。マサト。」


「どうしたんだい?」


「もし、今消えてしまうとしても。マサトさんの名前だけは絶対に忘れたくなくて。」


「そうか。ありがとう。」


「うん。マサト。マサト。マサト...」


僕はそんな美空の健気な姿に、涙を溢しながら。力強く抱き締めたいけれど、気持ちを抑えて美空を包むだけしか出来ないで居る。


「マサト。マサト。マサト...」


僕が包む中で、リンゴ飴を握っている美空の左手がリンゴ飴と共にズサッと地面へと落ちて行き左手とリンゴ飴は砂粒に為り地面で崩れ、粒は跳ねて飛散し消えて行った。


「マザド...グスッ...マサ...」


「消えないで...」


「消さないで...」


「あたしには最後の記憶なの...」


「大切な記憶なの...」


「お願い...」


美空は左手を失う事よりも、周りには見えない記憶を失う事に怯え抵抗しようにも出来ずに震えていた。もう僕にも出来る事も、かける言葉も無くなっていた。


 そんな僕達の事なんか関係も無く。4番目の花火が上がり始め。アナウンスは4番目の花火である事とスポンサー名を読み上げた。


 4番目の花火は、ポスポスポスポスっと小さい音を無数に立てた後に小さく黄色い花火が無数に低い位置で華開き。その合間に大きな紅い大輪の花と、大きな大輪の青い花火が華開き。その両サイドを黄色い枝垂れ花火が開き流れて、一つの大きな花束の様に夜空に飾られた。


 そんな中で、美空は背後の僕の方を体全体で振り返り胸の中で涙を流し。


「マサ、あ、あう、う。何で?」


「嫌だ...」


その様なもう言葉として理解出来ない言葉を放つので、僕はもうこれが最後の時なのだと美空に声を掛けようとするが言葉も出てこず。どうして良いのか判らなくなり。言葉が出ないので在れば動作でと。僕は美空を強く抱き締めようとした。


―――花火が上がり続ける中で。


 僕は美空の身体を包み抱き締め様とした時に。美空の身体は頭から砂粒に変わり崩れ落ち出した。僕は


「美空!僕だよ!マサトだよ!思い出して!消えないで!」


懸命に叫んだ。しかし、美空の頭の右半分から口の所まで砂に変わり。最早声も出せずに喉の奥から


「グ...ググ...ゲ」


と音を出しながら砂となり崩れ落ちてゆく。抱き締める僕の腕をすり抜けて。掬おうとする僕の指の間をすらりと抜けて。アッと言う間に砂の山となり。


 それは河川に沿って吹く風に当てられ、何事も無かった様に飛散して。


 何事も無かったかの様に5番目の花火が始まり。パラパラとパラパラとまるで美空が消えて行った様に光の粒が現れては川の水面へと消えて行った。僕は立ち上り


「ああああああぁぁぁあ......」


怒号と嗚咽の混ざったような声を、この夜空に。この嫌味ったらしい程に美しい星空に向い吠えた。僕達を嘲り笑う様に誇らしげに瞬く星々に届くように哭いた。


 膝から崩れ落ち空を見上げたまま、心のままに泣いた。この心が何を現しているのかは僕には解らないままに溢れる物をぶちまけながら。何処へ向けて良いのか判らない、苛立ちのままに地面へ固めた拳をぶつけた。美空の分なのか自分の分なのか判らない乱れ混じる感情の渦の中で僕は(うずくま)った。


 悲憤慷慨(ひふんこうがい)の僕の事など露知らず川を彩り花火は上がり続け。衝撃が震える僕を迎える様にこだまし包み僕は堪えられずに横になり仰向けになり星空を見上げた。涙で視界はグニャリと歪み所々に星の光りや月の輝きが曲がったままに僕へと入り込んできた。


 僕は。僕は。一人でこの広い貯水タンクの屋上で星空に何もかもを溢した。美空の事を思い出す度に一つ一つの思い出が一つ...。美空の顔が思い出せない。美空の声が思い出せない。


「僕の中の思い出まで消そうと言うのか!」


僕の中での苛立ちは沸点を超えて、嗚咽や怒号は僕の中で壊れて行って。そして、僕は美空の事を徐々に忘れていく。あの可愛らしい笑い声も、あの微笑ましいやり取りも、自分が消える最中にもエリを思いやる優しさも。


「み...」


僕は美空の名前すら忘れ。何か、誰か女の子と此処へ来た事だけをぼんやりと霞がかった記憶と、花火の音と光りと僕だけをこの貯水タンクの屋上に残して夜空で包み込んだ。




「次は6番目の花火となります。協賛はハナボコーヒー。」



とアナウンスが僕の所にまで届いて。


(僕は何でこんな所に一人で花火大会の日に来たのだろうか?)


そんな事を思いながら立ち上り。貯水タンク屋上にグルリと取り囲んだ鉄柵に手を着いて、この街を流れる広く長い川を眺めこれから始まる6番目の花火が上がるのを眺め続けた。僕は顔の違和感に撫でてみると、僕の顔はビショビショに濡れていた。


「何で濡れてんだ?涙?僕は泣いていたのか?」


そんな事を呟いてポケットからハンカチを取り出して顔を拭いた。僕はハンカチをポケットに仕舞うとまた花火を観続けた。


「エリと一緒に観たかったな。何で来なかったんだろう?」


「ああ、エリは出張だったな。」


そんな独り言を呟きながら僕は、空を見上げると満天の星空が広がり。僕は星から連想して『星の王子さま』の事を思い出した。


 僕は小学生の頃にこの街で、この貯水タンクの上でよく星を眺めていたんだ。


 僕がこの街で暮らす最後の日に、一人の女の子が本を貸してくれて。その子とこの貯水タンクの屋上で星空を見て。その後で夜中にこっそり家を出て来たせいで両親と警察官に捜索されて僕達は補導されて怒られたんだった。その時の本が『星の王子さま』だったよな。


 あの時の女の子。確か『水本(みずもと)』って言ってたよな。あの子は元気にしているのだろうか?僕はそれから転校して隣の街へと引っ越した。こんな性格だったもので隣の街へ引っ越せば、すぐにその街で友達を作って楽しくなって。この街の事なんて忘れてしまって楽しくやってたんだよな。


 どんな事をやっていたんだっけ?意外と楽しい事って覚えていないものなんだな。


 そんな物思いに更ける僕を置いて花火は上がり続けていた。僕は明日、エリが帰ってくる事を思い出してアパートへと帰る事にした。やはりそんな僕には関係無く花火は上がり続けていた。



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