おまけ
気が向いて書いてみたおまけの話です。
感想などがあれば活動報告にお願いします。
天城春人は、自分ほどぶっとんだ体験をした人はいないと思っている。
それもそのはずで、彼はデスゲームの世界からいきなり異世界に飛ばされてしまったという経験を持つ。今やその世界と、春人が元いた世界は繋がったのだが、春人のようにゲームのアバターから異世界へと魔力で形作られた体で召喚されたなんて人はいない。
それからも色々とあって春人はその命を懸けた戦いに身を投じたものの、そのかいあってか今や平和な世界を手にすることが出来た。
Xシリーズと呼ばれる超高性能WSを駆り、四騎士と呼ばれるまでの活躍を見せた伝説の英雄。
それが天城春人という人物であり、彼はこれまでどのような強敵もその手で倒してきた。
しかし、そんな伝説の英雄様にも勝てないものは存在する。
「あと五分……」
「だめですっ。大学に遅れちゃいます」
「ううう……今日ぐらい自主休講は……」
「そうやって油断していると、単位を落としちゃいますよ? はやく起きてください」
すやすやと眠る春人を揺さぶるアイリス。彼女は天城春人の恋人であり、こうして同じマンションで同棲しているのだが、彼のお寝坊癖に苦戦している毎朝を送っている。
まだこのマンションに引っ越してきて間もなく、揃っていない家具があるので二人は敷布団で眠っていたのだが、春人の布団だけはまだ片づけられていない。
それはつまり、春人がいまだ眠っているということを意味していた。
アイリスも見かねてゆさゆさと起こしているのだが、どうにもこの天城春人という少年の寝坊癖は頑固らしい。
寝坊助春人と格闘すること五分。
アイリスはようやく彼を布団から引っぺがすことに成功し、朝の支度を済ませて彼女の手作りの朝食を一緒に堪能し、家を出ることに成功した。
大学までは徒歩で約十五分。時間的にはギリギリ一限目に間に合う。
「まったく、毎朝毎朝お寝坊さんですね」
「いやホント、毎朝ありがとうございます」
ぷんぷんと頬を膨らませてかわいらしく怒るアイリスに、春人は思わず微笑ましいと思ってしまい、それが顔に出てしまったのかさらにアイリスが怒る結果になってしまった。
「今日は一緒に家具を見に行く予定なんですよ。忘れてないですか?」
「忘れてないよ。ちゃんと覚えている」
二人は大学の敷地内に入る。すると、通りかかった男子学生たちが一斉にアイリスの方にへと視線を向けて頬を緩ませる。
彼女の見た目はたとえ異世界だろうが現代日本だろうが通じるもので、貴族のパーティに参加している若い貴族たちの目を惹きつけていた時と同様、大学の男子学生たちの心もガッチリと掴んでいた。
朝日に照らされて美しい金色の髪が揺れる。
グラビアアイドル顔負けの抜群のスタイルを誇るアイリスは学内で一番人気の女子学生になったのは入学してからすぐのことで、最初の方はひっきりなしに合コンのお誘いやデートのお誘いが絶えなかった。
しかし、アイリスには既に春人という彼氏がいることが分かるとすぐに退散していく。別に春人がそこまでカッコいいから、というわけでもなく。
「あの、春人」
「ん。どーぞ」
「ううう……え、えいっ」
ぴたっ。とアイリスは春人の腕へと抱きつく。片手は彼の指と絡めて恋人つなぎ。傍から見たら完全に『バカップル』の甘々な空気を振りまきつつ、二人は大学の敷地内を歩いていく。
その光景を見た男子学生たちは泣く泣く退散していき、女子学生たちがそんな男子学生たちを白い目で見ていた。
入学当初のお誘いもこうやって撃破してきたアイリスであったが、アイリスとしても大学内でこうしているのもこれはこれで恥ずかしいのだ。しかし彼の腕に抱きついているときはこれはこれで嬉しい、幸せだと感じているのだから複雑だ。
当の春人本人としては、彼女の豊満な胸が自分の腕にむぎゅっとくっついてくるので理性的な意味で大変だ。
学内で二人はもう完全に公認バカップルのような扱いをされているのも仕方がないと言えるだろう。
二限目の授業が終わり、二人は大学から出て自宅に戻る。そろそろお昼なので、アイリスはエプロンをつけてキッチンに立つ。
「じゃあ、お昼を作るのでちょっとだけ待っていてください」
「あ、俺も一緒に作るよ」
「だーめ。春人はいつも集中できないじゃないですか」
二人で一緒にキッチンに立ち、調理を開始する。アイリスはその長い髪を後ろで束ねており、料理をする時の彼女についつい見惚れてしまうからだ。
特に後ろ姿は危険だ。髪を束ねてうなじが見えて、それがどうにも春人に理性的な意味で危険でもあるのだ。
そうした男の戦い的なものに毎回耐えているのにこの言いようは理不尽だと思った春人は、今回はちょっと懲らしめてやろうと思い、不意打ちでアイリスを背中から抱きしめた。
