第5話 小型化
「自分を......騎士団に、ですか?」
ハルトの言葉にライラックは静かに頷いた。
「そうだ。君の実力を見込んでのことだ。技術部の者からも強く推薦されてね。君が必要だと」
「そうですか......」
どうやら聞き間違いではなさそうだと内心呟いたハルトは隣にいるアイリスの方に視線を移す。
「自分はクレマチス家の使用人ですので、お嬢様が許可してくだされば構いませんが」
「ふむ。それもそうか。アイリス君、彼を君の部隊に加えてもいいかな? 指揮官も君であることだし、確かに許可をとるなら君からとるべきだったよ。すまないね」
「い、いえ。お気にならさずに。私としては本人が了承するのならばよろしいかと」
まさか騎士団に入るか否かで自分の許可を求めてくるとは微塵も思わなかったのでアイリスは少し慌てたものの、何とか返答する。
(確かにハルトは私の家の使用人だけど......なにもこんな時にまで私の許可を求めなくてもいいのに)
そこでふと、このハルトという少年とは自分にとってどういう存在なんだろうと考える。
歳が近いのでアイリスの気を楽にする為でもあるのだろう。ここ最近のアイリスの世話はハルトがすることが多い。
使用人。
護衛。
同年代の少年。
自分にとってのハルトを表現する言葉は幾つか出てくるが、先日の襲撃事件以降......いや、それよりも前からアイリスにとってこの隣で凛とした表情をしている少年に当てはまるような表現はさっきの三つのどれでもないような気がする。
では、自分にとってハルト・アマギという少年はどういう存在なのか?
そのことを考えようとした瞬間、答えが出かかって、だけどその答えにぼやがかかってしまう。
「ではハルト君。これからはこの国の為に共に戦う同士として、よろしく頼むよ」
「はい。こちらこそ、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」
アイリスがぼやのかかった答えを掴もうと思考しようとした瞬間、隣の少年が上官の言葉に返事をした声にはっとして我に返った。
□□□
先日の活躍により、騎士団の実験部隊にスカウトされたハルトはその誘いをアイリスの許可を得てから了承した。アイリスの護衛という立場から見ても好都合だったし、WSに乗ることが出来るのも魅力的なメリットだった。
パイロットが不足していた<魔術師の実験>にとって、ハルトの加入は大きな前進となった。
加入が決まってからというもの、ハルトはちょくちょくハクロ基地の技術部に出入りしているのをアイリスは知っている。<アッシュグレイ>の残骸を改修した技術部と何やら新装備の相談事をしているらしい。
ハルトは技術部のコサックと共に回収した<アッシュグレイ>の残骸を眺めていた。
「いやぁ、まさかたった一機であんなデカブツを倒してしまうとは思わなかったよ」
「機体性能がよかったからですよ」
「ははっ。嬉しいよ」
それで――と、コサックは探るようにしてハルトに視線を移す。
「こんな死骸を回収してどうするつもりなんだい?」
本来ならばビーストの死骸は利用出来る部分を刈り取ってからすぐに処理してしまう。だがハルトの提案で必要素材部分を刈り取った後の残骸をそのまま回収したのだ。
「これはちょっとした提案なんですけど、<A.I.P.F.>をWSに搭載させたいんです」
「ッ⁉」
ある一定のビーストが持つ防御システム、<A.I.P.F.>。
これはビーストのみが持つ防御機能であり、これを破るには先の戦闘のような<キャッスルブレイカー>による特殊武装を使うしかない。
だがもしも。
それをWSに搭載させることが出来ればどうなるか。
ハルトがやろうとしている事はそういうことなのだ。
<A.I.P.F.>のWSへの搭載は過去にも試みがあった。今でも研究は続いている。だがしかし、かつてそれを成功させた者はいない。
「だからこそ、この残骸を回収してもらいました。<アッシュグレイ>の<A.I.P.F.>発生器官はまだ手つかずでしたよね? まずは発生器官だけ部分的に回収してそれを小型化・<タケミカヅチ>に搭載させてみましょう」
「むぅ......」
これまでも<A.I.P.F.>を持つビーストがいなかったわけではないし、撃破出来なかったわけでもない。しかし、それらは例外なく全て<キャッスルブレイカー>の一斉射撃の後に発生器官ごと完全にビーストを破壊してしまったらしい。よって、これまで<A.I.P.F.>のサンプルは存在しなかった。そもそも<A.I.P.F.>の発生器官が大きい(アッシュグレイの場合は十メートルにも及んだ)のもその要因の一つだろう。
だが、ハルトは余分な部分は破壊せずに的確にコアのみを破壊した。
