第八話 キワミノツバサ
現実世界のゲームデータがこの世界に来た際に魔力という形に変化し、そしてその変化した魔力による体を持っているハルトは、現実世界のゲーム世界で習得した『スキル』を使うことが出来る。
そして、現在のハルトはそのスキルの一つである『覚醒』を使用している状態にあった。覚醒中は『世界の記録』と直結リンクし、現状のタケミカヅチに起こっている現象を完璧に理解していた。
現在、タケミカヅチに起こっている現象。タケミカヅチに搭載された『GEユニット』と呼ばれるパーツと、ウィザードギア。そしてハクロにある『大地の恵み』とが反応を見せた結果によるもの。
『大地の恵み』に接触した結果、パイロットに与える精神的な魔力的な影響を克服したハルトは、『GEユニット』の効果によって機体にハクロの『大地の恵み』を吸収させることに成功。
その結果が、この『タケミカヅチFWキワミノツバサ』だ。
コクピットがいつの間にか複座式に変化している。ハルトの背後上段のシートにはアイリスが座っていた。ホロパネルを展開させ、何かのデータ処理を行っている。おそらく、ヘイムダルが連れてきた大量のビーストの迎撃に当たっている部隊に指示を出しているのだろう。それと同時に、タケミカヅチの稼働サポートも同時並行で行っている。
「いくぜ……ホワイト!」
ハルトは機体を加速させた。背中に搭載されたフライトウイング、『キワミノツバサ』は一枚一枚がブレードの形をしている。片翼に五枚ずつ搭載されているそのウイングから飛行術式が発生し、これまでとは比べ物にならないスピードでWWに向かって飛んだ。
右手の『夜桜極』をライフルモードへと変形させ、魔力弾を放つ。対するWWはフライトウイングを展開させ、それを避ける。
両者のスピードはまったくの互角。だが、覚醒中のハルトの操作技術はWWを上回っていた。
ワイヤーアンカー『空絶極』を両膝両手から放つ。WWはそれを空中で身を捻り、回転しながら飛翔することでかわす。だが、進化したタケミカヅチの『空絶極』はただ射出されるだけでは止まらない。先端が魔力を帯びて、空中で方向を変える。ハルトの手によって自在に操られたワイヤーアンカーが、WWを襲う。
今まで避けていたワイヤーアンカーを、WWは忌々しそうに背中のクローアームでパリィした。
「WSの姿が変わった? 一体、何が起こっているんだ」
タケミカヅチは更に接近してくる。それを背中のクローアームから魔力弾を放ち、迎撃を試みる。
正確な射撃。威力も弾速もこの世界に存在するWSの中でも最高峰。
直撃コースだ。
これが現実。
しかし、目の前の黒い騎士はその現実を易々と打ち砕く。
背中のフライトウイング『キワミノツバサ』がアームによって稼働。背中の翼が、タケミカヅチの正面を守るようにし展開された。
シールドモードとなった『キワミノツバサ』は、WWの魔力弾を弾き飛ばす。
「『キワミブレイド』、展開!」
キワミノツバサから、四本の剣が飛び出し、空中でアイリスによる操縦で展開された四本のキワミブレイドは、タケミカヅチの両腕にあるシールドブレードと合体する。片腕のシールドブレードにつき二本ずつ。そして、合体したキワミブレイドがまるで銃の砲身のように変形する。
キワミノツバサは、フライトウイングとシールドの役割を果たすとともに、その翼事態がブレイドを収納する為の鞘でもあったのだ。
そしてその鞘から飛び出すのはキワミブレイド。魔力を流し込むことで、空中で稼働させることが出来る。その制御は、アイリスがサポートにつくことで精度の高い操作が可能になる。
合体したキワミブレイドは、エネルギーを収束させ、魔力砲を放つ。先ほどまでの魔力弾と比べても、威力の高い一撃がWWを襲う。
WWは咄嗟に背中のクローアームを真正面に展開させ、防御フィールドをはった。なんとか相手の一撃を弾くことに成功したものの、相手の性能に驚きを隠しきれない。
「この性能……! やはり先ほどまでのタケミカヅチと違う!?」
スピードも格段に上昇している。だが、このWWとてすべての性能を晒しているわけではない。
クローアームから爪を展開させ、機体のスピードも上げていく。それに呼応するかのように、タケミカヅチのスピードも上がった。
王都の上空で、黒と白の機体が激突する。
「ハルト!」
「了解!」
一瞬の隙を見計らって、キワミブレイドを二つ射出。それを夜桜極とドッキングさせ、魔力の矢を放つ。
放たれたのは、雨の如く放たれた魔力矢。レインアローと呼ばれるその一撃は、一度で何発もの魔力の矢を放つことが出来る。WWはそれをかわし、時には弾いて被弾を0に抑えた。
今度は互いにブレードを展開し、切り結び、鍔競り合いに持ち込まれる。