「きゃっ。ち、ちょっと、春人!?」
「集中できないって言ってますけど、お嬢様が悪いんですよ?」
「え、ええっ!? て、ていうか、お嬢様っていうのはやめ……ひゃうっ」
ぎゅっと抱きしめる力が僅かに強くなった。体全体で春人の体温を感じているような感覚。
ドキドキという鼓動が胸の中で鳴り響いていて、呼吸も少し乱れてくる。
春人の手がアイリスの頬を優しく撫で、力が更に抜け落ちていくような、甘い感覚。
「料理するにしても、少しぐらい注意してほしいものです。こういうこと、したくなるんですから」
「そ、それは……えと、よ、夜まで我慢してくださいよ……」
「お嬢様が色っぽいのがいけないんです」
「そんなこと言われてもぉ……」
その後、なんやかんやで昼食を取り終えた二人は家具を見にいくために家を出た。
まだこちらのマンションに引っ越してきたばかりであまり家具が揃っていない。
店についてまず最初に二人が向かったのは寝具売り場だ。
「あ、わたしこの大きなベッドがいいです」
アイリスが指差したのはダブルベッドだ。
「どうして?」
「……わ、わかってるくせにっ」
「いや、自分は本当に分かりませんよ? 是非ともお嬢様に説明してほしいですね」
にっこりとした笑みを浮かべる春人。だがその目はどこか楽しそうにアイリスをからかっているように見えなくもない。
アイリスは顔を真っ赤にしながらふるふると震えている。恥ずかしいからだろう。
そんな彼女を見ているのが春人は楽しい。だがアイリスもここで言わないでおくとそれはそれでなんだか負けた気分になるのでがんばってみることにした。
「……い、一緒に寝たいから、です……」
「誰と?」
「………………は、はるとと……」
スカートの裾をぎゅっと掴んでもじもじとしながら最後の一言を振り絞る。
そんな彼女を見て春人は思わずぷっと吹き出してしまった。
「な、何がおかしいんですかぁっ!」
当然のことながらアイリスからの抗議が入る。
その顔はもうトマトのように真っ赤で、やや涙目になっている。
「はいはい。よくできました」
「うー……なんだかくやしいです……」
ぽんぽんと頭を撫でられることにちょっとした悔しさを覚えるアイリス。
なんだか二人で同棲生活をはじめてから何かと優位に立たされている気がするのは気のせいだろうか。
「こ、今夜は覚悟してくださいっ。絶対にお返ししますからっ!」
「こんなところでそういうことを言わないでくださいよお嬢様……」
「はうっ!?」
その後、ベッドをはじめとした家具も決まってそろそろ帰宅しようかと店内を歩いていると、アイリスはふと学習机のコーナーで足を止めた。
「どうしたんだ? アイリス」
「ん。いえ、この世界の学習机というものを初めて見たので……これが、この世界での子供が使っている机なんですよね?」
「そうだよ。懐かしいなぁ……俺もこういうので勉強してたっけ」
「ふふっ。春人は子供のころゲームばかりしてそうですよね」
「……それは否定しない」
ちなみにアイリスにもVRMMOをプレイしてもらったことがある。というのも、春人はゲームが好きだったという話からためしにプレイしてもらったことがあるのだ。
「そうですか……これが……」
「ていうか、その机がどうかしたのか?」
「いえ。ただ……その、いつかわたしたちに子供が出来た時に、また春人とこういう風にお買いものするのかなって」
「その時は子供も連れて、だな」
「はいっ」
春人とアイリスは二人して互いに顔を見合わせ、微笑みあう。
幸せな未来を思い描きながら、二人は互いの手をつなぎ、指を絡めて帰路に就いた。
☆
天城春香には悩みがあった。
一つは、将来はWSパイロットになるといって聞かない弟のこと。
そしてもう一つは、もう二十代後半ともいうのにいまだにいちゃいちゃしている両親のことだ。
春香は今年でもう七歳になる。春香の両親は今年で二十九。だというのに、いまだに二人はラブラブだ。
まだ小学生だというのに割と大人びている春香だからこそ、二人のラブラブっぷりは目も当てられない。この前なんか、リビングでキスしていた。子供がいるのにおかまいなしに。
しかもそのあとの反応が初々しいったらない。
照れたように互いに微笑みあい、恋人繋ぎで手をつなぐ。しかも二人とも若いころに特殊な事情があったせいか、年齢の割にかなり若々しいから始末に負えない。
(まあ、見た目がかなり若いから許されてるけど、もう少し自重ぐらいしてほしいよね)
勉強机の上に宿題を広げ、それをこなしつつ春香はため息をついた。
ただでさえ春香の両親は有名人なのだ。この前はなにやらテレビに英雄だのなんだのと言われて出演していた。