「既存のWS用のシールドだと重くて<タケミカヅチ>の邪魔になるんですよね。だからシールドを持たせなかった。ですが<A.I.P.F.>ならシールドとして小型で済みます。重量の問題もクリア出来ます」
「ふむ。なるほどね。けど仮に<A.I.P.F.>のWSへの搭載が実現出来たとしてエネルギー問題はどうするんだい? ただでさえ今の<タケミカヅチ>は燃費が悪い」
「重量の事を考えるとエネルギーパックは持たせられないし、となるとエネルギー消費を最小限に抑えて操縦するしかないですね。現状だと」
「エネルギー消費率もまだまだ改良が見込めるかもしれないからね。上司と相談してもう少し探ってみるよ。とはいえ、まずは<A.I.P.F.>の小型化が先だけどね」
こうして、<A.I.P.F.>の小型化計画が始動した。
発案者はハルトであり、彼もそのプロジェクトに加わることとなった。
さて。
元々ハルトがいた<Wizard Soldier Online>の世界には<魔法スキル>というものが存在した。これこそがあの世界の魔法であり、効果は様々なものがある。
ハルトが習得していた物を幾つか上げると<覚醒>、<リミッター解除>、<攻撃力上昇>、<機動力上昇>、<防御力上昇>、<貫通ダメージ>などがある。
他にも白兵戦に必要な攻撃魔法という種類もあるのだが、数ある魔法スキルの中には<設計>、<製造>、<量産>などのスキルも存在していた。
フィールド上で入手出来ることがある<設計データ>を入手した場合、<設計>の魔法スキルがあれば<設計図>を構築することが出来る(スキル熟練度によって設計図化出来るデータは限られてくるが)。
この世界に来てしばらくしてから自分のステータスを確認出来ることが出来ると知り、試してみると、なんと習得してないはずのスキルを含めたすべてのスキルが熟練度<完全習得>状態で習得していたのだ。
ハルトは確かめる意味でウインドウを開く。
覚醒:完全習得
リミッター解除:完全習得
エネルギー節約:完全習得
攻撃力強化:完全習得
機動力強化:完全習得
防御力強化:完全習得
貫通ダメージ:完全習得
リロード速度:完全習得
格闘技術:完全習得
攻撃魔法威力上昇:完全習得
設計:完全習得
製造:完全習得
量産:完全習得
etc.etc......
(やっぱちょっと引くわー。ウインドウのどこを見ても全部熟練度<完全習得>だったし......)
WSの知識だったり熟練度MAXの<設計>だったりとこの世界に来た際には色々とボーナス特典が付与されていたようでハルトは一人安心したりしたのだが、そんなボーナス特典をつけるぐらいなら普通に現実世界に戻してほしかったとは思わないでもなかった。
ともかく。
この世界における<設計>スキルの使い道といえば文字通り<設計>だ。設計データがなければ使えないと思っていたのだが、さきほど「<アッシュグレイ>の発生器官を小型化してWSに搭載出来ないか?」と考えたところ、不意に設計図を<閃いた>のだ。
これがスキルの恩恵らしく、どうやら一定の条件を満たすとスキルが発動するようになっているらしい。
(ということは、出来るだけ色々なビーストやWSと関わっていった方がいいってことか?)
基地の中にある余ってる部屋を借りて、一人そんな事を考えていたハルトはさっそく大きな紙を広げてペンを持つ。ウインドウ操作版<思考操作>を使って頭の中で「<設計>。<小型A.I.P.F.>」と強く念じる。
すると、頭の中に突如として小型<A.I.P.F.>の設計図が浮かび上がる。それを紙に向かって叩き込むようにして描き始めた。
もはや半自動的にといってもいいぐらいの集中力で真っ白な紙の上にペンを走らせながら紙面を埋めていく。しばらくは室内にペンが紙の上を走る音しか聞こえなかった。いや、ハルトはその音すらも認識していない。
ただひたすらに頭の中にある情報を吐き出すように真っ白だった紙に情報を書き込んでいく。
この時のハルトの頭の中には「ゲームだったらボタン一つだったのになー」という呟きすらもない。
ただ黙々と機械的に設計図を創り出す。
□□□
どれぐらい集中していただろうか。時間の感覚すら消えかけてきた瞬間にドアがノックされる音が聞こえてきた。それだけならばそれで終わっていただろうが、「ハルト?」というアイリスの声に我に返ってスキルを中断させる。「どうぞ」と返して部屋に入ってきたのはやはりアイリスだった。
「さっそく設計に取り掛かってるって聞いたけど、本当だったのね」
「お嬢様。どうかしましたか?」
「いえ。少し様子を見に。どうですか、調子は」
「順調ですよ。何も問題はありません」
「何も問題は......ない?」