「ホワイト。あなたは先ほど、何故人間が戦うのかが理解出来ないと言いましたね?」
「ああ、そうだよ。僕には理解できないね。同じ人間同士で戦うなんて非効率的なことは!」
「私も同じです。人間はあなたの言うとおり醜い生き物で、私利私欲のために戦ったり誰かを戦わせたりする者もいれば、ただ相手を殺したいが為だけに戦う者もいます」
「確かにそんな人間も大勢いいる。けど、人間はそれだけじゃない! 誰かを守るために戦える人もいれば、みんなの為に戦える人だっているんだ!」
「今日を精いっぱい生きているから、人は戦っているんです! そして、私たちも!」
夜桜極が、WWのブレードを切断した。今やハクロの『大地の恵み』の一部を取り込んだタケミカヅチは無限の魔力エネルギーを有している。出力に関しての優位性はタケミカヅチにある。
ガキィッ! と、タケミカヅチの左手のブレードクローの一撃で、WWがバランスを崩し、弾き飛ばされる。なんとかガードしたものの、その衝撃は殺しきれなかったのだ。
「だったら君たちは、どうする気なんだ! 醜くてひどい人間がいるままじゃ、世界は滅ぶだけなんだ! だから、僕は!」
「俺には分からない。どうすれば世界が平和になるかなんて。もしかすると、お前も正しいのかもしれない。争いを生むような、そんな人間がいるぐらいならその人間を殺してしまった方が世界は平和なのかもしれない」
「だったら……!」
「けどな、たとえそれが正しい事でも、無関係の人間を巻き込むやり方なんて俺は認めない。だから俺たちは、お前の前に立ちはだかる!」
タケミカヅチが追撃をしかける。が、その瞬間にホワイトも『覚醒』スキルを使用した。
同じデータである彼ならば、出来ない事ではないし、この世界でも何度もスキルを使用したことがある。
あの時、同時にこの世界への召喚に巻き込まれたホワイトではあったが、召喚された時間はズレた。
ホワイトは、ハルトが召喚される一年前にこの世界にやってきたのだ。
スキルを使った経験なら、ハルトよりは上である。
「それじゃあ根本的な解決になってないよお二人さん! だったらどうするんだい? 君たちのその理論で戦争がなくなるの? 人間同士の殺し合いが終わるの!?」
クローアームを使ったトリッキーな攻撃に翻弄されるタケミカヅチ。キワミノツバサを使っての防御で、四方八方からの魔力弾をなんとか防ぐ。
「そんな綺麗ごとで!」
「確かに私たちの考え方はただの綺麗ごとです。だったら、でも、だからといってあなたのやり方が正しいなんて思えません!」
「お前はただ無作為に人を殺そうとしただけだ! そんなやり方じゃ、結局はお前もお前の言う『醜い人間』と変わらない!」
「違う! 僕は……僕はァ!」
自分は人間とは違う物だと思っていた。
だが結局は、自分の行っていたことも自分が忌み嫌う醜い人間と同じものだった。
その現実を突き付けられたホワイトの苦悩を表現するかのように、クローアームから無数の魔力弾が飛び出した。
「だったら……どうすればいいっていうんだァ!」
「そんなことは……人間一人に考えきれることじゃないんだよ!」
「だから、一緒に考えましょう。こんな方法をとらなくてもいいように」
それを、タケミカヅチはキワミノツバサからキワミブレイドを全展開させ、襲い掛かってくる魔力弾を片っ端から切り落としていった。ハルトの操作技術だけでは出来ない、アイリスのサポートがあってこそ初めて出来る芸当だ。
「違う違う違う違う違うぅ! 僕は神だ、世界最高のAIだ! あんな愚かで醜い人間と一緒にするな。君たち人間の指図は受ける必要なんかないんだぁあああああああああああ!」
戦闘で明らかに圧されはじめたことからの恐怖心と、自分が今まで見下し、卑下していた『醜い人間』と自分が同じモノなのだと指摘されたことから、一気にホワイトの感情が不安定になった。
もともとはデータの塊でしかなかったホワイトである。
今の彼の状態はバグが発生したといっても過言ではないものとなっており、明らかに冷静な判断が出来ないでいた。今や自我も崩壊しつつある。
ゲーム世界におけるハルトとの戦いで彼が見せた最後の状態と同じものだ。
両社は再度激突する。その激しい戦いは、近くにいる者を巻き込み、切り刻まんとするほどの勢いであった。実際に、ビーストが何体か巻き込まれて破壊されている。
そして、ホワイトの苦悩を体現するかのように、WWはウィザードシステムを発動させる。白い雷と化したWWに対して、タケミカヅチもウィザードシステムを発動。
漆黒の雷へと変貌をとげたタケミカヅチは、キワミノツバサをはばたかせ、WWと激突する。ブレードとブレードがぶつかり合い、魔力の火花を散らした。
(くっ……! こいつ、段々速くなってきている……!)