この平和な世界があるのも春香の両親のおかげだという。春香は信じられない。もう今年で二十九にもなるのにいちゃいちゃしているようなバカップルな両親が世界を救ったなんてまったくもってイメージ出来ないのだ。
「春香ー。そろそろご飯ですよ」
「はーい。すぐ行くー」
春香は残り僅かだった宿題をちゃちゃっと終わらせ、リビングへと向かう。
この勉強机も、両親が二人で選んでくれたものだ。大学生の頃から楽しみにしていたらしい。
リビングにつくと、弟がテレビにキラキラと目を輝かせながらご飯を待っていた。
天城家ではご飯はみんな揃ってから食べるというルールがある。
「お母さん、お父さんは?」
「ん。ちょっとお仕事しているようですね。もう出てくると思いますけど……」
春香の母親がリビングのドアの方に視線を向けていると、不意にドアが開いて春香の父親が出てきた。
「お父さん、おそいっ!」
「ごめんごめん。ちょっと最後の書類作りが手間取っちゃってさ」
「ごはん、ごはんっ」
弟の春喜がテレビから視線を移し、夕食に目を輝かせている。
春喜は母親の手料理が世界で一番大好きなのだ。
その気持ちは春香にも分かる。春香の母親の手料理はとても美味しい。店を開けば絶対に繁盛すると思うほどに。
『いただきます』
家族そろっての夕食が始まった。
とはいえ、春香はこの時間がちょっと……ほんのちょっぴり苦手でもある。
何しろバカップル夫婦のいちゃいちゃを直視せざるを得ない。さっきから二人して時折あーんをして食べさせ会っているし、幸せ前回なのがより一層腹立つ。
「もう、ご飯ぐらい普通に食べられないの?」
「食べてるじゃないか」
「そうですよ?」
ねー、と二人は顔を見合わせてニコニコとしながらそんなことを言う。
(ああもう……まあ、外じゃやらないからいいんだけどさ……)
さすがにこの二人も見た目は高校生そのものだというのに、中身はもう二十九。自重すべきところは自重しているようだ。
「ていうかさぁ、お父さんもお母さんもそうやっていちゃついていられるのもその若々しい見た目があればこそなんだからね。外では本当に自重してよね」
「してるしてる。ていうか、見た目に関してはあんまり触れるなよ。これはいろいろとややこしい事情があるんだからさ」
それは春香も知っている。二人は若いころ、一緒にWSに乗って世界を救うためにある敵と戦ったらしい。その時に『大地の恵み』と呼ばれるエネルギー体の影響を受けて肉体の時が止まってしまったのだ。
「ねぇねぇおとーさん」
「ん。どうした春喜」
「こんどぼくにWSのそうじゅうを教えてよっ!」
キラキラとした目でそんなことを言う弟に春香は思わず顔をしかめてしまう。
平和になったとはいえ、WSパイロットは危険な仕事だ。
高校生の頃に命がけで戦い、その後遺症として春香の両親は肉体の時が止まってしまった。
かなりの危険があるような仕事にかわいい弟をつかせたくないのが本心だ。
「それはちょっとなぁ……お父さんとしては、あんまり春喜にそういうことをしてほしくないんだよ」
「えー……けち」
「あはは。まあ、そう言うなって。今度、パパが作ったシミュレーターで遊ばせてやるからそれで我慢しろ。な?」
「うん。わかった」
割と物わかりの良い弟にほっと安堵の息をする春香。
なんだかんだで春香の両親は、子供たちのことをちゃんと考えてくれている。
愛情もたくさん注がれているのもわかるし、感謝もしている。
ふと、小学校に入る前のころ、両親に手を繋がれて家族みんなで一緒に学習机を買いに行ったことを思い出した。
あの頃も二人して微笑みあってクスクス笑っていた。
まるで、ずっと前からしていた約束が叶ったような――――、
「ねぇ、お母さん、お父さん」
「どうしたの? 春香」
「二人って、どこで知り合ったの?」
なんとなく投げかけてみた疑問。
――ああ、しまったな。また惚気が飛んでくるのかな。
と春香は思っていたのだが、二人は顔を見合わせてクスクスと優しく笑う。
なんだかいつもの惚気とは違う気配がした。
「まあ、俺がお嬢様……じゃなくて、母さんと出会ったの場所は……海だ」
「海?」
「ええ。倒れているお父さんを、わたしが見つけたんです」
「倒れている!? って、どういう状況だったのそれ!?」
惚気かと思いきやいきなりぶっとんだ話が飛び出してきた。
これは何かありそうだと春香は思った。
二人……春人とアイリスは互いに顔を見合わせて微笑みあった。
「話はかなり長くなるんだけどな」
「ふふっ。お父さんはね、もともとお母さんの使用人だったんですよ?」
ちなみに二人は二十の時に学生結婚。
世界政府で色々と活躍して報酬をたくさん貰っていたので子供がいても暮らしていくうえでは金銭的には問題なかったです。
二人はいちゃいちゃして過ごしましたとさ!