アイリスはここで怪訝な表情になる。いきなり設計図を描き始めたところからもそうだが、<A.I.P.F.>の小型化などという未だかつて誰も成し遂げられなかった作業を始めて「何も問題はない」という事にただ純粋に驚いた。少し考えてからアイリスはハルトが書いている設計図を見てみることにした。
「少し、この設計図を見てみてもよろしいですか?」
「はい。書きかけでよければどうぞ」
卓上には既に数枚の設計図が出来上がっていた。どれも隅々まで細やかな情報が記載されている。アイリスもWSの製造や設計に関することなら多少なりとも学んでいる。彼女は十七歳にして一部隊の指揮官を任される程の天才であり、製造や設計に関することも多少なりとも学んではいるといったが、その知識量は「多少」の範疇に収まっていない。
だからこそ。
彼女は驚愕する。
「――――ッ⁉」
完璧すぎる。
自分と同じ年の少年が創り出したその設計図はあまりにも完璧すぎた。まるで機械が生み出したかのように一点も不備がない。変えるべき点も加えるべき点も見当たらない。
出来上がるであろうこの設計図をそのまま技術部に持っていき、素材さえ揃っていればもうそれが完成する。
「どうかしましたか?」
「これ......本当にハルトが書いたの?」
「はい」
いや、そんなことは聞くまでもなかった。設計図に記載されている数値などの字は完全にハルトの物だ。
だがこの記憶喪失の少年はどのようにしてこれだけの設計図を創り出せるだけの知識や技量を手に入れたのだろう? そのような疑問がアイリスの頭の中を駆け巡るが、記憶を失っている少年に質問しても仕方がない。
「そういえば、記憶は戻ったの? これだけの設計図を書けてるみたいだけど」
「え? あー。えっと、まだです、まだ。WSの操縦もそうなんですけどたぶん体が覚えてたんですよ」
いきなり異世界から来ましたといっても信じて貰えないだろうと思って記憶喪失という嘘をついたものの、この調子だといずれボロが出そうだなぁとほのかな危機感を感じるハルト。だがどうやらこの場はごまかせたようで、アイリスの顔からはこの話題に関して問いただすような色は消えたのでほっとする。
アイリスはアイリスでこの部屋に来た目的をそろそろ果たすことにした。
「それと、ライラック騎士団長から指令が来ました。武装都市メガロの救援だそうです」
「復興支援ですか?」
メガロといえば先日の<アッシュグレイ襲撃事件>の被害にあった都市だ。都市機能は徐々に回復しつつあるものの、戦力低下は否めなかった。特に王都の近くにある都市であるが故に現状としては好ましくない。
これを機に<ドミナント>が侵攻してくる可能性だってあり得る。
故に、メガロの復興は急務となっている。ハクロからも人員が駆り出されているし、ただの実験部隊である<魔術師の実験>からも駆り出されるとしても不自然ではない。
「ええ。それと、戦力強化も兼ねてるようですね」
「となると、やはりドミナントですか」
アイリスは頷く。ハルトは察しが良いので話がスムーズに進む。
「情報によるとドミナントの部隊がメガロの近くで目撃されたそうです。メガロの復興に他都市や騎士団からも人員が駆り出されているので警戒が手薄になったところを突かれました」
「迎撃部隊に自分たちも加わるのですか?」
「そうなりそうです」
「出発はいつに?」
「三日後と聞いてます」
「解りました。とりあえず、今日中に設計図を完成させておきます」
ハルトのこの発言に、流石のアイリスも呆れるしかなかった。
「あなたって、本当に不思議な人ね」
「そうですか?」
□□□
コサックは一人研究室で眉間に皺を寄せながらモニターを睨んでいた。今日、<アッシュグレイ>の残骸からある異物が発見されたのだ。
それは鉄杭のようなものだった。
丁度、拠点攻略用兵器である<キャッスルブレイカー>のものと同じようなサイズの鉄杭だ。いや、まだよく調べていないので解らないが恐らく<キャッスルブレイカー>を改造したものだろう。
だがこれは明らかに<アッシュグレイ>に初めからついていたものではない。
これもまたコサックの――研究者としての勘だが、意図的に誰かが<アッシュグレイ>にこの鉄杭を撃ちこんだのだ。
ここで。
一つの疑問が浮かび上がる。
仮に誰かがこの鉄杭を<アッシュグレイ>に撃ちこんだのならば、その目的はなんだったのか?
そしてもう一つの疑問。
そもそもどうして<アッシュグレイ>は突如として<巨獣の森>を抜けて、わざわざ王都ハクロのある方角へと侵攻を始めたのか。
恐らくそれにはこの鉄杭が関係している。
多分、だが。
「......とりあえず、マリナさんに相談してみるか」
コサックは一人呟くと、頼りになる上司と連絡をとることにした。