WWの攻撃も、徐々に当たり始めていた。ハルトがゲーム世界で戦った時と同様、相手は自己学習による進化をはじめている。
今やホワイトは、無限に進化する化け物へと変貌していた。
純白の雷と化した悪魔が、タケミカヅチに襲い掛かる。
「アイリス、第二リミッター解除! ウェポンのリミッターも全部外してくれ!」
「しかしそれだと、ウェポンが自壊してしまいます! そう長くはもちません!」
「構わない、やってくれ!」
「はいっ!」
二人は死力を振り絞り、持ちうるすべての力を使ったギリギリの戦いを行っていた。どこかで集中力が切れれば、それは確実に死を意味する。
そんな状況だというのに、アイリスは嬉しさがこみあげていた。
ハルトに頼ってもらえる。
ハルトと一緒に戦っている。
ようやく、肩を並べることが出来た。
アイリスの指は滑らかに動く。敵の情報を分析し、現在状況を逐一的確に把握し、処理する。そしてキワミブレイドを初めとするウェポンユニットのサポート。その他にもやるべきことは色々とある。
そしてそれらの行動がすべて、目の前の少年を助けることのできる力になっている。
これがどれだけ待ち望んでいた事か。これが出来るだけでどれほど嬉しいか。
(今度は私も……一緒に!)
死闘は激しさを増していく。
いつの間にか二機は王都上空を離れ、『召喚の地』へと移動していた。
もう何度目かも分からない、二機の激突。
『召喚の地』でそれが起こると同時に。
――――空間に亀裂が走った。
そしてその亀裂は徐々に被害を増していき、最後に『召喚の地』に巨大な次元の穴を作り出す。
「あははははははっ! ハルトくん、やったねぇ!」
「なっ!? これは――――――――!」
「帰ろうよ、僕たちの世界へ!」
ハクロの『大地の恵み』が破壊された時点で封印は解かれた。そして、あらかじめ帰還のための術式を搭載しておいたWWがその場に現れ、ウィザードシステムを使用したことでその準備が整った。
そもそもウィザードシステムとは、ホワイトが元の世界に帰る為に生み出した魔法である。それを成功させるには強力な魔力が必要だった。
だからこそホワイトはウィザードシステム起動に必要なパーツであるウィザードギアをブルースターにいるハルトのもとへと流した。そうなるように仕向けた。
そんな彼の努力はこうして、実を結ぶこととなる。
あそこが現実世界へと通じているというのなら、行かせるわけにはいかない。WWの進行を阻止すべく、タケミカヅチはWWへと向かって魔力弾を放ち、夜桜極で切りかかる。
二機の激闘は終わることはなかった。装甲のあちこちに浅い傷を作りつつ、二機は戦いを続ける。やがて、安定しはじめた次元の穴から風がふいた。
いや、これは吸い込まれようとしているのだ。元いた世界が、『天城春人とW』という欠けたピースを埋めようとするかのように、黒と白の二対のWSは成す術もなく次元の穴の中へと姿を消した。
あと一、二話で完結と書きましたが、やっぱりもう一、二話ほど必要かもしれません……。
しかしそうダラダラとはしません。少なくともこれ含めて三話以内には完結する……はず!




